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3/10

3・モブキャラの俺に惚れるわけない

 南駅から二駅隣り。


 そこで俺達は降車する。


「こうやって一緒に歩くのも久しぶりだね」


「あ……ああ、そうだな」


 昨日は二人で()()()というわけではないので、ノーカウントだろう。


「子どもの頃、覚えていたのか?」


「もちろんだよ。大切な思い出だもん」


 清水が魅力的な笑みを浮かべる。


 それにしても……学校にいる時の彼女とはずいぶん印象が違うな。

 もっと、なんというか……学校の時の清水はもっと冷たい表情をしているのだ。


いばらの美少女もそんな顔するんだな」


「その呼び方止めて」


 清水が口の前で人差し指を立てる。


「それ、あんまり気に入ってないんだ。悠真君にはそんな呼ばれ方して欲しくない」


 ちょっとむすっとした表情を彼女は浮かべた。


「すまん。そりゃそうだよな。いいイメージのあだ名じゃないんだし」


「わたしの方こそ変なこと言ってごめん。わたしのこと、悠真君には悪いように思われたくないから」


 隣り合って歩く清水。その表情を見るに、どうやらあまり怒っていないようだ。


「……別にわたしだって、このままじゃいけないと思ってるよ。でもどうやって喋ればいいか分からないだけ」


「だからああなると?」


 問いかけると、清水はコクリと頷いた。


 棘の美少女……なんて呼ばれているが、実際はただの人見知りなのかもしれない。

 そう思うと、彼女がますます可愛く思えてきた。


「でも俺とは普通に喋れているようにも思えるがな」


「悠真君は特別だよ」


 穏やかな顔の清水。



 ——特別。



 たった漢字二文字であるが、俺にとってはとても甘美な響きに聞こえた。


「ここ」


 そうこうしていると、清水の言っていた『喫茶店』に着いたみたいだ。

 店前には花が飾られており、いかにもお洒落なお店という感じだ。俺一人では臆してしまって、近寄ることも出来なかっただろう。


「入ろ」


「あ、ああ」


 女の子と喫茶店でお茶なんて……なんだか照れるな。


 内心ドキドキしながらも店内に入り、窓際の席に向かい合わせで座った。


「このプリンセットってのがおすすめなんだ。二人でこれを頼もっか」


「ん……ああ、そうだな」


 彼女に勧められるままに、俺はコーヒーとプリンがセットになっているメニューを頼んだ。


「清水はこうやって男とお店に来るの……慣れているのか?」


「え?」


 清水が目を丸くする。

 彼女は美少女だ。そういうことはよくあることかもしれない。


 しかし清水はぷくーっと頬を膨らませて、


「そ、そんなことないよ。男の子と来るのなんて……悠真君がはじめてなんだから……っ!」


 と言った。


 それは意外だ。

 しかし……それを聞いてはますます照れるではないか。


 清水も同様なのか、顔を赤くしてメニュー表の文字を目で追っていた。


「そういや、俺の連絡先。どうやって知ったんだ?」


 気まずくなったので、俺から話題を振る。


「チャットグループからだよ。悠真君もクラスのチャットグループに入ってるでしょ?」


 なにをそんな当たり前なことを、といった表情で清水が答えた。


「ああ、そっか。それがあったか。ほとんどチャットグループには参加してないから、気が付かなかった」


「わたしも同じだけど、悠真君がいたことは知ってたから」


 そんな会話をしていたら、程なくして二人分のプリンセットが運ばれてきた。


「ごゆっくり〜〜〜」


 プリンを運んでくれた店員が去り際、微笑ましそうな表情を浮かべていたのはどうしてだろうか?


