依頼と戦地と惨状と 其の三
スレイス戦、完結です。
では、どーぞ。
「さて、息巻くのはいいけどどうやって勝つつもりなんだ?」
ニヤりと、右頬を吊り上げてスレイスは笑みを見せる。
対峙するルフトも同様に笑みを浮かべてはいるが、筋肉が強ばり、痙攣している。
「神様にお祈りでもしてみるかな」
「…届くといいなッ!」
「くっ!」
睨み合いのこう着状態が解かれる。駆け出し、右腕から伸びた短刀を再び振りかざすスレイス。
受け止めるため左手で太刀を構えるも、腹部の激痛に一瞬身体が硬直し、それでは間に合わない。
ならば、と、ルフトは太刀から手を離した。
「こ…のッ…!!」
「なっ!」
スレイスの短刀は深く突き刺さる。そこはルフトの左腕。見事に貫通し、多量の血が吹き出す。
だか、ルフトの顔に浮かぶのは苦痛に満ちた笑顔。
「やっっとぶん殴れる」
大きく振りかぶり、頬から顎にかけて斜めに振り落とされる右拳。
渾身の一撃はスレイスの脳をほんの僅かだけ揺らし、ルフトの右指の骨にヒビを入れた。
「あ…っ、くっ…!」
目を揺らし、足をふらつかせながらも短刀をルフトの腕から引き抜いたスレイスは、数歩後ろに後退する。
「は、はは、神様が見えそうだったよ」
よろめき立つスレイスはそう笑うと、赤黒い液体を吐しゃした。
「ははは、もし見えたらよろしく言っておいてくれ」
右指と左腕にまとわりつく激痛。腹部と額からのを合わせなくとも血液の出血量は相当だ。
視界は半分真っ赤に潰れ、込み上げてくる吐き気と悪寒。どんどんと浅くなる呼吸。
それでもルフトを立たせるのは、怒りだった。
誰もいなくなった村。跡形もなくなった村。
それらは、ルフトに故郷を思い起こさせた。
負けるわけには、いかない。
「…ようやく気分が戻ってきた。
続き、するか?」
一際大きく呼吸をし、吐き気との和解を果たしたスレイスは左の腕からも短刀を生やし、ルフトに問う。
「勿論」
「…行くぞ!!」
両腕を構え走り出すスレイス。
だがルフトは構えない。いや、構えることさえ出来ない。
いかに心が折れずとも、身体がそれを支えきれない。不屈の魂は、けれど、脆弱な肉体が追いついていなかったのだ。
「…!!??」
全霊の力で駆けるスレイスはルフトの異変に気がつくも、今更減速して止まる事など不可能。
さながら、赤い布目掛けて猪突する牛が如く両腕を構えるスレイスは、その場で倒れ込んだルフトに対応出来なかった。
ルフトの背にあるのは雷の膜。或いは、壁と呼べるもの。
退路断つ結界。
殺し切る事の出来なかった勢いは、視覚化できる程の高電圧・高電流の中に突っ込んでいった。
「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
一度目の時とは比べ物にならないほどの悲鳴が枯れた大地にヒビを作る。
当然だろう。
伝導体として優秀に過ぎる銀を多量に使用し、加工した短刀をその身から生やしているのだ。
電流は、激流となってスレイスの全身を駆け巡っている。
超電流による筋肉の収縮と呼吸困難による喘鳴は、それまでフタに治癒を行なっていたセラたちを竦みあげさせるに足るものだった。
悲鳴が止んだ時、スレイスは指先を動かすので精一杯となっていた。
「…はは…参ったな。なんて情けない終わり方だよ…」
地面に背を付け、ひゅう、と口元から隙間風を鳴らしながら空を見上げるスレイス。
至る部位の皮膚が黒く焦げたようになり、腕の…指の先からは徐々に壊死が始まりつつあった。
「…死ぬ前に、最後に教えてくれ」
「あぁ、いいよ。たまには人間とも話したかったんだ」
直視に耐えないその身体を、しかしルフトは僅かも瞳を晒さずに見下ろしたまま続ける。
「…あの村の人たちの遺体はどこにやった」
それは、ルフトがスレイスとの戦いの中で生じた一つの疑問だった。
