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君が忘れた名前  作者: オニたん


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十六話 雨宿り

地下区画には、雨の匂いが染みついていた。

崩れた配管。

水没した線路。

時折、遠くで金属が軋む音がする。

誰もいない。

世界から忘れられた場所みたいだった。


少女は慣れた足取りで歩いていた。

細い通路。

瓦礫。

暗闇。

迷わない。

グロウ「……よく道分かるな」

???「昔、ここ通ったことあるから」

グロウ「昔?」

少女は少し黙る。

???「……たぶん」

グロウは眉をひそめる。

グロウ「お前も記憶ないのか」

少女は答えなかった。

ただ。

少しだけ寂しそうに笑った。


しばらく歩くと、小さな売店跡があった。

崩れた自販機。

色褪せた看板。

天井の非常灯だけが、ぼんやり点滅している。

???「今日はここで休む」

グロウ「……床硬そう」

???「贅沢」

グロウ「はいはい」

そのやり取りが。

少しだけ自然だった。


少女は古い毛布を広げる。

グロウは壁へ背を預けた。

頭痛はまだある。

でも。

前より少しマシだった。


沈黙。

雨音。

非常灯のノイズ。

グロウがぼそっと言う。

グロウ「……お前さ」

???「なに」

グロウ「名前、ないの」

少女が固まる。

グロウ「ずっと名前無しじゃ呼びづらいんだけど」

少女は視線を逸らした。

困っているみたいだった。


???「……分からない」

グロウ「は?」

???「思い出せない」

静かな声だった。


グロウは少し黙る。

そして。

頭を掻いた。


グロウ「じゃあ仮で呼ぶか」

???「仮?」

グロウ「なんかあるだろ。特徴とか」

少女が少し考える。


???「……白い」

グロウ「そのまんま過ぎるだろ」

少女が小さく吹き出す。

初めてちゃんと笑った。

グロウは少し目を逸らす。

その笑顔を、直視できなかった。


グロウ「……じゃあ、シロ」

???「シロ……」

グロウ「嫌なら変える」

少女は首を横に振った。

???「嫌じゃない」

その言い方が。

少し嬉しそうだった。


沈黙。

けれど。

今までみたいに苦しくない。

その時。

グロウの腹が鳴った。

盛大に。


シロが目を丸くする。

グロウ「……忘れろ」

シロ「ふふっ」

グロウ「笑うな」

シロは鞄をごそごそ漁る。

缶詰を取り出した。

ラベルは剥がれている。


グロウ「食えんのそれ」

シロ「たぶん」

グロウ「たぶんって言ったな今」

数分後。

二人は無言で缶詰を食べていた。

不味かった。

とんでもなく。


グロウ「……終わってる味する」

シロ「でも食べれる」

グロウ「それ基準低すぎるだろ」

シロがまた笑う。

その顔を見るたび。

グロウの胸が少しだけ軽くなる。

けれど次の瞬間。

視界が揺れた。


白い花畑。

泣いている少女。

『忘れないで』

グロウ「っ……」

頭を押さえる。

呼吸が乱れる。

シロがすぐ隣へ来る。

シロ「また?」

グロウ「あぁ……平気」


平気じゃなかった。

頭の奥で。

誰かが囁いている。

『見つけろ』

『約束しただろ』

『今度こそ』

グロウの瞳が揺れる。

別人みたいに。


グロウ「……殺さないと」

シロの顔が強張る。

グロウは自分の口を押さえる。

困惑していた。


グロウ「……なんだ今」

シロは何も言わない。

ただ。

静かにグロウの隣へ座る。

肩が触れる。

温かかった。


シロ「……寝た方がいい」

グロウ「眠れねぇよ」

シロ「じゃあ、話す?」

グロウ「何を」

シロは少し考えて。

小さく言った。

シロ「……楽しかったこととか」

その言葉。

なぜか。

少しだけ救いみたいに聞こえた。


つづく

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