4・週に一度のお掃除
《清水彩羽 視点》
わたしが悠真君に恋をしたのは十年以上前のことだ。
どこにでもいる幼馴染み。
最初は恋なんて……意識していなかった。
それが変わったのは、子どもの頃のトラックの事件の時。
「危ないっ!」
ボールを拾おうと道路に飛び出した子どもの頃のわたし。
容赦なく迫り来るトラックに怯んで、一歩も動くことが出来なくなっていた。
そんなわたしを悠真君は、王子様のように救ってくれたのだ。
そこからわたしの初恋は、はじまった。
「悠真君……カッコよかったな」
悠真君と別れた後、わたしはベッドで横になって悶えていた。
この街に戻ってこれると分かった時、真っ先に顔に浮かんだのは悠真君の顔であった。
勇気を出してなかなか話すことが出来なかったけど、今日はいっぱいお話することが出来た。
楽しかった。
でも同時に胸のドキドキが止まらなくて……苦しかった。
やっぱりわたしはあの人のことが好き。
諦めない。
待っててね、悠真君。
きっとわたしがあなたを振り向かせてみせるからっ。
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翌日。
『あやは:悠真君、今日も二人で帰らない?』
そんなメッセージがきた。
同じ教室にいるから、直接話しかければいいのに……。
「一緒に帰る……か」
だが。
『加賀悠真:悪い。今日の放課後は委員活動があるんだ。遅くなると思うから、先に帰っていてくれ』
と返信する。
席に座っている清水の頬が、ぷくーっと膨らんでいくのが分かった。
機嫌を損ねたか?
しかし仕方ない。
委員活動をサボるなんて真似……あまりしたくないんだ。
清水に罪悪感を覚えつつ、放課後がやってきた。
みんなが下校したり、部活に行こうとしている最中。
俺は廊下の一番端っこにある空き教室へ向かった。
「おっ、もう来ていたか」
着くと、箒を持つ一人の少女がいた。
話しかけると、その少女は小さく微笑んで、
「は、はい……っ。遅刻したらダメですから」
と言った。
その少女の名を小西美穂という。
「じゃあ早速はじめるとするか。空き教室の掃除をな」
「はいっ……!」
何故だか小西は緊張した面もちで口にした。
この小西美穂は同じクラスメイトの女の子である。
ちっちゃくて、髪型がボブの可愛らしい女の子だ。
二年生に上がった時——彼女と美化委員に就任することになった。
誰もやりたがらなかったので、俺と小西が貧乏くじを引かされたとも言うがな。
そして今日は週に一度当番が回ってくる空き教室の掃除なのだ。
「うんしょっ、うんしょっ」
小西が一生懸命箒で床を掃いている。
「小西。一回目の時も思ったが……小西はなにに対しても一生懸命だな」
「えっ……そ、そんなことないですよ。ただ私は掃除が好きなだけなんです!」
恥ずかしそうに、顔の前で手をバタバタさせて小西が言った。
「掃除が好きって?」
「私、実は家に兄弟と姉妹がいっぱいいて……昔っから、掃除を任されているんです。そうしてたらだんだん好きになってきて」
「そうだったのか。小西がお姉ちゃんだったり妹だったりしたら楽しそうだよな」
「えっ……? それってどういうことですか!?」
小西が顔を朱に染める。
しまった。
思ったことを言ったまでだが、ちょっと発言が踏みこみすぎたか?
「いや……なんとなくそう思っただけだ。あまり気にしないでくれ」
小西みたいな可愛い子が家族だったら、なんとなく楽しそうだろうと。
「うぅ……気にしないなんて無理ですよぉ。悠真君にそんなことを言われるなんて」
なんだろうか。
小西が頭から蒸気を出して、今にもショートしそうになっている。
彼女とは一年生の時はほとんど喋っていなかった。
しかし美化委員にもなったということもあり、最近ではまあまあ会話を交わしている方と言えるだろう。
小西は美少女だ。
彼女のファンもクラスでは少なくない……と前、男子達が喋っているのを聞いたことがある。
「後は床を拭いてお終いかな」
「そうですね!」
小西と一緒に床を雑巾がけする。
「うんしょっ、うんしょっ」
前々から思っていたが、小西の「うんしょっ」というかけ声はなんだろうか。
四つん這いになって雑巾をかけているため、一瞬彼女のスカートの中が見えそうになっていた。
「終わったな」
「意外に早く終わっちゃいましたね」
俺達は腰に手を当て、キレイになった空き教室を眺めた。
「本当だな。とはいっても一時間もかかっちまったな」
「ゆ、悠真君と一緒にいたら時間が過ぎるのが早いです。だからいつの間にかこんな時間に……!」
時間が過ぎるのが早く感じる……ああ、まさしくその通りだな。
俺としても小西は喋りやすい。一緒にいて落ち着くのだ。
だから一時間も経ってしまったかもしれない。
「じゃあそろそろ帰ろうか」
「は、はいっ!」
掃除用具をしまって、俺と小西は教室から出て行こうとする。
「ゆ、悠真君!」
一緒に隣り合って廊下を歩いていると、小西が立ち止まって大きな声を出した。
「どうしたんだ。っていうか隣りにいるんだから、そんな声で名前を呼ばなくても分かるぞ」
「ご、ごめんなさい……っ!」
小西は体をもじもじして、
「一週間後が楽しみですね。また一緒にお掃除しましょう」
「あ、ああ。もちろんだ」
一週間後には当番が回ってくるんだからな。
それにしても……彼女もなかなか律儀な女の子だ。
そんなこと、わざわざ言わなくても分かるというのに。
「はわわ……今のわたし、もしかしてちょっと変ですか?」
小西がこれ以上ないくらいに顔を真っ赤にして、問いかけてきた。
いや——
「別に俺はそんなことを思ってないぞ。そういうところが小西のいいところだと思うしな」
なにを心配しているんだか分からないが、特段小西に対する印象は変わらない。
「よかったあ……」
小西は自分の胸に手を当てて、安心しているようだった。
◆ ◆
小西と別れ後のことだ。
『あやは:電車で待ってる』
スマホを見ると、そんな通知がきていた。
メッセージは三十分前くらいにきている。掃除に夢中で気が付かなかった。
俺はこれ以上清水を待たせてはいけないと思い、駅まで全力疾走する。
「いた」
駅のホームのベンチで清水が座っている。
彼女は俺を見かけると、一瞬笑顔になった。
しかしすぐに俺から視線を逸らす。
——そうだよな。昨日みたいに待ち合わせ場所は電車の中だよな。
俺は清水の横に座った。
言葉を交わさないが、彼女の息づかい一つ一つが分かるようであった。
やがて電車がホームに着いて、俺達は二人でそれに乗り込んだ。
「ごめん。待っていてくれてありがとう」
そこではじめて、俺は清水に小声で話しかけた。
「……でもどうして待ってたんだ?」
続けざまに清水に質問する。
「……だもん」
「ん?」
「一緒に帰りたかったんだもんっ」
そう言って、清水はぷくーっと頬を膨らませた。
俺と帰りたかったから、待っていてくれていた……?
そのことを意識すると、なんだか俺も恥ずかしくなってくる。
その後、電車に乗っている最中は、清水と目線を合わせることが出来なくなってしまったのだった。