初めルフトはスレイスの術によって遺体や流れた血を消した…或いは、血を流さずして殺め、どこかに移したのだと思っていた。だが実際に戦っていくうちにその推測は間違いだと気がついたのだ。
この魔者の術は恐らく姿を周囲に溶け込ませるものだろうと察しはついていたが、変態後の戦いの最中についぞその術を使うことはなかった。
となれば、姿を隠す術を使いながら戦うことが出来ないのか、もしくは相応の準備が必要なのかは分からない。だが、どちらにせよ、報告を受け可能な限り最速で訪れた村の住人…五十余人の命を血液等の痕跡を残さず完璧に消し去ることは不可能だろうと考えた。
身を潜めての暗殺ならば時間は足りず、大規模な術の行使ならアレほど余力があるとは考えにくい。
「言わなかったっけか。殺す人間のことは覚えておくって」
「なら、やっぱり…」
「まぁ、そういうことだ。
…あ、けど、この仕打ちを詫びる必要はないぞ。村を壊して焼いたのは本当だし」
笑っているのかーー。
焦げた頬を微かに揺らしながら語るスレイス。
一揺れ毎に、ボロボロと皮膚が砕けていく。
「…当然だろ。
人殺しの次にやっちゃいけないのは帰る場所を壊すことだ。いろんな人の記憶の、記録の住む場所を破壊することだ。
殺してないからって、お前を殺さない理由にはならない。
それに、お前にはフタの事もあるしな」
「そうか。安心した」
そう言ってスレイスは眼を閉じようとした。
けれど、皮膚同士がくっついていてピクリとも瞼は動かなかった。
「なぁ、ルフト。もしもお前が…あーいや、お前らが、か。
…リューに会ったら言っといてくれないか?
この、甘ちゃんのスレイスにも人を殺す理由が見つかったって…」
「わかった。望んだ形かはわからないけど、必ず伝えるよ」
小さく、囁くように言葉を繋いでいったスレイスは、それきり、ルフトの返答に応えることはなかった。
「ルフトさん!フタちゃんの意識が戻りましたよ!」
駆け寄ってくるのは額に大粒の朝を作ったセラ。
結界を解いてからというもの、ルフトを応急手当した後、再びフタの治療していたからだろう。
「…!
この人って…」
息を切らせてルフトの隣に立ったセラは、足元にある黒焦げだ何かをみて強く動揺した。
理由はさっきまでルフトのことを追い詰めていた恐ろしい敵…だからではない。
「…死んだよ。最後に俺たちにお願いことをして死んだ」
「そう…でしたか。
でしたらせめて…」
唇をかみしめて跪いたセラはスレイスの顔の上に両手をかざす。
手のひらに灯るのは、淡い若緑色の光。
理由は、そう。一人の回復系の術を持つ者として、あまりにも無残なままで亡骸を置いて行きたくはなかったからだ。
数十秒ののちに離された手。覆っていたスレイスの顔はもう一度太陽が照らしていた。
「…行こうか。
俺には、この魔者かける言葉が見つからない」
スレイスのその顔は、まるで憑き物が取れたように綺麗で。
「分かりました。
あちらで二人が待ってます。…先ほどのお話は少しだけ聞こえていました。
早く、どこかへ逃げていったみなさんのことを探しに行きましょう」
晴れ渡るこの茜空のように陰り一つない笑顔だった。
「だな。
…フラついてるけど、大丈夫か?」
「……いえ、実はあんまり。
肩を貸してもらえますか?」
「いや、肩は貸せないけど、代わりに背中を貸すよ」
「え?
ちょ、ちょっとルフトさん!?」
「今日一番辛いのはセラだろ?このくらいさせてくれ」
普段のような明るさを取り戻した二人は、同様に、再び日常を過ごせることとなった女性の元へと急いでいく。
時刻は、もう間も無く夜だ。
To be next story.
激戦の末勝利を手にしたのはルフトでした。
しかし、その勝利はあまりに辛く、誇れるものではなかった…。
ではまた次回。
さよーならー




