2・電車の中で待ち合わせ
『モブキャラ』というのをご存じだろうか?
クラスの中心で明るく振る舞う男、みんなを振り向かせる絶世の美女——そういった主要キャラ、いわゆる『陽キャ』とは真逆の存在。
クラスの片隅にいて、なにをしても地味な印象が拭いきれない。
みんなから特に注目されることもなく、周囲の風景と同化する。
それがモブキャラだ。
クラスでも地味な俺は、間違いなくそんなモブキャラの一人であろう。
「——であるからにしてだな」
黒板に先生がすらすらと文字を記していく。
いつもならモブキャラらしく、真面目に授業を受けるんだが……どうしても内容が頭に入ってこなかった。
何故なら。
『あやは:悠真君がわたしのこと覚えてくれていて、嬉しい。幼馴染みだもんね』
先ほど、清水からきたメッセージがどうしても頭にこびりついていたからだ。
右を見る。
清水も俺も一番後ろの席だ。
しかし清水は廊下側で、俺は窓側の席。真反対ということもあり距離が離れている。
彼女は勉強も出来る。先生からのウケもいい。
背筋をピンと伸ばして、真っ直ぐ前を見ていた。
そんな彼女がまさか授業中にメッセージを送ってくるとは……。
先生にバレないよう、教科書で隠しながらスマホを見る。
——幼馴染みだもんね。
子どもの頃、彼女はこの街に住んでいた。
その時にちょっと仲がよかったわけだが、清水は小学生に上がる前に親の転勤でこの街を去ってしまった。
そして今回、戻ってきたということだ。
俺のことを覚えてくれているとは。
モブキャラの俺に対して、まさしく清水彩羽は主要キャラの一人であろう。
基本的に主要キャラがモブキャラに絡むことなんてない。
だから今まで清水がこの街に戻ってきたことを嬉しく思いながらも、なかなか話しかけることが出来なかった。
震える手で俺はスマホを操作した。
『加賀悠真:お礼って?』
短く返す。
少しして清水は気付いたようで、机の下でスマホを操作していた。
返信は五分もかからなかっただろう。
『あやは:美味しいプリンがある喫茶店を知ってるんだ。放課後、そこ行かない?』
清水の顔を見ると、彼女の頬が若干紅潮していた。
『加賀悠真:いいぞ』
一言だけ返す。
昨日はほとんど話せなかったからな。
俺のことを幼馴染みだと覚えてくれているなら、もう少し清水と話したい。
『あやは:ありがとう。おごるから、お金は心配しないでね』
清水がスマホを見た瞬間、胸を撫で下ろすような動作をした気がする。
『加賀悠真:その喫茶店までどうやって行く?』
『あやは:電車の中で待ち合わせよう。校門前とかじゃ、一緒に帰っているのを見られたらめんどくさいから』
それは俺も同感だ。
あることないことクラスで吹聴されるのも億劫だ。
それに清水に迷惑をかけるのもあれだしな。
『加賀悠真:了解。じゃあ十六時十分、南駅の電車の中ってのは?』
南駅というのは、学校の最寄り駅だ。
『あやは:分かった。一番後ろの車両にしよ』
『加賀悠真:了解』
一番後ろの車両であれば、ホームから一番遠い。誰かに見られる可能性も低いだろう。それに仮に見られたとしても、偶然を装うことが出来る……はずだ。
『加賀悠真:あっ、それから』
そこでメッセージを終えてもよかった。
しかしこれだけはどうしても言っておきたかった。
『加賀悠真:おごるなんてことしなくてもいいから。自分の分は自分で出す』
いくらお礼と言われても、女の子におごらせるのは気が引ける。
清水の方を見ると、彼女は顔を赤くしてスマホを額に引っ付けていた。
◆ ◆
そしてとうとう放課後がやってきた。
ここまで上の空で、授業の内容が全く頭に入ってこなかったのは言うまでもない。
「彩羽ちゃーん、一緒に帰ろうよ〜」
「ごめん。今日は用があるから」
みんなが散り散りになって教室から出て行く中。
清水はグループの一人に話しかけられていたが、そんな塩対応をしてから出て行った。
俺の方を一瞥もしない。
「さすが棘の美少女」
誰にも聞こえないようにぼそりと呟く。
さて、遅刻しては後でなにを言われるかも分からない。
俺も向かうとするか。
教室を出て、真っ直ぐ南駅の方に向かった。
そのおかげもあって、十分前には南駅に着くことが出来た。
「あっ」
ホームに立っている清水を発見。
「よっ」
彼女の近付いて、話しかけてみた。
だが、清水から返答はこない。
俺の方を見ようともしてくれない。
「……待ち合わせは電車の中」
前を向いたまま、ぼそりと清水が呟く。
ああ……メッセージで言ったことを律儀に守っているのか。
ここまでくれば、どこだろうが一緒のことに思えるが。
仕方ないので、彼女を後ろから見る。
キレイな黒髪は言うまでもないが、耳たぶのところが赤くなっている。
何故だろう?
しばらくして、電車がホームに到着。
俺達は人の流れに沿って、電車の中に乗り込んだ。
「合流、成功だね」
ここでやっと清水が話しかけてくれた。
彼女は肩を小さくして、にこっと微笑んだ。
「ん……ああ」
別に大したことはしてないんだが、二人で秘密を共有しているみたいでドキドキするのだった。




