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逃亡軍人と亡国女王の新大陸建国記  作者: 一月三日 五郎
第一章 白竜討伐編

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第2話 白竜討伐の行方

 覚悟を決めたものの、どうも身体が思うように動かない。

 剣を持つ手が震える。

 恐れと高揚がごっちゃになって混線している。


 戦闘というのは、もっと準備を整えた状態で始まるものだと思っていたのだが、実際は違った。

 心の準備も何もあったものではない。


 何が発端だったのかはわからないが、戦闘は始まってしまった。

 白竜が襲ってきたのか、斥候が先走ったのか。


 だが、どちらにしてもこうなってしまった以上、戦うしかない。

 状況は最悪だが、これ以上山道を歩く必要がないというのは悪くない話だ。


 そんなことを考えている間にも、白竜の咆哮とブレスが周囲を破壊する。

 こっちまで木や石が飛んでくる勢いだ。

 白竜の側で盾を構えている連中は、生きた心地がしないだろう。


 離れているこちらにまで、咆哮の威圧が届いている。


 グダグダ考えても仕方がない。

 この先、軍人として生きていくためにも、ここで自分の有能さを証明する必要がある。


 まずは、白竜の弱点を探ることからだ。

 そのためにも仲間が必要になる。

 僕一人では何もできない。


 差し当たって、この状況で僕の命令を聞いてくれそうなのはヘンドリックとバルザックだな。

 あとの人選は、二人を見つけたら任せよう。


「ヘンドリック! バルザック! どこにいる。こっちに来てくれ」


 時折飛んでくる瓦礫を避けながら、二人を探す。

 休む準備をしていたはずだから、そんなに遠くには行ってないはずだ。


「お待たせしました。アラン様」


「ああ、よく生きてたな、バルザック。ヘンドリックを見なかったか?」


「奴なら水汲みに行っていたはずなので、そのうち戻るでしょう。

 それより、どうされますか。突然の襲来で、まともに対抗できていないようですが」


「兵を集めてくれるか。いったん僕が指揮をとろう。

 ヘンドリックが戻ったら、僕のところに来るよう言ってくれ」


「承知いたしました。

 ……存外落ち着いておられるようで安心しました。

 すぐにかき集めてきます」


 バルザックは、自信満々といった様子で駆けて行った。

 どうやら軍のいろはもわからないひよっこから、指揮を仰ぐべき士官に格上げされたようだ。

 あたりで右往左往している兵たちを一喝し軍令に従うよう叫んでいる。


 周囲がこれだけ混乱している中で、あれだけ落ち着いて行動できるあたり、ただの自信家ではない。

 人の本性は、追い詰められた時にこそ現れるというが、彼がいい例だろう。

 自分の場合はどうだろうか、この緊急時にのん気に人間観察をしている。

 つまりはいつも通りということだ。

 ならば問題はない。


 僕がそんな益体もないことを考えている間に、

 バルザックは周囲で右往左往していた兵たちをまとめ上げて戻ってきた。


 集まった面子は、昼間僕の近くを歩いていた連中だった。


 まだ名前を覚えるほど会話らしい会話をしたことはなかったが、なんとなく見覚えはあった。

 最前線で戦うような兵たちではない。補給や回復など、後方支援や雑務を主な役割とする者たちだ。


 昼間とは違い、全員がきっちりと装備を整えている。

 そこから、練度は低くないことが見て取れた。


 これなら、けん制役ぐらいなら任せられそうだ。


 やみくもに突撃する気はさらさらない。

 彼我の戦力差は歴然だ。何か策を講じる必要がある。


 白竜は、自分に群がる兵を狙って攻撃しているようだった。

 その余波で、周囲はちょっとした広場のようになっている。


 部隊を展開するにはもってこいだが、白竜相手にはいい的にしかならないだろう。


 あらためて観察すると、白竜にまとわりつくように攻撃を加えているのは、部隊長とその親衛隊だった。


 一網打尽にされないよう、つかず離れずの距離で囲い、全方位から攻撃を加えている。

 この混乱の中で、早くも攻撃態勢を構築しているのはさすがだった。


 だがその数は全軍の一割にも満たない少数だ。


 本来なら、陣形を整え、包囲したうえで総攻撃を仕掛けるはずだった。

 だが今、まともに戦えているのは全軍の一割にも満たない。

 このままでは到底、白竜を討伐することはかなわないだろう。


