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君が忘れた名前  作者: オニたん


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5/25

五話 地下六六六層

リフトは、止まらなかった。

通常階層表示はとっくに通り過ぎている。


地下二十層。

三十層。

五十層。

それでも下降は続く

グロウは眉をひそめた。


グロウ「こんな深さ、聞いたことねえぞ……」


???「……私も」

その声は小さい。


リフトの壁は古かった。

だが妙だった。

アーテルの設備より、ずっと古いはずなのに。

ずっと綺麗だった。

錆が少ない。

まるで。

誰かが今でも使っているみたいに。


沈黙。

機械音だけが響く。


グロウはふと気づく。

少女がずっと震えている。


グロウ「寒いのか」


???「……違う」


グロウ「なら何だよ」


少女は少し迷ったあと、小さく言った。

???「思い出しそうなの」

グロウ「何を」


少女は答えなかった。

その代わり。

自分の胸元を強く握った。

苦しそうに。

まるで忘れていた傷が開いていくみたいに。


やがて。

リフトが軋みながら停止する。

表示番号。

【 Null 】

見たことのない記号だった。


次の瞬間。

扉がゆっくり開く。

風が吹いた。

地下のはずなのに。

冷たく、静かな風。


グロウは目を細める。

その先に広がっていたのは。

“街”だった。


地下世界。

巨大な空洞。

崩壊した白い建造物群。

頭上には、人工の星空みたいな光が瞬いている。


静かだった。

死んだみたいに。

けれど。

どこか美しかった。


グロウ「……なんだ、ここ」


少女も、呆然としていた。

彼女ですら知らない場所なのかもしれない。


リフトを降りる。

靴音が白い石畳へ響く。

灰は降っていない。

代わりに、白い花が咲いていた。

無数に。

崩れた街の隙間から。

まるで。


死体の上に咲く祈りみたいに。

???「……白花」

少女が小さく呟く。


その瞬間。

頭痛。

彼女がふらつく。

グロウが咄嗟に肩を支えた。


グロウ「おい」

???「……っ」


少女の瞳が揺れている。

見えている。

何かを。

今この場所で。

断片。

白い部屋。

泣いている誰か。

ガラス越しの無数の人影。

“エンブレイス”

誰かがそう呼ぶ声。


少女の呼吸が止まる。

???「……あ……」


グロウ「どうした」


???「今……」


彼女の唇が震える。

???「名前……」


グロウ「?」


少女は混乱したまま、自分の頭を押さえた。


???「私……」


その時だった。

遠くで、“鐘の音”が鳴る。

低く。

深く。

街中へ響き渡るみたいに。

同時に。

白い街の奥。

無数の灯りが、一斉に点灯した。

グロウの背筋が粟立つ。


誰かいる。

この街は死んでいない。


そして。

石畳の向こう。

白花の中に。

一人の影が立っていた。


女だった。

長い髪。

片目を布で隠している。

その女は、静かに二人を見つめている。

敵意はない。

だが。

妙な違和感があった。

まるで。

“最初から二人が来るのを知っていた”みたいな目だった。 


少女の顔から血の気が引く。

???「……うそ」


グロウ「知ってる奴か」


少女は震える声で呟く。

???「なんで……」


長い沈黙。


そして。

少女は、壊れそうな声でその名を呼ぼうとして――

止まった。


まるで。

“その名前を口にしてはいけない”みたいに。



つづく

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