表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亀が空を飛ぶ方法 (第二作)  作者: 比呂よし
PR
27/96

ウッス!

27. ウッス!  

 過去一年間図書館へこもってばかりで、商品知識をロクに勉強してなかったのは迂闊であった。 その夜、勉強不足を補う為にカタログを丸暗記し、商品知識を猛勉強した。と言ってもーーー、A4がたった4ページではあったが。


 カタログの中で、自分に判り難い部分は相手にも判る筈は無いから、その部分の勉強は省略した。写真を使って説明すれば誤魔化し易いと考えて、ファイルをこしらえた。仕上げるのはひと骨だったが、何もかも近道を通って大急ぎでやっつけたから、作業は丸暗記部分も含めて三十分で終了した。それでも、勉強の密度が高かったのは言うまでもなく、ぐったり疲れて十年分働いた気がした。


 翌朝になって、銀行強盗向けになっていた顔が一番の問題。何とかしようと思い、口を開けたり閉じたりして筋肉を緩めた。嫌らしくない程度に微笑ほほむ練習も鏡の前でやったから、ついに準備はパーフェクト。セールスは何せ生まれて初めての初陣であるから、キャッホーと内心で喚声を上げて活気づけた。


 約束より「2時間」早めに営業車で通用門へ飛んで行った。 このチャンスを得る為にこそ図書館で一年間修業を積んだと思えば、早過ぎる早めの到着は当たり前。

 因みに、この後十数年、営業で人と時間を約束した時は、筆者は必ず30分以上前に到着する習慣になり、これを達成するためには「1時間前の到着」を目標に自分の事務所を出発したものである。お陰で、途中で車のタイヤがパンクしたとしても、時間が守れた。


 程なくして安井さんは、昨日と同じ小型トラックでやって来たが、それがまるで無敵の戦車のように頼もしく見えた。子犬が飛びつくようにしっぽを振って、安井さんの車へ駆け寄った。

入構前に手筈を打ち合わせる為に、門番から見えない物陰まで、双方の車を移動させて隠れた。安井さんはトラックの助手席に筆者を呼び入れ、辺りへ警戒の目を怠らず二人でコソコソ密談したから、スパイ作戦の気分だ。悪事の相談となると、どうしてこんなにワクワクするんだろーーー、きっと生まれつきに違いなかった。


 かくして、こっちが「安井親分」の「にわか子分」になりすます、という陰謀が出来上がった。筆者の車を隠しておく場所もないから、結局二台の車を連ねて、一緒に入構する手はずになった。


 いよいよ安井親分が先導しながら、広い通用門に差し掛かった。緊張の一瞬であった。安井親分は何時もの標準語の「オッス!」の代わりに、この日はやや鼻音を利かせて通めいた調子で「ウッス!」と言った。調子は気だるげであった。どんな門番でも気だるげな様子と鼻音には痺れるものだ。安井さんは後続の筆者の車を指し、「ウチのもんやねん、今日は材料の搬出作業があるさかい、手伝いですわ!」 

 無論、大嘘の出鱈目でバレたら懲役3年である。


この時、後続の車を指すのに人差し指を使うのは絶対にいけない。こぶしを軽く握って、親指を使うのが大事。敢えて後ろへ顔を振り向けず、門番に向かって突き立てた親指一本を精一杯後ろへ反らせつつ、面倒くさ気な調子で、同時に後続の車へ向けて軽くアゴをしゃくり上げる。如何にも「面倒くさい」風に言うのがコツで、悪事を決行するのに、決して角があったり目立ったりしてはならない。


 安井親分のしゃくられたアゴに騙された門番は、ろくに筆者の顔を確かめもせずに「他の車へ邪魔やから、早よ前へ通って!」と、筆者の方へやっぱりアゴをしゃくって急がせた。門番の気の変わらない内に、二台の車はさっと通り抜けた。しめしめ、大成功!

 双方のアゴのしゃくり合いと、安井親分の「ウッス!」の感動的な響きを、今も筆者の耳は忘れていない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