刃心ノ国の熱戦
ではどうぞ
まず仕掛けたのはルフトだ。
歩けば十歩以上あるリアンとの距離を三歩で詰め寄る。大きく片足を前に出し踏み込み、豪を込めた力で空を捻じ曲げるような一歩で踏み出す。
本来ならば存在する空気抵抗は、今は突けば破ける紙に等しく無意味。その一瞬だけ、彼は音速を得た。
捲き上る砂けむりは円を描くように舞い上がり、残された風によって霧散する。
駆けながらルフトは背に携えた太刀を両の手で握る。
初撃に叩き込むは全力を乗せた全霊の一撃。
リアンという魔者を倒せばこの国の戦いを今後優位に進められるのみならず、上手くすれば他の手下どもは逃げるだろう、という考えからとった行動だ。
だが、ルフトがそれだけの膂力をもって挑むのにはもう一つの理由がある。
それはルフトの残した、足型にめり込んだ地面の側で長杖を地に突き立てるようにして持って立つセラと同様カキフミとの約束だった。
「おおおおおお!!!」
他の戦場から立ち込める悲鳴や剣戟、叫び声よりも轟く雄叫びをあげ渾身の力で柄長ノ太刀を斜め上段から抜き下ろす。
ルフトにしてみれば他に思うところもあるカキフミとの約束。勿論、彼の国を守りたいという強い想いに突き動かされたというのもある。だが、フタから聞いたとても許容出来るものではなかった。
ならば、今の自分がするべきはカキフミやこの国の人間達に悪意や嫌悪を持って接することではない。全力を出し切り、敵を返り討ちにして、立場を無視できない状況にしてから対話に持ち込めばいいだろう。
ルフトはそう考えていた。
「…やる気あんのか」
振り下ろされた刃の音が響くことなく、ルフトの一撃は止められた。
避けたのではない。力を抜いたわけでもない受け止めたわけでも当然ない。
ただ、掴んだのだ。
リアンは人と変わらない柔らかさの掌で、実際の重さよりも何倍も力のかかっている刃を容易く受け止めたのだ。
「なん…」
「よっと」
あまりに突然の出来事は、ルフトが手を離す余裕すら与えない。
柄を握ったまま、助走を得た一撃を放ったルフトの身体は僅かにだが確かに浮いていて、地と足裏が再び接するはずのその一瞬を迎えることはない。
リアンは、柄を握ったまま自然の摂理を待つだけのルフトを軽々と持ち上げた。
「軽いなぁ。軽い軽い。藁だってもうちょっと重いぞ」
「こ…の…っ!!!」
思考の戻ったルフトはすぐさま手を離し、鍔へ片足を落とす。そのまま目一杯踏み込み刺し落とすと同時に後方へ大きく飛び去った。
だがしかし、それでも魔者には埃一つついていない。
「思い切りはいい。動きも悪くねぇ。だが、まだ青いな」
品定めをするように目を細めルフトを見遣るリアン。
手にした太刀を槍のように掲げ、投擲する。
空を斬り開き直進する太刀。狙いはルフトの脳天。
進むごとに速さの増していく太刀は、瞬きの刹那に的を射る。
はずだった。
「小虎の作った俺の愛刀が、俺を殺すわけないだろ」
薄皮一枚を残して左側頭部を征く太刀。
進み去る一瞬にルフトは太刀の柄を右手で握り、残る勢いを払いのけ構える。
「度胸もいいとくるか。
いいねぇ。弱いがやり甲斐はある」
純粋な邪悪さを滲ませた微笑みを浮かべ、両手を横に開いたリアンは拳を力強く捻り上げる。
ガゴン、と、機械的な音が二重に鳴る。
それは、リアンの腕付近から拳を挟むようにして横移動するナニカ。
やがて、接触する音と空気を吐く音が小さく溢れる。
それの感触を確かめるように握った拳を解き、指が段々に動くよう握り直す。
「あいにく、俺の相棒はこれといった相手じゃねぇと動かなくてな。
喜べよ?コイツが出てきたってことは、テメェは一端の漢だって認められたんだ」
手甲を装着した両拳を胸の前で重ね合わせると、小さく構えた。
一部の無駄のない静の構えは、どんな動きにも対応できる完成されたもの。
言わば、反撃の構え。
対峙するルフトは自分から仕掛けるのを得意とする動の構え。
余程の力量の差が無い限り、軍配は静に上がる。
思い出されるのは数刻前の出来事。力量の差は明らかだった。
この男に小手先の技は通用しないであろうことは先の一件で十二分に理解できている。ならば術は技を鈍らす不要なものでしかなく、死を招く一因にしかならない。
勝ち目の見えない勝負に、だが、ルフトは仕掛けた。
確かにリアンに勝つことは無理だろう。けれど、自分の戦いを見たセラならどうだろうか。
彼女は相手をよく観察し、的確に有効な一撃を加えるのを得意としている。豊富な技の種類がそれを物語っている。
ならば、最悪自分が死ぬ目にあったとしても、直前でそれを回避する一手を打ってくれるだろう。との考えから起こした無鉄砲な試み。
「うおおおおおあああ!!!」
放つは大袈裟斬り。
一度目の乱暴で力任せなものとは違い、日々の中で確立し練度を高めてきた一撃。