「アラン様。これ以上は集まりません。我々も参戦しましょう」


「ヘンドリックは戻らずか。仕方ない、これ以上待っているわけにもいかないな。

 では、隊を四つに分ける。白竜を中心に四方に展開し矢を射かけろ。

 奴の注意を分散させるんだ。

 バルザックは残ってくれ、僕の補佐を頼む」


「「「「は!」」」」


 威勢のいい返事を残し、兵たちが駆けていった。

 僕の命令で兵が動く。

 その事実に、少しだけ背筋が震えた。


「バルザック、僕らは迂回して高台に移動だ。

 攻撃に巻き込まれないよう気を付けていく。

 遅れるなよ」


「わかりました。お任せください」


 攻撃を避けるため岩や木の陰に身を隠しながら高台を目指す。

 絶え間なく響く咆哮と吹き荒れる突風に体勢を崩しながらもなんとかたどり着く。

 上手い具合に白竜の背後を取る形になった。

 ここなら戦場がよく把握できる。


 白竜を攻撃するのは部隊長たちに任せて僕らは援護に徹しよう。そもそも火力が足りないんだ。

 大規模破壊兵器や伝説の聖剣でもあれば別だが、生憎そんなものは支給されていない。

 手持ちの札で何とかするしかない。


 なんとかかき集めた兵を四つに分け、けん制部隊として四方へ送る。

 あとは嫌がらせのように、散発的な矢の雨を降らせるだけだ。

 これで白竜の気がそれれば、少しは部隊長たちへの攻撃が弱まる。

 今やれるのはこの程度だ。


 しかし、このまま膠着状態に陥った時が怖い。

 さんざん山登りをさせられた挙句、休もうとしたところを襲われたのだ。

 長くは持たない。


 戦闘開始から、身支度を整えられる程度には時間があった。

 それでも、まだ有効打を与えられた様子はない。


 全滅。


 最悪の未来が頭をよぎる。


「アラン様。われらも攻撃しましょう。

 ただ見ているだけでは……」


「気持ちはわかるが抑えるんだ。僕らまで動けなくなったら全滅だ」


 逸るバルザックを制しながら僕自身も気が気ではなかった。

 このまま眺めているうちに部隊長たちがやられてしまえば次は僕らの番だ。

 あの大きな翼で空から追いかけられれば逃げるすべはない。


 ◆◆◆


 けん制部隊の攻撃はあまり効いているようには見えなかった。


 矢は当たってはいる。

 しかし、刺さらずに毛の表面を滑り落ちている。

 白竜は矢の雨など存在しないかのように、周囲の兵を薙ぎ払っていた。


 腕の叩きつけで地面が砕け腰が浮く。

 時折放たれる咆哮は、それだけでへたり込みたくなるような圧を感じた。


 そんな極限状態の中、打開策を求めて必死に目を凝らしていた、その時。


 戦況が動いた。


 混乱から立ち直った魔法兵の一団が陣形を組んだのだ。

 剣では分が悪いと見たのだろう。遠距離からの大魔法で一気に仕留める算段だ。

 前面に頑強な盾兵が壁を作り、その後列から、一斉に呪文が詠唱される。


 号令とともに、白竜の頭上に赤い光が集まる。

 光は幾何学模様を描き、やがて魔法陣を形作る。


 一瞬の静寂。


 次の瞬間、炎の柱が降り注いだ。


 白竜の巨体が、炎の奔流に呑み込まれる。


 視界が赤く染まり、熱波が押し寄せる。

 土埃が顔を叩く。


 露出している皮膚がチリチリと熱い。

 鎧越しでも熱が伝わってくる。


 これだけ離れていてこの暑さだ。

 直撃したら、骨も残らないだろう。


「やったか!?」


 誰かの叫びが響いた。


 だが――。


 立ち上る砂埃が風に払われる。

 その中心には、傷一つ負っていない白竜が平然と立っていた。


 確かに着弾していた。


 しかし、手傷を負わせるには至っていない。


 毛の一本すら焦げていない。

 そこに、強い違和感を覚えた。


 おかしい。


 いくら何でも防御性能が高すぎる。


「確認するか」


 腰のポーチから回復ポーションを取り出し半分だけ飲む。


 昼間の行軍で肉体的にも精神的にも疲れ切っている。

 取り合えず体調を戻さないことには満足に働けない。


 重い装備を外すと冷たい空気が肌を刺した。


 ぬるい薬液が喉を通過し全身に薬効を運んでいくのを感じる。


 一人一本しか支給されない貴重品だが、ここが使いどころだ。


 冷え切っていた身体が熱を取り戻す。


 頭から冷水をかぶったように思考が明確になっていく。


 これでようやくいつもの状態に戻った。


 自然と背筋が伸び、呼吸が整う。


(問題はどれだけ持つかだな)


