七話 顔のない街
夜が来る。
その言葉の意味を。
グロウは次の瞬間、理解した。
空が、消えた。
地下空洞の天井に映っていた人工の星空が、一斉に落ちる。
いや。
“塗り潰された”。
黒。
圧倒的な闇。
白い街から色が抜けていく。
花も。
建物も。
人影も。
全部が夜へ沈んでいく。
同時に。
街中の人影たちが、一斉にこちらを向いた。
ぞわり、と空気が震える。
顔がない。
なのに。
“笑った”のが分かった。
女「走って!!」
銃声。
轟音が白い街へ響く。
女が撃ち抜いた弾丸は、人影の一体の頭を吹き飛ばした。
だが。
倒れない。
黒い霧を撒き散らしながら、ゆっくり歩いてくる。
まるで死を忘れてるみたいに。
グロウ「クソッ……!!」
少女の手を掴む。
冷たい。
死人みたいに。
けれど。
震えている。
生きてるみたいに。
街中から歌声が響く。
さっきまでの子守唄。
それが今は、何百人分も重なって聞こえていた。
女の声。
子供の声。
老人の声。
全部。
同じ旋律。
同じ言葉。
『かえして』
『かえして』
『わたしたちの』
『なまえを』
グロウの背筋が凍る。
その瞬間。
人影たちが走り出した。
ありえない速度。
白い路地から一斉に雪崩れ込んでくる。
グロウ「逃げるぞ!!」
石畳を蹴る。
少女と女も走る。
白花が踏み潰される。
後ろから無数の足音。
近い。
速い。
女が横を走りながら叫ぶ。
女「絶対に触られないで!!」
グロウ「触られたらどうなる!!」
女「連れていかれる!!」
意味が分からない。
だが聞き返す暇はない。
横道から人影が飛び出す。
顔のない女。
腕だけが異様に長い。
グロウは短刀で迎撃する。
斬る。
手応えがない。
肉じゃない。
霧を斬ってるみたいだった。
その瞬間。
人影の指先が、グロウの頬へ触れる。
視界が揺れた。
知らない景色。
泣いている少年。
白い病室。
血塗れの手。
誰かの声。
『ごめんね』
『また守れなかった』
グロウ「っ……!!」
猛烈な頭痛。
膝が崩れる。
少女が叫ぶ。
少女???「グロウ!!」
その声で現実へ引き戻される。
気づけば、人影が目の前にいた。
顔のない女が、グロウを抱き締めようとしている。
まるで恋人みたいに優しく。
次の瞬間。
白い閃光。
銃声。
人影の頭部が吹き飛ぶ。
女だった。
煙を上げる拳銃。
女「立って!!」
グロウは息を荒げながら立ち上がる。
頬が黒く侵食されていた。
霧蝕。
さっきより広がっている。
???「……ごめん」
少女が震える声で呟く。
グロウ「だからなんで謝んだよ!!」
???「だって、私のせいで……」
グロウ「違う」
思わず強く言っていた。
少女が目を見開く。
グロウは息を切らしながら続ける。
グロウ「お前が悪いなら、この街全部悪いだろうが……」
少女の呼吸が止まる。
その言葉。
たぶん。
彼女はずっと、誰かに言ってほしかった。
その時。
遠くで鐘が鳴る。
さっきより大きく。
重く。
まるで。
“何か”が目覚める合図みたいに。
女の顔色が変わった。
女「まずい……間に合わない」
グロウ「何がだ!!」
女は白い街の中心を見る。
巨大な塔。
暗闇の中で、ゆっくり光り始めていた。
脈動。
生き物みたいに。
女「“あれ”が起きる前に、中央区まで行く」
グロウ「だから何なんだよここは!!」
女は数秒だけ黙る。
走りながら。
苦しそうに。
そして静かに答えた。
女「……墓場だよ」
グロウ「は?」
女「人間になれなかった人たちの」
つづく




