九話 誰?
塔は、脈打っていた。
白い街の中心。
巨大な円塔。
骨みたいに細長い外壁。
その表面を、黒い筋が血管みたいに走っている。
生きている。
そんな感じがした。
女「急ぐ」
グロウたちは石畳を駆ける。
背後では、まだ歌声が響いている。
顔のない人影たちも追ってきていた。
数が増えている。
白い路地すべてが敵みたいだった。
グロウは刀を握る。
まだ頭が痛い。
だが。
刀を持っている時だけ、不思議と恐怖が薄れていた。
代わりに。
別の感覚がある。
懐かしさ。
知らないはずなのに。
その時。
前方の路地。
誰かが立っていた。
小柄。
白いフード。
裸足。
年齢はルーチェと同じくらいに見える。
俯いている。
顔が見えない。
女が急停止した。
女「……下がって」
グロウ「?」
女の声が強張っている。
今までで一番。
フードの少女が、ゆっくり顔を上げる。
赤い目。
泣きそうな顔。
けれど。
口元だけが不自然に笑っていた。
フードの少女「……また来たんだ」
その声は幼い。
なのに。
妙に冷たい。
???「……誰」
フードの少女は???を見る。
その瞬間。
空気が変わった。
フードの少女の瞳が揺れる。
まるで。
本当は泣きたいみたいに。
フードの少女「……どうして、まだいるの」
???の肩が震える。
彼女は何も答えない。
グロウが一歩前へ出る。
グロウ「お前、何者だ」
フードの少女はグロウを見た。
その瞬間だった。
彼女の表情から感情が消える。
フードの少女「……見つけた」
背筋が凍る。
どこかで聞いた。
同じ言葉。
次の瞬間。
フードの少女の周囲に、黒い粒子が浮かび上がった。
灰。
いや。
霧だった。
細かな黒霧が渦を巻きながら空中で凝縮していく。
女「避けて!!」
轟音。
黒霧が槍みたいに射出される。
石畳を貫き、爆ぜる。
グロウは反射的に跳んだ。
直後。
さっきまでいた場所が大きく抉れて崩壊する。
グロウ「……なんだよ今の」
フードの少女は悲しそうにこちらを見ていた。
フードの少女「……殺したくないのに」
その声は本気だった。
だから余計に怖い。
次の瞬間。
再び黒霧が収束する。
今度は無数。
鋭い杭みたいな形へ変わり、一斉に空間を裂いた。
グロウは刀で迎撃する。
火花。
凄まじい衝撃。
吹き飛ばされる。
刀が震えていた。
まるで。
“敵を知っている”みたいに。
フードの少女は俯いたまま呟く。
フードの少女「お兄ちゃんが待ってる」
グロウ「……お兄ちゃん?」
フードの少女「この街で、一番優しい人」
女の顔色が変わる。
女「……っ」
グロウは見逃さなかった。
彼女はその存在を知っている。
フードの少女「だから邪魔しないで」
その瞬間。
空気中の黒霧が渦を巻く。
周囲の建物が軋む。
無数の黒い杭が、雨みたいに降り注いだ。
グロウは咄嗟に???を庇う。
刀を振る。
身体が勝手に動く。
斬る。
受ける。
流す。
だが。
全部は防げない。
頬が裂ける。
肩が裂ける。
黒い霧が傷口から滲む。
???「やめて!!」
彼女が叫ぶ。
その瞬間。
白い花びらが舞った。
フードの少女の動きが止まる。
赤い瞳が揺れる。
フードの少女「……どうして」
???が震える声で言う。
???「もう誰も傷つけたくないの……」
フードの少女は黙る。
長い沈黙。
そして。
小さく呟いた。
フードの少女「……じゃあ、なんでお兄ちゃんは泣いてるの」
その言葉。
空気が凍る。
塔の上。
誰かがいた。
黒い外套。
長い髪。
少年だった。
年齢はグロウと同じくらい。
こちらを見下ろしている。
その目だけが異様だった。
まるで。
生きることそのものを諦めてるみたいな目。
少年が静かに呟く。
少年「……やっと来た」
その声が。
なぜか。
グロウの胸を締め付けた。
まるで。
昔。
どこかで聞いたみたいに。
つづく




