二十話 あの日の名前
夜だった。
崩れた駅舎。
壊れた照明。
静かな雨音。
グロウは眠っていた。
壁へ寄りかかりながら。
刀を抱えたまま。
シロは、その隣に座っている。
今日つけてもらった白い花の髪飾り。
指先で、そっと触れる。
シロ「……似合ってるって」
小さく呟く。
思い出しただけで。
少し顔が熱くなる。
グロウは眠っている時だけ、少し幼い顔になる。
警戒も。
痛みも。
全部消えたみたいに。
シロはそっと手を伸ばす。
触れる直前で止まる。
シロ「……ずるい」
その声は。
恋を隠しきれていなかった。
やがて。
静かに目を閉じ眠る。
暖かい風。
白い花畑。
灰が降っていない。
空が青い。
ありえない景色。
『エンブレイス』
その呼び方。
胸が跳ねる。
振り向く。
そこに。
少し幼いグロウが立っていた。
夢なのか。
記憶なのか。
分からない。
エンブレイスは花冠を編んでいた。
幼い指。
不器用な形。
グロウ『またそんなの作ってんのか』
エンブレイス『またってなに』
グロウ『毎回作ってる』
エンブレイス『好きだからいいの』
グロウは少し呆れた顔をする。
でも。
ちゃんと隣へ座る。
エンブレイス『……いる?』
花冠を差し出す。
グロウは眉をひそめた。
グロウ『男にこれつけんの?』
エンブレイス『似合うと思う』
グロウ『絶対似合わねぇ』
そう言いながら。
ちゃんと受け取る。
エンブレイスは吹き出す。
グロウ『笑うな』
エンブレイス『だって』
グロウ『なんだよ』
エンブレイスは少しだけ照れながら言う。
エンブレイス『……嬉しかったから』
風が吹く。
白い花が揺れる。
グロウは少し黙って。
照れ隠しみたいに顔を逸らした。
耳が少し赤い。
グロウ『……変なやつ』
エンブレイス『グロウに言われたくない』
二人で笑う。
その時間が。
永遠みたいだった。
場面が変わる。
夕暮れ。
古い屋上。
エンブレイスはフェンスへ寄りかかっている。
隣にはグロウ。
少し近い距離。
グロウ『寒くないのか』
エンブレイス『ちょっと』
グロウ『帰るか』
エンブレイス『……もう少し』
沈黙。
風だけ。
エンブレイスは横目でグロウを見る。
夕焼けに照らされた横顔。
少し眠そうな目。
ぶっきらぼうなのに優しい声。
胸が苦しくなる。
エンブレイス『ねぇ』
グロウ『ん』
エンブレイス『もしさ』
少し迷う。
エンブレイス『離れ離れになっても、私のこと忘れない?』
グロウは不思議そうな顔をした。
グロウ『なんだそれ』
エンブレイス『いいから』
グロウは少し考える。
それから。
当たり前みたいに言った。
グロウ『忘れるわけねぇだろ』
エンブレイスの呼吸が止まる。
グロウ『エンブレイス、お前すぐ泣くし』
エンブレイス『泣かない』
グロウ『嘘つけ』
そして。
少し笑って。
グロウ『だから俺がちゃんと覚えててやる』
世界が止まりそうだった。
エンブレイスは顔を隠す。
耳まで真っ赤だった。
グロウ『……なんで隠すんだよ』
エンブレイス『うるさい』
グロウ『は?』
笑い声。
夕焼け。
優しい時間。
なのに・・・
場面が変わる。
赤い警報。
悲鳴。
崩壊。
誰かが叫んでいる。
『記憶処理を急げ!!』
『被験体Gを隔離しろ!!』
エンブレイスが泣いている。
手を伸ばす。
エンブレイス『グロウ!!』
血だらけのグロウ。
振り返る。
苦しそうな顔。
それでも。
最後まで。
エンブレイスを庇うみたいに笑った。
グロウ『大丈夫』
そこで夢が切れた。
エンブレイスは目を覚ます。
呼吸が震えていた。
目の前。
眠っているグロウ。
今のグロウ。
エンブレイスは唇を噛む。
エンブレイス「……なんで」
声が震える。
エンブレイス「なんで、忘れちゃったの……」
胸が痛い。
苦しい。
あんなに優しかった時間。
あんなに大切だった言葉。
全部。
グロウの中から消えている。
エンブレイスはそっと手を伸ばす。
眠るグロウの頬へ触れる。
エンブレイス「……私は、ずっと覚えてたのに」
その声は。
泣きそうなくらい優しかった。
つづく




