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戦乙女は英雄を夢みた  作者: 毎日三拝
偽英雄譚の章
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23/24

「愚かなる勇者達よ 後編」

 暗闇。森の奥にある洞窟の先は黒以外存在しない完全なる暗所だった。

 小さな生物の鼓動すらも感じさせない程に其処には何も無い印象を受ける。それが怪物の住処という事実の不気味さを余計に煽っていた。

 外界とは隔絶した空間。

 神の威光募る教会や聖域などもそういった雰囲気があるが、これは別物だ。歓迎でも拒絶でもない何か。本当に恐ろしい何かは人類にとっての未知そのものだ、という言葉があるが正にそれを体現していた……。

 そしてその最奥に眠る存在がある。

 人類が知らぬ未知そのものを体現した存在。

 まだ静かに眠りて来訪者を待つ。


 ■


 藤宗次郎を含めた騎士団一行は順調にその脚を進めていた。

 途中で亡国の盗賊や蛮族に襲撃されながらも洗練された武力で薙ぎ払っていく。特に何時になく覇気に溢れたベアトリスが我先にと先頭に立ち、撃退を続けていた。

 お供筆頭であるアルベルトとドミニクはその様子を平常運転だと苦笑するも化け物退治に向けて力が入っているのだろうと推察する。

 だが実際は普段よりも力を発奮しているのは彼女だけではなかった。

 化け物退治に向かう騎士団全員が何かしら心に堅く決意をし、その決意が全身に隈なく力を漲らせている。

 彼等は旅に出てから不安だった。その不安が少しずつであるが積もり積もっていく。敵地に近付けばより大きくなっている。

 改めて彼等の立場を省みれば当たり前の話だった。

 国家が誇る将軍を幾重にも送り出し、その屍すら回収出来ない死地。其処へ向かう自分達。

 いくら精鋭の騎士団なれど、いくら異国の英雄を共としていても積み重なっていった不安の種はなくなるようなものじゃない。

 希望は無い。

 絶望だけが目の前にある。

 そんな不安定極まる彼等が力を発揮出来るのはその不安こそが要因となっていた。

 元々、ソマリア王宮騎士団がソマリア王宮騎士団たる所以は国家の民を守る事にある。民が税を捧げ、文官が差配し、王が命令し、騎士が守護する。

 王国は王が居なければ成り立たないが、最初に民が居なければそもそも王国が建国するのも在り得ない。

 そう、最初に民があってこそ騎士は騎士足り得る。

 他国はなど関係無いがソマリア王国とはそういう国家であった。

 古くからある理念に縛られない自由で最も理想的な国家がソマリア王国とも言える。

 故に騎士達は守らなければならない。

 個人の我欲を捨て、例え無念の死を賜ろうと民を守る為に行動しなければならない。

 その思想が彼等に力を与えていた。

 意志の力とは馬鹿に出来ない。時に圧倒的な実力差を誇る強者から弱者が勝利を拾うのもこの意志の力があってこそのものである。

 火事場の馬鹿力という言葉があるが、人は追い込まれるとその現状を覆そうとする意志の力が発揮されるからだ。

 つまり何を言いたいのかといえば、ソマリア王宮騎士団、彼等は追い込まれれば追い込まれるほどに力を発揮する特異な者達の集まりだという事だ。

 一方でその対極の存在が彼等に混じっている。

 藤宗次郎。彼、いや彼女は意志の力を是としている弱者とは対極の存在である強者だ。

 輪廻転生による働きかもしれないが始めから強者が強者たる所以である力を持ち、意志の力など最初から持たない者だった。

 世間でいう天才とやらが挫折に弱いというのはこういった気質の者達が多いからかもしれない。その天才に含まれる藤宗次郎も例外ではなく、意志の力に関するものに弱い。

 現在、宗次郎は動揺していた。

 この世界に生れ落ちて初めての体験だった。

 幼き時から憧れ続けていた英雄への道程、それが開き始め、もう少しで到れる道筋まで見えてきた、そんな輝かしい時に宗次郎の無色透明な心が微かに色を付けていた。

 薄い紅色。恋や愛の類である。

 原因は言うまでもなくベアトリスのミンネであった。


(愛する心とは何だろうか)