真に[技]と呼ぶにふさわしい一刀は、しかし、ただ振り上げただけのリアンの左拳に止められてしまう。
「いいねぇ。ビリビリくる。
ならこっちは、ガンガンいくぜ」
ルフトの込めた力が太刀から逃げるよりも速く右拳を繰り出すリアン。狙い違わず脇腹に叩き込まれる。大きく弓なりに身体を反らせ、絞り上げられる激痛にさらに拳を叩き込まれる。
腹、顔、脇腹、肩。
無差別に幾度となく叩き込まれる右拳は、とても目で追えるような速度ではなく。
十数発に及ぶ凶器の殴打に、ルフトは息を吐くことも吸うことも出来ずにいた。
それでもなお。
「…まだ立ってんのか。
いいじゃねぇの。俺はお前に敬意を持つぜ」
「あ、ああ…。それは、ありがとうな…。はっ…全然嬉しくはないけどよッ…!」
血みどろに歪む顔であってもそれは苦痛ではなく、笑み。
常人ならば死んでもおかしくない猛攻を受けてなお、ルフトは太刀を手にしたまま立っていた。
「まだ笑えるのか。い〜い根性だッ!」
大きく振りかぶられるリアンの右拳。それはルフトの顔面目掛け振り抜かれ、大きく後方まで飛ばす。
着地地点に立つのはセラ。
「そっちの女ァ。テメェは治療できんだろ?治してやれよ。俺はまだそいつとやりてぇ」
狂気に満ちた微笑みを浮かべ言い放つリアン。
言葉通りにセラはルフトに術を施し始めるが、決して言いなりになったわけではない。
ただ静かに戦いを観察し、リアンの弱点を探っていたセラは気付いてしまったのだ。
あの男に、明確な弱点がない事に。
極限まで鍛え抜かれた身体は生半可な使い手では傷を負わせることすらできず、傷を負わせたとしても、あの魔者の元来の能力なのか、それとも術なのか。瞬時に傷を癒してしまうのだ。
ルフトの放った二度の攻撃。そのどちらもリアンに傷を負わせるに足るだけの一撃ではあったのだ。
だが、それらはどちらも深手を負わせるほどではなく、僅かに肉まで達するだけの一撃。
けれど、その程度の一撃ではリアンの血を一滴も流すことができない。流すよりも早く、傷が癒えてしまうのだ。
継続的に一定以上の攻撃を与えられるのであるならばあの強靭な肉体と類稀な回復速度の術を事実上殺すことは出来るだろうが、そんなことは不可能だ。
世界有数の攻撃系術使いをひと所に集め、常に術をかけさせるのだから、実現可能なはずがない。
だが、だからといって諦めていいはずもない。
「(ルフトさん。次は私が行きます。貴方のように一撃一撃を重いものに特化させた攻撃では部が悪いですが、私のあの技なら…)」
横たわり、回復を受けるルフトにのみ聞こえる声で囁くセラ。
「(だめ、だ)」
血を貯めた口でルフトは止める。それを、何故?といった表情で見つめるセラ。
「(差が、ありすぎる。もしも外せば、その瞬間に命はない…だろう…から…)」
咳き込み、吐血しながらもルフトはセラの手を握り、決してリアンと対峙させないようにする。
「(ですが…!)」
頑として首を縦に振ることのないセラの手に力が込められる。
あれだけの戦いを見てそれを理解できないほど経験の少ない彼女ではない。それを承知の上でセラは、行く、と口にしているのだ。
当然、ルフトもそれを理解している。だからこそその手を離さない。
二人の間に訪れる睨み合いの緊張。
互いが互いを死なせたくないと思うが故に起きてしまった怒りに、唐突に終わりが現れる。
「そうか。ここに彼奴がいるのだな?」
「はい。カキフミ様」
「戦場ではよせと言っただろう。
誰もが平等に死を背に負う場にて必要なのは年上を敬う念ではない。自分が必ず生き残るという強い意思だ。
何度でも言うが、私を庇ってくれるなよ。化けて出るぞ」
「…はい。カキフミ」
人間によって作られた岸辺から現れるのは、真紅の装いに身を包んだ白髪の男と、忍びの装束の女。
男はカキフミ。女は、ヨウだ。
静かな歩みを止めるものは誰もなく、二人はルフトとセラのもとへとたどり着く。
「ルフト殿。よくぞここまで保って下さいました。お陰で、王都との連絡する時間が確保でき、あとどの程度で増援が来るのか、などの情報を得ることができました。
ーー故に、あの魔者とは私が手合わせ致します」
ゾクリ、と、その場にいた全員に悪寒が走る。
構えの一つもなくただ佇むだけのはずの初老の男に、リアンでさえ鳥肌を立たせた。
「おもしれぇ。やろうぜ。そいつとは楽しかったが緊張感が足りなかったんだ」
「…後悔するなよ。若造」
言葉の後、カキフミはリアンの眼前にて腰を落として立つ。
「なにッ!」
ルフトが三歩も要した距離を、カキフミはたった一歩で達した。
「破ッ!!!!」
掛け声とともに繰り出される一撃。
腹部へと直撃した、俗に言う[正拳突き]はそれまでビクともしなかったリアンを、敵の岸辺へと殴り飛ばした。
To be next story.
それではまた次回
さよーならー