 寒さで動けなくなる前に勝負を決める。


 バルザックは僕の奇行に驚いていたが躊躇している暇はない。

 ここからは時間との戦いだ。


 冷たい地面にマントをしき座禅を組む。


「バルザック、これから探知魔法を使う。少しの間、僕を守ってくれ」


「承知しました。かすり傷一つ付けないことをお約束します」


 バルザックに身の守りを任せた僕は意識を集中させ注意深く周囲の魔力を探る。


 攻撃魔法の適性は低かったが、魔力探知には自信があった。


 周囲の喧騒や肌に感じる冷たさを頭から追い出し、ひたすら集中する。


 灰色の瞳がわずかに熱を帯び、視界に魔力の流れが浮かび上がっていく。


 攻撃を続ける魔法兵の魔力、その何倍も大きな白竜の魔力。


 そして、そんな白竜の魔力から伸びる糸のように細く薄い魔力。


 見つけた。


 これが白竜の不死身の理由につながっていると直感した。


 僕は立ち上がるとバルザックを連れて魔力糸を追った。


 魔法と白竜の暴威が吹き荒れる戦場を、

 見失わないよう魔力の糸だけを追う。


 あえてのんびりと散歩でもするような心持ちで進む。

 バルザックが僕の行動を咎めるような視線を送ってきた。

 気持ちはわかるが、こういう時に焦ってはだめだ。


 重い装備を外した分、昼間よりも動きはスムーズになっている。

 闇雲に焦って手がかりを見失っては意味がない。


 糸を追い始めてどれだけ経っただろう。

 集中力の限界が近い。

 バルザックも石や木の破片から僕をかばっているからボロボロだった。


 少しでも目を離せば見失ってしまいそうになる細い糸。


 だが、これが文字通りの命綱だ。


 絶対に目を離すわけにはいかない。


 頭の奥が焼けつくように痛んだ。

 視界がわずかに揺れる。


 まだ集中を切るわけにはいかない。

 唇を噛んで頭痛をごまかしながら進んだ。


 ◆◆◆


 戦場から伸びた糸は少し離れた川辺に倒れた人影に繋がっていた。

 近づくにつれ戦場の熱気はどこかに消え、周囲には冷気が漂っていた。


 人影は動く気配がない。

 装いからして兵の誰かであることは間違いなかった。

 何かを体の下に抱えるようにして倒れている。


「アラン様、あれはもしや……」


 バルザックの声に無言で頷く。


 慎重に倒れていた兵の体を起こす。

 触れた体の冷たさに手を放しそうになったがこらえた。

 真冬に川遊びでもしたかのように腰のあたりまで凍り付いていた。


 ヘンドリック、だった。


 王都を出てから二週間あまり、ずっと僕の側にいた男だ。


「……ここにいたのか。

 戻ってこれないはずだな……」


 水を汲みに行っただけにしては戻るのが遅いと思っていた。

 それがまさかこんな形で対面することになるとは。


 思わず息を呑む。


 顔は青白く凍りつき、唇には薄く霜が張り付いていた。


 その表情は奇妙だった。

 恐怖に引きつっているようにも、歓喜に歪んでいるようにも見える。


 白竜が怖いと言っていたくせに、なんで笑っているんだ。

 その死に顔に違和感をおぼえた。


 そして、その胸元。


 凍りついた指に抱きかかえられるようにして、白く輝くこぶし大の石があった。


 そうか、これのせいか。


 おそらく、ヘンドリックは水を汲みに行った川でこれを見つけたのだろう。

 凍えるような寒さの川に入り、全身を凍てつかせながら手に入れた宝。


 白竜の魔石。

 一国が買えるほどの価値を持つ宝。


 持ち帰れば英雄になれる。


 そう思ったのかもしれない。


 だが、その前に凍死した。


「バカだなあ」


 へへっと愛想笑いを浮かべ頭に手をやる姿が浮かんだ。


 袖で目元をぬぐう。

 感傷に浸っている暇はない。

 だが、知り合いの死に目に会うのは初めてだった。


 バルザックはそんな僕を黙って見守っていた。

 彼の眼には光るものはなかった。

 ただ指先がわずかに震えていた。


 僕が迷っている間にも、状況は動いていた。


 遠目に見えていた白竜が、神々しいほどに輝いていた。


 魔石から流れ込む魔力が急激に膨れ上がっていく。


 部隊長の警戒を促す号令。

 悲鳴。

 崩れる陣形。


 このままでは、部隊が壊滅する。


「アラン様、ご決断を!」


 バルザックの悲鳴のような提言が耳に届く。


 僕は決断を下すべく白竜の魔石を見つめる。


 これが白竜に魔力を供給していることは間違いない。

 だが、これを壊したからといって白竜を倒せるかはわからない。


 たとえ魔力の供給を止められたとしても、今のままで十分僕たちを皆殺しにできそうだ。

