表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逃亡軍人と亡国女王の新大陸建国記  作者: 一月三日 五郎
第一章 白竜討伐編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/6

第4話 王都への帰路と裏切り

 王都に向かう道すがら僕たちは一つの街に立ち寄った。


 そこで、それを見た瞬間、心臓が止まりかけた。


 ……脱走兵:アラン・オーベルシュタイン。

 捕らえたものには報奨金と軍から感謝状を進呈。


 そこにあったのは、任官時に提出した履歴書の写真を無遠慮に引き伸ばした、僕の顔だった。


 僕はとっさにあたりを見回す。


 心臓が早鐘を打つが、幸い自分に視線を向ける者はいない。

 新聞売りには不審げな目で見られたが、街ゆく人々は僕を気にする様子もなかった。


 僕は安堵を噛み殺し、手配書を凝視したまま一分ほど思考を巡らせた。


「どうしてこんなことに……」


 思い当たることがないわけではない。

 だが、それを認めるのが酷く億劫だった。


 隣でそれを見たバルザックが、僕以上に顔を青ざめさせている。


「……おそらく、生き残りの誰かが僕が戦場から離れるのを見ていて、それを報告したんだろう。

 君はともかく、僕はこれでも士官だから」


 士官という立場には、そういう面倒も含まれているらしい。

 だからといって素直に納得できる話ではなかった。


「白竜の素材が爆散し、何も成果を得られなかった軍が、国民の非難の矛先を逸らすためにスケープゴートに使われた可能性もある」


 僕よりも上の階級で従軍していた奴らは、どう動いていたのだろう。

 自分に責任が及ばないよう立ち回り、そのしわ寄せが僕みたいな半端者に来る。

 そういうことなのだろう。


「これはまずいですね」


「そうだね。君はどうする?」


 僕を突き出せば、彼は金と栄誉を得る。

 取っ組み合いになれば、僕に勝ち目はない。


 バルザックはそれを自分に言わせるのかと非難する目で見た後、言った。


「突き出してほしいんですか?」


「それはやめてほしいかな。

 もしそうなら、即座に逃げるけど……」


 僕は即答した。

 彼の本心は分からないが、その気ならとっくに組み伏せられているはずだと思った。


 バルザックは少し語気を強めて言い返してきた。


「私は軍人です。命の恩人を売って金を得るのは軍人ではない」


「軍から発行されてる命令だよ。これは。

 それに命の恩人というなら僕より妖精たちなのでは」


 僕の言葉に彼の眉間のしわは深さを増した。


「軍をやめます。それなら命令に従う必要はない。

 民間人になればその手配書はあくまで任意の協力になる」


 そういうと彼は手配書を握りつぶした。


 彼の言葉に僕は思わず笑いそうになった。


「それは本末転倒なんじゃないか? 

 なんだか命令に従わない理由を探しているみたいだ」


 彼は笑わなかった。


「そうですが、何か問題でも?」


 胸の奥がじんわり温かくなる。少し、うるっときた。

 理屈では分かっていても、やはり人に守られる安心感は、思った以上に重みがあった。


「……ありがとう」


 言葉にするまで、こんなに時間がかかるとは思わなかった。

 そういえば、こんな風に面と向かって礼を言うのは初めてかもしれない。

 喉の奥で詰まっていた熱い塊が、ようやく溶けて言葉になった。

 やっと、それだけ言えた。


「……ねえ、なんだかよくわからないけど仲直りがすんだならご飯にしない?

