八話 誰かの記憶
女「……墓場だよ」
グロウ「は?」
女「人間になれなかった人たちの」
その言葉が。
妙に耳へ残った。
走る。
白い街を。
壊れた噴水。
崩れた礼拝堂。
白花の海。
後ろからは無数の足音。
歌声。
呻き。
まるで街全体が生きているみたいだった。
グロウの呼吸が荒くなる。
頬の霧蝕が熱い。
焼けるみたいに。
それなのに。
頭だけは妙に冴えていた。
曲がり角。
飛び出してくる人影。
グロウは反射的に短刀を抜いた。
だが次の瞬間。
自分でも理解できない動きをしていた。
踏み込み。
回転。
最小動作で喉元を裂く。
人影が崩れる。
グロウ自身が、一番驚いていた。
グロウ「……なんだ、今の」
女が目を見開く。
女「その動き……」
???「グロウ?」
グロウは自分の手を見る。
震えている。
今の感覚。
知っている。
身体だけが。
まるで昔から何百回も繰り返してきたみたいに。
次々に人影が迫る。
グロウは無意識に前へ出た。
斬る。
避ける。
蹴る。
身体が勝手に動く。
迷いがない。
まるで。
“誰かの記憶”をなぞっているみたいに。
その瞬間。
断片が脳裏を走る。
雨。
黒い空。
長い刀。
血塗れの手。
そして。
誰かの声。
『……また、お前か』
頭痛。
激痛。
グロウが膝をつく。
視界が歪む。
???「グロウ!!」
少女が駆け寄る。
その顔を見た瞬間。
また別の映像が流れ込む。
白い花畑。
泣いている少女。
『君は忘れて』
そんな声。
誰の声か分からない。
グロウ「っ……ぁ……」
女が周囲へ銃を撃ちながら叫ぶ。
女「今は止まらないで!!」
人影たちが迫る。
白い腕。
顔のない群れ。
歌声。
『かえして』
『かえして』
『わたしたちの』
『じかんを』
グロウは歯を食いしばり立ち上がる。
その時だった。
人影の一体が、グロウへ飛びかかる。
反射的に短刀で受ける。
だが衝撃で体勢が崩れた。
足元へ転がる。
白い石畳。
その隙間に、何かが突き刺さっていた。
刀だった。
細長い。
黒い鞘。
まるで最初からそこに埋まっていたみたいに。
グロウは息を呑む。
なぜか分からない。
なのに。
“それを知っていた”。
手が自然に伸びる。
柄を握る。
その瞬間。
心臓が跳ねた。
知らない景色。
炎。
崩壊する都市。
誰かを守るために剣を振るう自分。
白い髪の少女。
泣きながらこちらを見る誰か。
そして。
血だらけの長刀。
グロウ「……なんだよ、これ……」
女がその刀を見て、息を止める。
女「その剣……なんで……」
彼女の顔から血の気が引いていた。
まるで。
“見てはいけないもの”を見たみたいに。
???「……その刀」
少女も呟く。
苦しそうに。
頭を押さえている。
彼女も何かを思い出しかけていた。
人影が迫る。
考える暇はない。
グロウは無意識に刀を抜いた。
黒い刃。
白い街の光を映す。
その瞬間。
身体が、完全に別人みたいに動いた。
一閃。
空気が裂ける。
人影たちがまとめて両断される。
黒い霧が吹き荒れる。
女が目を見開く。
???も息を呑んでいた。
グロウ自身だけが。
一番理解できていなかった。
グロウ「……なんで使える」
答える者はいない。
だが。
刀を握る手だけは、不思議なほど馴染んでいた。
まるで。
ずっと昔から。
これだけが自分だったみたいに。
その時。
また記憶が流れ込む。
誰かが笑っている。
赤いマフラー。
夕焼け。
『ねぇ、グロウ』
知らない女の声。
けれど。
胸だけが痛かった。
グロウは息を荒げる。
女がそんな彼を見ていた。
悲しそうな顔で。
そして。
ほんの少しだけ。
“懐かしそうに”。
つづく