 それにこれが目的の白竜の魔石ならあれと戦う必要はないのではないか。

 部隊長たちに足止めを任せて、これを持ち帰れば――。


 不意にヘンドリックと目が合う。

 嬉しそうな悲しそうな何かを訴えてくるような目。


『白竜を倒せればドラゴンスレイヤーですな』


 思えばあれが彼との最後の会話になった。


「くっ」


 目を閉じて魔石から距離をとる。


 自分の心の奥に眠る欲望を自然に引きずり出された。


「ヘンドリックもこれにやられたのか……」


 多少なりとも魔法の心得がある自分でさえ危なかったのだ。


 ヘンドリックが抗しきれるはずはなかった。


 白竜の方を振り返ると、輝きで輪郭すら見えないほどになっていた。

 それでも、不思議とはっきり分かった。


 白竜が、こちらを見ている。


 最初に見たときと同じ。

 知性を宿した、青い瞳。


 怒りでもない。

 殺意でもない。


 まるで、僕が何を選ぶのか見定めているようだった。


 そのとき、僕の中で何かが決まった。


 ヘンドリックの凍りついた指から無理やり魔石を引きはがし、地面に転がす。

 魔石に触れた左手がひりひりと痛んだが、無視して剣を握り大上段に構える。


 そのまま振り下ろそうとしたが魔石の輝きに腕が動いてくれない。


 国一つに匹敵する価値があるなら、叩き割っても家一軒分くらいにはなるだろうか。


「──、──」


 バルザックが何か言った。

 だが、その声はうまく頭に入ってこなかった。


 これも魔石の影響だろう。

 あるいは魔石は関係ないのかもしれないがわからない。


 壊したいが壊せない。


 こんな綺麗な宝石を、ただ危険そうだからという理由だけで即座に砕ける人間がいるとしたら、

 それは思慮がないのか、それとも人間ではないのか。


『なにをもたついている。さっさと片付けろ』


 不意に、父の声が頭の奥に蘇る。


 思い出したくもない。


 それなのに、こういう時だけは鮮明だ。


(言われなくてもわかっている)


 思わず剣を握る手に力が入った。

 左手に、冷たい痛みが走る。

 剣を握る手の痛みが欲望に流されそうになる僕を引き留めてくれた。


(僕の、僕たちの目的は、

 白竜を倒して生きて帰ることだ。


 宝を持ち帰ることじゃない)


 魔力を込めた剣で魔石を一太刀に切る。


 思いのほか軽い音がした。


 白く輝いていた石は、みるみる輝きを失い、ただの石へと変わっていった。

 それと同時に、背後で白竜の断末魔のような咆哮が響く。


「アラン様、あれを!」


 恐る恐る振り返る。


 白竜は、ぴたりと動きを止めていた。


 白銀の毛並みから光が失われ、全身には血管のように赤い亀裂が走っている。


 咆哮をあげる口元が、なぜだか少し笑っているようにも見えた。


 そして──


 世界の音が、一瞬だけ消える。


 次の瞬間。


 白竜の巨体は、足元から崩れていった。


 砕けた氷のような破片が、空へ舞い上がるように散乱する。


 砂塵が遅れて押し寄せ、視界を白く塗りつぶした。


 白い嵐の中で、ただ光だけが見えた。


 破片のひとつひとつから、血の代わりに光の粒子が溢れ──はじけた。


 反射的に腕で頭を守ったが、体が宙に浮く感覚があった。


 最初に来たのは衝撃だった。

 次いで、全身を凍らせるような冷気。

 遅れて轟音が鼓膜を叩く。


 僕は無様に川辺を二回三回と大きく転がり大きな岩に当たってようやく止まった。


 砂利の上に大の字に倒れ込みながら、思ったほど痛くないことに驚いた。

 しかし、すぐ隣に転がった男の姿を見て、心臓が跳ね上がった。


「バルザック……!」


 彼の背中の鎧が、真っ白に凍りついている。

 爆発の瞬間、彼が僕の背後に立ち、文字通り『盾』になって衝撃をすべて引き受けてくれたのだ。


 身動き一つしないバルザックの元へ、僕は必死に這い寄った。

 震える手で、自分のポーチに残っていた回復ポーションに手を伸ばす。


 こぼさないように慎重に彼の口に含ませる。


「ごほっ……げほっ……!」


 苦しそうにせき込みながら、バルザックの胸が大きく上下した。


 生きている。


 まだ、死んでいない。


「よかった……」


 安堵の言葉を漏らした瞬間、僕の視界は急速に真っ暗に染まっていき、

 そのまま意識は深い闇へと落ちていった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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