 私、人間の町で食事をしてみたかったの」


 フードをかぶった頭の上からミーアの声がした。

 それと同時にじめっとした雰囲気は一掃された。


 僕は気分を変えるべくあえて少し明るい声で答えた。


「そうだね。……どこか個室の取れる店に入ろうか」


「どこでもいいわ。早く行きましょ、アラン」


「……了解」


 ミーアの空気を読まない発言に自然と笑みがこぼれた。

 バルザックもさすがに笑っていた。


 ◆◆◆


 街を歩く間、警備兵と何度かすれ違った。


 最初は警戒し身を強張らせていたが、誰も僕を誰何するどころか、

 すれ違いざまに会釈を返してくる。

 このままでは、己の危機感が麻痺してしまいそうだった。


 どうやら、身に纏った軍装が身分証代わりになっているらしい。

 考えてみれば当然だ。

 軍服を着た士官を、わざわざ呼び止めて身分確認する者はいない。


 堂々としていればいい――そう気づいたのは、随分と歩いてからだった。


 とはいえ、無警戒が命取りになるのも確かだ。

 僕は視線を避けるように表通りを外れ、薄暗い路地へ足を向けた。


 表通りから路地へ入り、しばらく進むと年季の入った酒場があった。


 潰れていないのが不思議なくらい客が入っていなかったが、

 僕たちみたいな人種が密談をするにはうってつけの場所だ。


 ──あるいは、そういう用途で使われることが多いのかも知れない。

 僕は顔が割れないように、フードを目深にかぶった。


 やる気のなさそうな給仕に案内され、店内の隅、人目を避けるように席に着く。

 できれば個室を確保したかったが、ここなら背後を気にせず会話ができるだろう。


 酒と食事を適当に注文し、運ばれてくるまでの間に今後の指針を立てることにした。

 ──本来なら、もっと慎重に店を選ぶべきだったかもしれない。

 だが、逃亡者に贅沢を言う権利はない。


 それに、僕は大物賞金首というわけでもない。

 僕程度の小物を、躍起になって捕まえようとする酔狂な奴はいないだろう──そんな計算もあった。


 早々に運ばれてきたぬるい水で喉を潤し、僕は思考を巡らせる。


 まずは今後の方針、王都に行くか行かないかの二択だ。


 王都に入れば身分を照会され、捕まるのは確実だ。


 一応、無実を訴えるという手もある。

 だが、軍の体質を考えれば、僕の主張など握り潰されて終わりだろう。

 ──期待するだけ無駄というものだ。


 下手したらバルザックまで逃亡幇助の罪に問われる可能性がある。


 考えれば考えるほど、王都へ向かうリスクは高かった。


 仮に無実が証明されたとしてどうなる。


 あれだけの人数を送っておきながら、部隊が壊滅し、

 ひと月たっても調査隊すら寄こさないような国で、軍人を続けるのか。


 ありえない。


 またどこかの危険地帯に送られて同じ目に合うのが目に見えている。


「……もう、王都には戻れないな」


 僕の呟きに、バルザックはジョッキの酒を煽り、音を立ててテーブルに置いた。


「そうですね。アラン様は捕まれば処刑か鉱山送りのどちらかでしょう。

 私が知る限り、脱走兵の末路はそのどちらかです。

 冤罪が証明される確率など万に一つもありません」


 そう言い切るバルザックに僕は苦笑した。


「……よくそんな組織で働く気になったね」


「それはアラン様も同じでしょう。

 それに規律に従っていれば、少なくとも生きてはいけましたから

 まあ、結局はこのざまですがね」


 そう言って次の酒を注文する彼の表情は、言葉とは裏腹に苦々しく歪んでいた。


 そんな話をしているうちに食事が運ばれてきた。

 空腹のまま酒を煽っていたバルザックは、あっという間に顔を赤くしている。

 その様子を横目で見ていたミーアも興味を惹かれたのか、グラスの端を舐めると、

 小さく顔をしかめた。


「……変な味」


 呟きと共に、彼女の白い頬がみるみるうちに淡い桜色に染まっていく。


 変な味と言いながらも、ちびちびと舐め続ける姿に、僕は思わず吹き出しそうになった。

 どうやら、随分と気に入ってしまったらしい。


 一方の僕は一応追われている身ということで、酒は控えておいた。

 下戸というわけではないが、決して強くもない。

 寝ている間に捕まってしまえば、計画も何もあったものではない。


 僕は酒をバルザックに任せ、代わりにぬるい水を手元に引き寄せる。

 一口飲んで、顔をしかめた。 生ぬるく、鉄臭い。


 ……ふと、あの山の冷たい水の味を思い出した。

 水だけは、あちらの方が美味かった気がする。


「アラン、これ美味しいわね、私気に入ったかも」


 何の変哲もない豆の煮込みに舌鼓を打つミーアに促され僕も口にする。


「……美味いな」


 軍の糧食のまずいスープと違い、酒のつまみとして味付けされた料理は、

 名物というわけでもないのに美味く感じた。


 なんというか日常の味だった。

 もう、隣を確認することはしなかった。


 塩のきいた豆の煮込みの味をぬるい水で洗い流し、思考を切り替える。


 さて、次はどこへ向かうべきか。


 選択肢は、あの山しかない。


 僕たちだけであれば、他の逃げ道も考えられただろう。

 だが、ミーアをこれ以上巻き込むわけにはいかない。


「王都まで」という条件で女王から許可を得ている以上、

 そこへ行かないのであれば、速やかに彼女を白竜山へ送り届けるのが道理だ。


 ──結局、僕らの帰る場所は、あの過酷な山しかないらしい。


 そんなふうに、悩むこともできず、僕らの行方は決定された。


 またあの山道を行くのかと思うと、膝が笑いだしそうだった。


 吹き付ける突風に、ごつごつと歩きにくい岩場、終わりのない登坂。


 だが、ひとつだけ救いがあった。


 そう、もうあの重苦しい鎧を身に付ける必要はないのだ。


 ──僕は、どこまでも身軽だった。


 気が付けばバルザックはテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。


 彼のこんな無防備な姿を見たのは初めてだ。


「王都を出た頃とは、ずいぶんと変わったものだな」


 あの頃は、彼とこうして酒を酌み交わす日が来るなどとは露ほども思わなかった。

 もっとも、自分が脱走兵として追われる羽目になることなど、それ以上に想像の外だったが。


 僕がそんなふうに物思いにふけっている横で、ミーアは文字通りお腹を膨らませ、

 上気した顔で小さく呼吸を繰り返している。


「人間の食事も悪くないわね。……お腹いっぱい、ヒック」


 そう言って、彼女はフラフラと定位置である僕の頭上へと戻っていった。

 少しすると、小さな寝息が聞こえてくる。

 まるで酒を浴びたように頭上から酒の匂いが漂ってくるのは、なんとも奇妙な気分だった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

面白かったら、ブックマークや評価をいただけると、執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