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開戦


では、どーぞ。


刃心ノ国で、初めての朝を迎える。

障子越しに届く陽の光は柔らかく、暖かで、目覚めを優しく彩る。

だが、それは決して穏やかなものではなかった。


「起きて下さい!」


小さな足音が一つ聞こえる。

それは、どこからともなく現れたヨウの着地する音。

ほんの少し前から目の覚めていた俺は、呼ばれてすぐに身体を起こした。


「奴らが、攻めてきます…!」


手にした長方形の紙を差し出しながら聞かされるのは開戦の銅鑼。

それぞれ、気に入ったところに布団を引いて睡眠をとっていたみんなもその言葉で一気に目覚める。


「すぐに支度をしまっす」


「あぁ。今回は前回のようなヘマはせん」


寝起きとは思えないほどにピリつく二人は、枕元に用意してある自身の戦闘服に着替え始める。


「…それ、失礼します」


俺の真横で寝ていたセラがヨウの差し出している手紙を受け取り、中を改める。


「…今日の十一時丁度、国の正門へ我が全軍を持って攻め入る。死にたくなくば逃げろ…」


読み上げると、セラは手紙をヨウへと返す。


「…私もすぐに用意します」


一言、そう口にしてセラは着替えに取り掛かった。


「いつ攻められてもおかしくないと思ってたけど、まさかこんなに早くだとは思わなかったな…。

悪い、ヨウ。ろくな準備が出来てないんだ。作戦会議みたいなのもしたにはしたが、あんまり有効なものが思いつかなかった」


「いえ、我々ももう二、三日は大丈夫だろうとタカを括っていましたのでこちらの責任でもあります。

もう少し早く王都へ救援を呼びに行かせるべきでした。怪我人の救護などで手一杯になってしまっていまして」


「二人とも、今はそんなこと言っててもしょうがないでっす。

正門までは歩きだとしても七、八分くらいで着きまっすから、今から行って場所の感覚を掴みましょう」


着替え終えたナリの言葉にヨウと頷き、俺もすぐに支度を始める。

ナリの言う通り、今更出来なかったことを悔やんでも仕方がない。出来なかったことがあるのなら、今出来ることで補えばいいんだ。

幸い、向こうはこの国を責めること前提で動くしかない。おかげでこっちは地の利を生かした迎撃の準備や、最悪籠城して増援を待つこともできる。王都にはまだツギハがいるだろうし、あの魔法陣のあるカキフミの屋敷さえ死守すればどうにかなる筈だ。


柄長ノ太刀を最後に背負い、思考をまとめ上げて周りを見渡す。

みんな完璧に準備を整え終え、あとは俺の完了を待つばかりだったようだ。


「みなさん、準備が出来たみたいですね。

これからは私があなた方と他の味方とを繋ぐ糸になります。基本的に姿を見せませんが、今からお渡しする道具を使って下さればすぐに馳せ参じます」


差し出された何かの模様の描かれた、雫のような形をした石を受け取る。


「そこに描かれているのは古から伝わる[神秘の刻印]と呼ばれる文字です。

刻印は、それそのものに一つの意味があり、何かに刻んだり描いたりするとその道具にも文字と同じ意味が宿ります。

その石に描かれている木の左側を切り落としたような文字には[信号]の意があります。

その石を固く握り、強く念じてもらえれば良いので、気軽にお使い下さい。

他の方の呼び掛けや、私自身になにかが起きなければ、先ほどもあったようにすぐに参ります」


それぞれが頷き、石を思い思いの場所にしまう。

フタとナリは腰巾着、セラは胸元で、俺は着流しの袖に。

全員がしまい終えたのを確認すると、ヨウは一際真剣な表情になり。


「では、向かいましょう」


一言そう言い放ち、歩き出した。









宿を出て大通りを行くこと数分。

街中にある店らしき建物は軒並み閉じられ、俺たち以外の歩く人たちは皆武装した者ばかりだ。

オノを背負った男。武闘家然とした勇ましい女性。セラのように上下の一体化された服に身を包んだ魔法使いのような者や、腰回りに小さな道具袋をいくつも携えた医師のような人物など、その誰もが力の漲っている。

