屋上にて
結論として、押収したメモリの中に俺の記憶は存在しなかった。
人造人間を利用した投影機で一つ一つを確認したので間違いない。
すでに流通してしまったか。あるいは、ほかの場所に保管されているのか。
そもそもそんなメモリは存在しないのか。
いずれにせよ、俺に出来るのは組織の一員として動くことのみ。
しばらくは流通したメモリを追うことになるだろう。
なんとも気の遠くなるような話だった。
「――これで授業を終わります」
などと、つらつらと考え事をしていると、いつの間にか授業が終わっていた。
我に返ってノートに目を落とすと、真っ新なページが出迎える。
どうやらペンを握ったまま、なにも書いていなかったらしい。
「よう、また悩み事か? ずっと上の空だったぞ」
「あぁ、ちょっとな。けど、大丈夫、大丈夫」
いかん、いかん。
最近、色んなことがありすぎて学業が疎かになっている。
授業も真面目に受けないと、最悪の場合は留年してしまう。
きちんと卒業して魔術師としての箔をつけないと。
「……卒業か」
それまでにこの胸の喪失感は埋まるだろうか。
埋まっていなかったら、俺はどうするんだろう。
諦めて日本に帰るか、それともここに残るか。
「――おーい、足立くん」
将来についてすこし思いを馳せていると、ふと名前を呼ばれる。
そちらを見やると、たまに話すくらいの仲の女子生徒が教室の入り口に立っていた。
「どうかした?」
「うん。一年生の子が、足立くんのこと呼んでるよ」
「一年が?」
一つ下の学年の生徒が、俺に?
「剋人に一年の知り合いなんていたっけ?」
「いや、覚えがないけど」
俺は帰宅部で部活はしていない。
生徒会のように全生徒に関わりを持つような役職にもついていない。
俺の交友関係は、今のところ自分の学年だけで完結している。
クラスを超えることはあっても、学年を超えることはまずない。
はずなのだけれど。
「まぁ、呼んでるなら行くしかないか」
相手に見当が付かなくとも、ご氏名とあらば無視する訳にもいかない。
誰からの呼び出しだろうと、頭の中で架空の人物像をあれこれと浮かべてみる。
けれど、当然ながら答えなど出ず、俺はゆっくりと席を立った。
「ありがと」
教室を出るついでにこの事を伝えてくれた女子に軽く礼を言う。
それから廊下へと出た。
授業が終わったばかりとあって、廊下にはまだ人がすくない。
「えーっと」
すぐに見つかるだろうと、周囲を見渡してみる。
すると、こちらが見つけるよりも先に、見つけられた。
「――先輩」
今まで経験したことのない名称で呼ばれ、そちらに目が向かう。
そうして視界に捕らえた人物には、見覚えがあった。
「この前の――」
頭に生えた獣耳に、腰から生えた長い尾。
「はい。サン・シルフィードです」
彼女は以前に図書室で魔物に襲われていた、獣人の女子生徒だった。
「俺を呼んだのって」
「はい、私です。どうしても、あの時のお礼がきちんと言いたくて」
律儀なことだ。
礼なら、あの場で済んでいただろうに。
「あの、それで、すこしいいですか? 場所を変えても」
お礼を言うだけなのに場所を変える?
疑問に思ったが、すぐにその訳に気がついた。
すぐに後ろを振り返ってみる。
「――あ、やべっ」
すると、慌てて身を隠すマルスと、クラスメイトの姿が見えた。
野次馬根性丸出しだ。
こんな視線に晒されていたら、言えるものも言えなくなる。
「わかった。じゃあ、場所を移そうか」
「はい。ありがとうございます」
野次馬のいないところへと移動を開始する。
「ついてくるなよ?」
最後にそう釘をさして、俺たちはその場を後にした。
「屋上か」
人目がないところとなると、候補は自然と絞られる。
裏庭か、屋上か、校舎裏か。
その候補の中で、獣人の女子生徒――サンは屋上を選んだ。
「改めまして、あの時はありがとうございました」
屋上につくと、サンは深々と頭を下げた。
なにもそこまでとも思ったが、折角の気持ちだ。
素直に受け取ることにしよう。
「先輩が来てくれなかったと思うと、今でも身体が震えちゃいます」
傷を負い、追い詰められ、死を覚悟した。
その際に刻まれた恐怖は、きっと尋常ではないものだろう。
俺が斬り裂き魔に出逢い、襲われたときもそうだった。
あの恐怖は、死の実感は、べっとりと心に貼り付いている。
それでも俺が刀を振るえているのは、この身に起こった謎を解き明かしたいから。
それがなければ、すぐには刀を手に取れなかったと思う。
「あの、それでですね。先輩」
「うん?」
うつむき加減で、手を後ろへと回し、サンは何かを言おうとした。
けれど、その先の言葉が出てこないようで、遠回りな言葉が出てくる。
「あの……その……実は、それだけじゃないんです。先輩を、ここに連れてきたのは」
「まだ他になにか用件があるってこと?」
「はい。そうなんですけど……」
どうにも歯切れが悪い。
なんだろう? ほかの用件とは。
「あの! 思い切って言っちゃいます」
「おう、なんだ?」
「先輩! 私と――」
私と?
「特訓してくれませんか!」
「特訓?」
これはまたどう言う風の吹き回しだ?
「先輩、とっても強いじゃないですか」
「まぁ、一応は」
俺自身の力ではないにしろ、今の俺が戦えばそれなりに強い。
「私、あのとき思い通りに動けなかったんです。授業ではみんなに褒められるくらいだったのに。身体が強ばって、息も苦しくて、手足が震えて、お腹の奥が冷たくなって。だから、そんな自分を変えたいんです!」
授業と実戦の違いを肌で感じ、サンは自分に足りないものを補おうとしている。
「いきなり先輩みたいに強くなろうだなんて思いません。でも、それでも、大事なときに動ける自分になりたい。私は――自分に自信がほしいんです!」
自信がほしい。
それは奇しくも、リタに言われたアドバイスと同じだった。
俺も自分自身に自信を持たなくてはならない。
明らかに不釣り合いな剣技に呑まれないように、精神を鍛えなければならない。
それを思えば思うほど、目の前にいる少女が自分と重なった。
どうも、俺は何にでも自分を重ねる癖があるらしい。
「……特に変わったことなんて出来ないけど、それでもいいか?」
「――という、ことは」
「あぁ、俺で良ければ付き合うよ。特訓に」
そう告げてすぐ、サンの瞳が輝いた。
「ありがとうございますっ、先輩!」
こうしてひょんなことから、俺は後輩と特訓することになった。
自信をつけたいという目的は一致している。
なら、上手くやれるだろう。
組織の仕事がない日は、サンとの特訓に時間を費やすとしよう。
それが自分のためにもなることだから。




