十二話 忘れられた実験
塔が軋む。
白い壁面に黒い亀裂が走っていく。
脈動。
鼓動。
まるで巨大な生物の内側にいるみたいだった。
ライネの身体から溢れる黒霧は、止まらない。
足元。
空間。
白花。
触れたものから色が死んでいく。
エメ「やめて……!」
ライネはエメを見る。
その目だけは。
まだ人間だった。
ライネ「エメ」
優しい声。
兄の声だった。
ライネ「下がって」
エメ「嫌!!」
ライネ「お願いだ」
その瞬間。
黒霧が爆ぜる。
轟音。
石畳が砕け、衝撃が街へ広がった。
グロウは咄嗟に???を抱き寄せる。
瓦礫が降る。
女が銃を連射する。
テゾーロはエメを庇っていた。
黒霧の中心。
ライネが苦しそうに頭を押さえている。
ライネ「……まただ」
声が掠れていた。
ライネ「また、俺の中で……」
その瞬間。
黒霧の中に、“顔”が浮かぶ。
無数。
泣いている。
叫んでいる。
人間の顔。
グロウの背筋が凍る。
あれは霧じゃない。
“人”だ。
女が呟く。
女「……侵食記憶体」
グロウ「なんだそれ」
女「原霧に喰われた人間の記憶の残骸……」
彼女の顔が青ざめている。
女「ライネは、それを体内へ取り込み続けてる」
グロウ「は?」
テゾーロが苦しそうに目を閉じた。
テゾーロ「……あの子は、器なんだ」
静かな声。
諦めた声。
テゾーロ「肺楼機構が作った、“受け皿”だ」
空気が止まる。
グロウ「実験体ってことかよ」
テゾーロは答えない。
それが答えだった。
ライネが笑う。
壊れた笑い。
ライネ「人間を救うためだったらしいよ」
黒霧が脈打つ。
周囲の空間が歪む。
ライネ「でも結局、人間が一番、人間を壊してた」
その言葉。
重かった。
怒りじゃない。
絶望だった。
エメが震えながら前へ出る。
エメ「兄さま、もういい……!」
ライネ「よくない」
エメ「もう終わりにしようよ……!」
ライネは少し黙る。
そして。
小さく笑った。
ライネ「終われないんだよ」
その瞬間。
黒霧の中から“腕”が伸びる。
人間の腕。
何十本も。
地面を這う。
壁を掴む。
空へ伸びる。
グロウの刀が激しく震える。
頭痛。
また記憶が流れ込む。
暗い研究室。
泣いている子供。
拘束具。
白衣の大人たち。
そして。
ガラス越しにこちらを見る少年。
『助けて』
グロウ「っ……!!」
膝をつく。
息が出来ない。
ライネがこちらを見た。
黒霧の中で。
静かに。
ライネ「……お前も見たんだな」
グロウ「お前……何なんだ」
ライネは答えない。
ただ。
どこか嬉しそうだった。
ライネ「やっと、俺を覚えてくれる奴がいた」
その言葉。
グロウの胸が妙に痛んだ。
次の瞬間。
塔の最上部。
巨大な鐘が鳴る。
世界が震える。
同時に。
白い街の全ての人影が、一斉に空を向いた。
歌声。
泣き声。
笑い声。
全部が混ざる。
そして。
街の奥。
暗闇の中から。
“巨大な影”が立ち上がった。
グロウたちより遥かに大きい。
人の形をしている。
だが。
顔がない。
エメが絶望した声を漏らす。
エメ「……嘘」
女が後退る。
テゾーロが歯を食いしばる。
女「なんで、“核”が起きてるの……」
巨大な影が、ゆっくりこちらを見下ろす。
その瞬間。
グロウの刀が、ひとりでに抜けた。
黒い刃が鳴いている。
まるで。
“戦いを覚えている”みたいに。
つづく