中には冒険者もいるのだろうが、それを確認する術は今は無い。


「着きました。

…奴らが攻めてくるまで後一時間と少しあります。周囲の地理を把握するのには充分な時間かと」


俺たちの身の丈を優に超える大門へ到着する。

ヨウの指差す方向に見えるのは、大きな門の脇に設置された人一人分の大きさしか無い扉。

そこから現れたのは大槌を背負った筋肉のたくましい男だ。


「今あの男が出て来た扉から外に出れますので、行きましょう」


ヨウに頷き、後をついていく。

大槌の男が出てきた扉を開き、現れるのは見渡す限りの広大な草原。

一陣の風にそよぐ草の音は、これから起きるであろう激戦を想起させる不穏なものだ。


「では、今から分かれて辺りを調べましょう。

三十分後、ここに集合で良いでしょうか?」


彼女の提案に最初に賛成したのはフタだ。


「それでいいだろう。

私はナリと共に西の方を見てくる」


「でっすね。

この辺は何も無いように見えて実はなだらかな坂になってたりするんでっす。それを知らずに下から駆け上がったりすると思わぬところでバテたりするので、よく確認した方がいいでっすよ」


「分かった。

なら、俺とセラは東の方を確認してくるか。

そうだ、ヨウはどうする?」


「私は皆さんを案内した後にすることがありますのでここで一旦お別れしましょう。

一時間後、ここで再びお会いしましょう」


彼女の言葉に頷くと、ヨウは軽い会釈をした後にその場から姿を消した。


「では、三十分後にまたここで」


セラの言葉を合図に、俺たちはそれぞれの方角へと別れた。









そうして、約束の時間が訪れる。

想定していたよりも広く、不思議な地形をしていたため、五分ほど遅れての到着になる。

大門の外側に並び立つのは数十人の戦士たち。その半数以上は未だ癒えない傷を抱えたままの者たちだ。

だが、まだフタとナリの姿はない。

俺たち同様、周囲の把握に時間がかかっているのだろうか?

…いや、それはないか。

あの二人はここ出身なんだ。セラに悟られないための、地形の確認をするというヨウの提案に賛成したのは演技だったと考えた方が自然だ。

だから俺は隣で心配そうに二人を探すセラにかける言葉が見つけられなかった。

実際のところ、フタとナリが何をしているのかは分からない。だが、間違い無く敵の魔者や魔物に襲われて帰ってくることができないというわけではないだろう。

恐らくは何か罠を仕掛けているんだろう。

とにかく、今はただ待つ以外にできることはない。



そう考え静かに待った。

結局二人が帰って来たのは、できるが攻め込んでくる数分前だった。


それから間も無く、草原の向こうから不気味な足音が響く。

十や二充分ではきかない大軍の行進曲。

やがて勢ぞろいする影たち。

ずらりと、地平を覆う異形の姿の魔者と魔物。それらはそれぞれ、死を覚悟したような顔で、血を欲する眼で、俺たちを見据えた。

その中から唯一、数歩前へと歩み出る魔者がいた。


「俺の名はリアン。刃心ノ国を落とすべく組み上げられた制圧部隊の頭だ。約束通り攻めにきた。

今ここに並ぶ奴らは皆等しく命を落とす覚悟のある者だけだと俺は理解している。

だったら、互いに遠慮は無用だ。男であれ女であれガキであれ老人であれ、徹底的に殺せ。

殺して殺して殺し尽くして、その手で武を勝ち取れ。

最後まで立っていた方が、この地を統べるにふさわしい種族だ」


決して張り上げているわけではない。

なのに、胃の腑の底から込み上げてくる恐怖がその場に立つ戦士たちを含みあげていく。

…いや、恐怖に支配されていくのは俺たち人間側だけではない。

あの魔者の仲間であるはずの奴らでさえ、恐れ怯えて震える肩を隠さずに晒している奴もいる。

それは、そう。つまり、この魔者が口にした『徹底的に殺す』という言葉は、誇張でもなんでもないことの証明になる。

仲間からでさえ、恐れられるほどに徹底しているのだと。


「…開戦だ」


リアンと名乗った魔者の言葉を合図に、草原を雄叫びが支配した。










To be next story.




それではまた次回。

さよーならー

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