薄紅
「――これがそのメモリです」
西洋色の濃い街の景観から浮きに浮いた日本屋敷。
組織の拠点にて、俺は机上に回収したメモリを置いた。
学園の生徒たちが持っていたものである。
「ご苦労様。目覚ましい活躍だね」
組織のボス、リーエン。
エルフである彼は相変わらずの甚平を着て、俺を出迎えてくれた。
「メモリは僕が責任をもって与ろう。そうだ、確認していくかい? メモリの中身を」
「はい。お願いします」
「では、そのようにしよう。じゃあ、移動しようか」
客間を後にして、地下へと下り、メモリの投影機に向かう。
そこで回収したメモリの中身を確認した。
「――今回も空振りか」
拠点からの帰り道。
回収したメモリは、すべて自分の目で確認した。
日が落ちて暗くなるまで続いたその作業は、しかし実を結ぶことはなかった。
回収したメモリがすべて、俺とは無関係だったことにため息をつく。
まぁ、仮にあったとした場合、生徒たちから何らかのリアクションがあるはずなので、概ね予想通りと言ったところだけれど。
こうして悪い予想が現実になると、げんなりする。
そもそも俺の記憶の欠落や喪失感が、メモリに関係しているというところから、まず怪しいのだ。
まぁ、それを言ってしまうと、手がかりがまったくの無になってしまうから、どうしようもないのだけれど。
「いつになったら解決するんだろうな」
曇りがかった月夜を見上げて、あの日の夜を思い出す。
あの日、あの時、悲鳴に釣られなければ。
英雄を夢見ていなければ。
このような事態にはなっていなかったかも知れない。
「あー、やめだやめだ」
考えてもしようはない。
なってしまったものは、しかたがない。
腐っていても事態は改善しないんだ。
後ろは振り返らずに、足下を見ずに、前だけを見ていこう。
それが真実にたどり着く、一番の近道だと信じて。
「……ん? この臭い」
このむせ返るような、えずくような、臭い。
血の、死体の、臭い。
それがこの先から漂ってくる。
「こいつはまた……」
月明かりが、ゆっくりと道の先を照らし出す。
浮かび上がるのは、異形種と、人の死体。
斬殺死体。
彼らはすべて斬り殺されていた。
「――あなたもそうなのかしら?」
不意に声が聞こえ、警戒心が跳ね上がる。
暗がりに目を懲らすと、月光を反射して鈍く光る刃が移る。
瞬間、それは残光を引いて馳せた。
「――ッ」
即座に得物を構築し、その一撃に刃を合わせる。
直後、甲高い金属音が周囲に響き渡った。
「まったく。どうしてこうも、後を絶たないのかしら」
薄い紅色の着物に、闇に融けいるかのような黒の髪。
彼女は呟く、独り言のように。
「なんのっ、話だっ」
「惚けても無駄よ。降り掛かる火の粉は払わせてもらうわ」
互いに互いを弾き合い、距離をおく。
しかし、それも一瞬のこと。
次ぎの瞬間にはまた刃を打ち合わせていた。
幾度となく、断続的に、隙間なく、連なるように、打ち合いは続く。
「――」
この太刀筋。この剣速。この踏み込み。
今まで戦ってきたどの敵よりも、鋭く重い。
ただの単純な打ち合いのみで、この剣技とここまで競り合っている。
絡め手もなにもない。真っ向から、拮抗している。
何者なんだ、彼女は。
「――くっ」
彼女は驚くほど強い。
一瞬も気が抜けない。
だから、早期に決着を付ける。
「――これで」
刀身が焔を纏う。
斬ったモノを灰燼に帰す、必殺の魔術。
狙うは彼女の得物である刀。
刀身を斬って灰にし、無力化する。
そのために、焔刀をもって斬り込んだ。
「――その焔はっ」
しかし、この焔刀がなにかを斬ることはなかった。
虚空すらも斬っていない。
なぜなら焔刀を見せた瞬間に、彼女は斬り合いを止めて退避したからだ。
まるでこの焔刀の危険性を、把握していたかのように。
「……そう、あなただったのね」
「なに?」
「気がつかなかったわ。あまりにも剣撃が軽すぎて」
剣撃が軽い?
「かつてのあなたなら、私の首はすでに繋がっていなかった」
なにを言って。
「まぁ、負け惜しみかしらね。そんなあなたにも、私はまだ及ばないのだから」
「……俺のことを知っているのか? あんた?」
そんな口ぶりだ。
「えぇ、知っているわ。とても、よくね。けれど、あなたは私を忘れている。まぁ、無理もない話だけれど」
「――知っているなら教えてくれ。この剣技はなんだっ! この胸に空いた喪失感はなんなんだっ!」
やっと出会えた。
手がかりをこの手に掴んだ。
この機会を失うわけにはいかない。
なんとしてでも、彼女から俺のことを聞き出さなければ。
「……忘れているなら、思い出さないほうがいいわ」
「なん……だと?」
「あなたが失ったのは、そういう類いのものよ」
「それでもいい。話してくれ、俺は知りたいんだ。この身になにが起こったのか!」
請うように、願うように言葉を紡ぐ。
しかし。
「嫌よ。あなたは私の恩人だけれど、だからこそ話せない」
願いは聞き届けられず、彼女はどこからともなく花弁を巻き上げる。
花の魔術。幾千もの花弁が、彼女の姿を覆い隠した。
「――待てッ!」
心からの叫びは、虚空に空しく響き渡る。
その場に、もう彼女の姿はない。
花弁が、彼女を連れ去ってしまった。
取り逃がした。唯一の手がかりを。
すべてを知っているかも知れない、人物を。
「……諦められるかよっ」
未だかつてないほどに、思考回路が駆け巡る。
どうすればまた彼女に会えるのか。
それだけをただ考える。
そして、この手は自然と携帯端末に伸びていた。
「――もしもし。珍しいわね、あなたから掛けてくるだなんて。それもこんな真夜中に」
連絡を取ったのは、リタ。
あれだけ剣の腕が立ち、なにか事情がありそうだった。
なら、組織に何らかの情報があるかも知れない。
「聞きたいことがある」




