放課後の特訓
教室に帰ると案の定、マルスやクラスメイトに質問攻めにされた。
サンの個人的な話をするわけにもいかず、適当にはぐらかしたけれど。
その様子がまた怪しいと謎の嫌疑を掛けられた。
授業が終わり休み時間となると、嫌がらせのように質問される始末だ。
まぁ、なにをどう聞かれたところで、返した答えは同一なのだけれど。
そんな過ごしづらい時間を過ごし、それらから解放される救いの放課後が訪れる。
俺はマルスたちの追究から逃れるように教室を後にし、その足で屋上へと急いだ。
今日この日から、特訓に付き合うことになったからだ。
とはいえ、人になにかを教えられるほど、俺は器用じゃあない。
まずなにをどうすればいいだろうと考え、またしても授業を疎かにしてしまったほどだ。
そろそろ留年の二文字が、頭の中で現実味を帯びてくる。
もし留年したらサンと同じ学年になるわけで。
それだけは何としてでも避けようと思った。
格好がつかないにもほどがある。
「――行きますっ」
放課後の屋上にて。
剣を構えたサンが、勢いよく俺へと斬り掛かる。
迫りくる剣撃はまだ固く、太刀筋も甘い。
それをかるく捌き、サンの次ぎの一手を待つ。
次々に打ち込まれる剣撃を捌きながら、俺はサンを観察した。
「……なるほど」
実技の授業で褒められるくらいの自力はすでに持っている。
その言葉に偽りはないようで、戦闘スタイルにはブレがない。
立ち回りや呼吸に、確固たる自分があるように見える。
正直なことを言えば、剣技を得るまえの俺より、ずっと強い。
しかし、やはりと言うべきか、実力は出し切れていないという印象だ。
相変わらず剣撃が固く、太刀筋が甘い。
腰が引けている。
原因は、実戦経験の不足だろう。
簡単に言えば、命のやり取りに慣れていない。
まぁ、偉そうに言っている俺も、そんなに場数を踏んでいる訳ではないけれど。
「だいたいわかった」
振り下ろされる剣を、捌くのではなく受け止める。
そうすることでサンの動きを止め、打ち合いを終了させた。
「ふぁー……」
情けのない声を出して、サンは座り込む。
この短い時間で、座り込むほど疲弊してしまったらしい。
「そんなにキツかったか?」
俺も経験がないからな。
ペース配分を間違えてしまっただろうか。
「はい……あ、いえ、体力的には全然、大丈夫です。でも……」
サンの視線は、自身が握っている剣へと向かう。
「真剣同士の打ち合いって、こんなに神経がすり減るんですね」
「まぁ、そうだな。実技の授業で使うのは刃引きの得物だし、魔法も対魔装衣を着てやるから、まるで別物だ」
刃のない武器に、魔法の威力を大幅に軽減してくれる装衣。
その二つで行う実技の授業は、実戦とは程遠いものだ。
敵の得物は対象を殺す、鋭利なもの。
他者が常に魔力を供給しなければ機能しない装衣は、そもそも使い物にはならない。
ありもしないモノで戦っているから、別の似たなにかになる。
「打ち合いも今まで何度もしてきましたけど。今のはそのどれとも違っていて、とっても怖かったです。斬られるんじゃないか、斬っちゃうんじゃないかって」
身が強ばっているのは、それも一つの要因か。
それはいま取り除いておかないと。
「その心配はないよ。俺はサンを斬らないし、サンは俺を斬れないから。絶対に」
「あー、言いましたね。そう言われちゃうと、負けてられないなっ」
そう意気込んだサンは、再び立ち上がった。
どうやら負けず嫌いな性格をしているらしい。
わかりやすくて、こちらも助かる。
「行きますよっ」
それからサンと何度も打ち合った。
今日は特訓の方向性を探るためのものだったけれど。
案外、こうして真剣同士で打ち合っているのがいいのかも知れない。
元々、自力のあるの子だから、今更になって基礎を学ぶ必要もない。
足りていないのは自信と、慣れだ。
自信のほうはまだどうとも言えないけれど、慣れのほうなら何とでもなる。
回数を重ねれば強ばった身体も解れていくだろう。
「――よし、今日はここまでにしようか」
刀身を鞘へと納めて、得物をかき消した。
「はぁ……はぁ……お疲れ様でしたぁ」
精神的にも肉体的にも疲れ果てたようで、サンは崩れ落ちるように座り込んだ。
「先輩……流石ですね。汗一つかいてない」
「サンの消耗が激しいんだよ」
身が強ばっている所為で、余計な力が全身に入っている。
それが消耗の原因となって普段以上に疲れやすい。
慣れれば、今日以上に長く体力がもつようになる。
「立てるか?」
手を差し伸べる。
「はいっ」
伸ばされたサンの手を掴んで、立ち上がらせる。
すこしよろけたが、問題なく歩けそうだ。
「それじゃあ帰ろう。疲れてるだろ? 俺が家の近くまで送るから」
疲れ切ったサンを、一人で帰すのは危ない。
帰り道でゲートでも開いたら大変だ。
せめて、近くまでは送っていかないと。
「ホントですか? じゃあ、すこし寄り道しましょうよ! 実はちょっと気になるお店がって」
「疲れてる割には随分と元気そうだな?」
「えへへ」
この分だと一人で帰しても問題なさそうだけれど。
一度、言い出したことを引っ込めるのは格好がつかないか。
特訓のあとの細やかなご褒美ということで、付き合おう。
「じゃあ、案内は任せた」
「はいっ、任せてください!」
先ほどまでの疲れた様子はなんだったのか。
そう思わずにはいられないほど、サンは元気になった。
よほど気になっていた店らしい。
「ほら、はやく行きましょう!」
「あぁ、わかったから。引っ張るなって」
屋上を後にして階段を一息に下り、一階の廊下へと出る。
そのまま玄関口へと向かおうとして。
「――ん?」
ふと、いま下ってきた階段を見上げた。
そこにはなにもなく、誰もいない。
けれど、いま微かにだが人の気配がしたような気がする。
「せんぱーい。どうかしたんですかー?」
サンの呼ぶ声がして、視線をそちらへと移す。
サンはすでに廊下を随分と歩いていた。
楽しみにし過ぎだろ。
「なんでもない。今いく」
とりあえず、人の気配は気のせいだろう。
そのことについて深く考えることはせず、止まっていた足を動かした。
この日を境に、俺とサンの特訓は定期的に行われるようになる。
回を増すごとに、サンは慣れていき、特訓の時間も延びていった。
そして、その後の寄り道の時間も比例して伸びていくのだった。




