三話 少女
地下通路に、灰だけが降っていた。
崩れた天井の隙間から落ちてくる白い粉が、侵食体の残骸へ静かに積もっていく。
グロウは短刀を握ったまま動けなかった。
目の前で起きたことが、理解できなかったからだ。
少女が触れた。
それだけで。
侵食体が崩壊した。
グロウ「……お前」
掠れた声。
少女は答えない。
ただ、自分の指先を見つめている。
怯えているみたいだった。
まるで。
自分自身を怖がっているみたいに。
遠くで警報音が鳴り続けている。
地下通路の赤い非常灯が、二人の顔を断続的に照らした。
赤。
暗闇。
赤。
暗闇。
そのたびに少女の表情が変わる。
幼く見えたり。
ひどく大人びて見えたり。
グロウは妙な感覚を覚えた。
この少女は、時々“年齢”が曖昧になる。
グロウ「始まるって、何がだ」
グロウが低く言う。
少女はゆっくり顔を上げた。
その目に、一瞬だけ迷いが浮かぶ。
???「……話したら、君は後悔するよ」
グロウ「もうしてる」
即答だった。
少女は少しだけ目を見開く。
それから、小さく笑った。
寂しい笑い方だった。
???「変な人」
グロウ「よく言われる」
???「怒鳴らないんだね」
グロウ「何を」
???「化け物扱い」
グロウは侵食体の灰を見る。
それから少女を見る。
グロウ「……お前が人間かどうかなんて、今どうでもいい」
少女の呼吸が止まる。
グロウは続けた。
「俺は妹を助けたいだけだ」
その言葉。
それだけで。
少女の表情が微かに揺れた。
傷に触れられたみたいに。
???「……妹」
グロウ「ああ」
???「大事なんだね」
グロウは舌打ちする。
グロウ「当たり前だろ」
???「うん」
少女は小さく頷いた。
その声は、どこか嬉しそうだった。
だが次の瞬間。
地下通路の奥から、“足音”が聞こえた。
重い。
複数。
グロウが即座に警戒する。
侵食体じゃない。
人間だ。
だが普通じゃない。
金属の擦れる音が混じっている。
少女の顔色が変わった。
初めて、はっきりと恐怖が浮かぶ。
???「……だめ」
グロウ「?」
???「隠れて」
グロウ「なんだよ」
???「早く!!」
その声は切羽詰まっていた。
グロウは反射的に少女の手を引き、崩れたシャッター裏へ飛び込む。
直後。
地下通路へ数人の影が現れた。
黒い外套。
白い面。
そして首元には、肺楼機構の紋章。
都市管理局直属の回収部隊。
通称、《掃除屋》。
彼らは侵食体の灰を見下ろしていた。
一人が低く呟く。
「……消滅?」
「ありえんな」
「核反応痕がない」
別の男が言う。
「対象は近くにいる」
グロウは少女を見る。
少女の身体が、小さく震えていた。
さっきまで平静だったのに。
今は怯えている。
本気で。
「お前、何したんだ」
グロウが囁く。
少女は俯いたまま言う。
???「……逃げて」
グロウ「は?」
???「私といると、君も壊れる」
グロウは眉をしかめる。
その言葉。
妙に引っかかった。
“死ぬ”じゃない。
“壊れる”。
掃除屋たちが周囲を探索し始める。
機械灯が暗闇を舐める。
近い。
見つかる。
グロウは息を殺した。
少女の肩が小さく触れている。
冷たい。
驚くほど。
生きてる人間とは思えないくらいに。
その時だった。
掃除屋の一人が立ち止まる。
ゆっくり。
こちらを向いた。
白い面の奥から声が響く。
「……いたぞ」
空気が凍る。
次の瞬間。
銃声。
轟音が地下通路へ炸裂した。
グロウは少女を抱え、横へ転がる。
コンクリートが弾け飛ぶ。
掃除屋たちが一斉に銃口を向けた。
「対象を確保しろ」
「生死は問わん」
少女が目を見開く。
???「……なんで」
その声は。
追われることへの驚きじゃなかった。
もっと別の。
“まだ覚えていたこと”への驚きだった。
グロウは少女の手を掴む。
グロウ「走るぞ!!」
少女は動かなかった。
まるで何かを見ている。
掃除屋の奥。
暗闇の先。
そこにいた。
一人だけ。
黒いコートの男。
顔は見えない。
だが。
少女の唇が、かすかに震えた。
???「……うそ」
グロウが振り返る。
「知り合いか」
少女は答えない。
ただ。
ひどく青ざめた顔で呟く。
???「なんで、まだ生きてるの……」
つづく