「た、食べようか」


「そうだね」


 プリンにスプーンを入れる。

 口に入れた瞬間、噛まなくてもプリンが中で溶けていった。


「旨い」


「でしょ!」


「甘すぎるのは苦手なんだが、ほどよい甘さだな。これだったらいくらでも食べられそうだ」


「でしょでしょ! よかったあ、悠真君に気に入ってもらえて」


 安堵の息を吐く清水。

 その後、プリンを食べるのに必死すぎて、会話が途切れてしまう。


 ……食べながら喋るのって難しいな。


 この静寂を清水はどう思っているのだろうか。


「…………」


 清水の方を見ると、ちらちらとこちらを見ていた。


「わわっ!」


 彼女が変な声を出して、慌ててプリンに視線を移した。

 俺もなんだか恥ずかしくなって、プリンを食べるのに集中することにした。


 早くこの静寂から脱しようと、心なしか、普通よりもハイスピードでプリンを食べてしまった気がする。


「美味しかった」


 コーヒーを飲みながら、もう一度プリンの感想を言う。


「うんっ。美味しかったね。ここ、お気に入りだからたまに一人で来るんだ」


「友達とは来ないのか? クラスの人気者のように思えるが……」


「そんなことないよ。わたし、二年になってから転校してきたんだしね。もう形成されているコミュニティーに一から入るのは……やっぱしんどい」


 そりゃそうか。


「じゃあ俺が友達第一号だな」


 俺が言うと、清水は驚いた表情になった。


「ん……もしかして不快だったか?」


「そ、そんなことないよ。言われなくても友達のつもりだったから」


「そりゃそっか」


 苦笑する。


 清水は拳をぎゅっと握りしめて。


「う、うん……まずは友達からだよね。スタートは悪くない悪くない……焦っちゃダメ……」


「清水?」


「ふわ!?」


 名前を呼んだら、清水はビックリしたのか肩を震わせた。


「一体なに言ってたんだ?」


「な、なんでもないっ!」


 ぷいっと清水は顔を逸らす。

 首まで顔が赤くなっていた。


 その後、三十分くらい喫茶店にいて。


「そろそろ出ようか」


「うん」


 席から立つ。

 実際この喫茶店にいたのは四十五分くらいだ。

 この時間が長いのか短いのか……俺には分からなかった。


 ◆ ◆


「それにしても……清水が俺のことを覚えていてくれて嬉しかったよ」


 帰宅までの道を歩いている途中。

 清水に率直な気持ちを伝えた。


「わたしも同じ気持ちだよ。ねえねえ悠真君——」


 そう彼女が口を動かそうとした時であった。


「危ない」


「きゃっ!」


 トラックが清水の横を通り過ぎようとしたので、咄嗟に彼女の肩を持って遠ざける。


「ここは車通りも多いからな。気をつけた方がいい」


「う、うん。ありがとっ」


 つい清水の体に触れてしまったが……どうやら不快な気分になってなさそうだ。


「悠真君。あのこと覚えてる?」


「あのこと?」


「うん。わたしが昔トラックにかれかけたこと」


 覚えてないな。

 清水と幼馴染みだったのは十年以上前のことだ。そんな細かいところまで覚えていない。


「悪い、覚えてない。そんなことあったけ?」


「えっ、あっ。ううん! 悠真君が覚えてないならいいんだっ」


 問いかけてみるが、答えは返ってこなかった。


 ますますわけが分からない。

 彼女の気持ちが読めない。


 歩いていると、やがて彼女の家の前まで辿り着いた。


「じゃあここでお別れだな」


「うん」


 なんかすごい密度の濃い一日だったような気がするが、不思議と疲れは感じない。

 清水と久しぶりに話すことが楽しかったからだろうか。


 手を振って離れると、


「悠真君!」


 大きな声で清水が俺の名前を呼んだ。


「なんだ?」


 足を止めて、振りかえる。


 すると彼女は意を決したように、



「ま、また明日っ! わたしと喋ってくれますか?」



 と質問してきた。


 ……やれやれ、なにを言ってるんだか。


「当たり前だろ——また明日」


「う、うんっ! また明日!」


 清水はとびっきりの笑顔を浮かべ、背伸びをして手を大きく振っていた。


 ……高校に入学してから代わり映えのない日々を送っていた。

 しかしそれが大きく変わろうとしている。



 ——また明日、わたしと喋ってくれますか?



 清水の言葉が頭の中で何度も再生される。


 喫茶店のことといい、俺と喋っていて本当に楽しいんだろうか?

 それにいくら幼馴染みとはいえ、足を挫いていたのを助けたとはいえ、それだけで喫茶店に男と二人で来ようとするだろうか。

 そういうのに慣れている女ならともかく、棘の美少……清水だぜ? 彼女もこういうことは慣れていないと言っていた。



 ——もしかして彼女は俺に惚れている?



 いや、待て待て。


 首を振って、すぐに考えをあらたる。




 学校一の美少女が、モブキャラの俺に惚れるわけない。














 ……よな?

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