 そんな些細な疑問が浮かぶ。ぽつぽつと頭の中に浮かんでは消えていく。

 騎士達の不安が大きくなり覚悟が比例するように大きくなるのに対して宗次郎の悩みは反比例するように自身の原動力を小さくしていく。

 強者たる強みを宗次郎から段々と力を奪っていった。

 それでも藤宗次郎は強過ぎた。本来ならば生まれるだろう迷いからの隙が全く感じられない。確実にそれは時間と共に大きくなり、宗次郎の実力を奪っているのにも関らずだ。

 下劣な盗賊の頭も勇猛果敢な蛮族の力自慢も宗次郎のたった一太刀で切り伏せられた。

 故に誰も気付けない。

 同行する騎士達は自分の事で精一杯の状態であり、知者たるドミニクも騎士の纏め役たるベアトリスも例外ではなかった。

 唯一、微かにその変動に気付いた者は何も言わず目を伏せる。

 まるでこうなる事が当然だとばかりに彼の者はその異常を無視した。

 愚かなる勇者達の宴が始まる。決して祝勝などではない。恐怖と狂乱に満ちた混沌の宴である。


 ■


 目的地は不気味な雰囲気に包まれていた。

 王国北部の薄暗い森林を馬から降りて抜け、警戒を続けながら中心地へと進む。その最中に感じる悪寒は次第に、間違いなく感度を上昇させていく。

 そして悪寒は警戒に変わり、身体から警戒音を最大に鳴り響かせる奥地にその入り口はあった。

 十二の試練が一つ"冥界迷宮"。

 見ているだけならば何の変哲もない洞窟なのだが、本能がその事実を拒絶する。

 結界という概念が東方には存在している。

 領域を分かつ境界線を張り区分を作るのが結界というものだが、彼らは超自然的に出来た正体不明の結界を越えてしまっていた。

 先程とはなにもかも違う別領域。

 生物の源である生気というものが全く感じられない。あらゆるものが最初から存在していないように静まり返っている。

 いつの間にか騎士達の脚は止まっていた。

 洞窟の先だけを見据え、時が止まったかのに動かない。その間に冷や汗だけが滝のように流れる。

 変化はある。連れ従っていた長年の友たる騎馬は徐々に震えを発して、後方に下がろうと手綱を引っ張った。よく訓練された馬達が初めて起こした反乱だった。

 動揺が走る。混乱が生じる。

 恐怖が伝染していく。つい先程まで覚悟を決め、勇敢そのものだった騎士達がこれまでの騎士団達の様に逃げ帰る失態を犯そうとしていた。

 体が後退りをし始め、一歩下がろうとして――


「静まれぇい!」


 一喝が入る。

 騎士達の心の亀裂を繋ぎ止めたのはその纏め役たる任務を帯びたベアトリスだった。

 誰もが絶望の中に希望を見出したかのように視線を向ける。希望は此処にあったのか、普段と変わらずに立つ戦場の戦乙女を期待していた。

 その羨望は遮られる。


「……此処からは人数を絞って向かう。呼ばれた者は付いて来い!」


 ベアトリスは普段と変わらず指示を出す。実力がある者達の名前が順当に呼ばれていく。一人ずつ前に出て行く。

 五人の騎士がベアトリスの後に続き、三人の騎士が残る。

 呼ばれた者、呼ばれない者、立場は違えど全員が気付いた。気付かざるを得なかった。


『あの戦乙女が、騎士団長が弱気だ・・・・・・』


 騎士達は大小違えど不安を抱えている。

 今それが莫大に膨れ上がり、不安は確実に恐れへと変わった。

 彼らは試されている。

 神が創りし十二の試練。

 その意味を本当の意味で知るのは試練を乗り越えた先にある――。


「行くぞ」


 松明に火が灯される。

 暗闇の先。ドミニクが大盾を構えつつ先導する。

 踏み出された一歩はしっかりと入り口を踏み締めた。たった一歩の前進なれど莫大な勇気と気力を消費する。

 冷や汗が頬から流れ、地面を潤した。

 瞳は松明が照らす先を映す。堅い岩肌が見えるだけ。果てはまだ見えない。

 ならば進むしかない。

 片足を前へ、また前へと歩みを進める。

 警戒しながら少しずつ、少しずつ、百戦練磨である鋼の騎士ドミニクですら気力を振り絞る。目に見えるものではないが減っていく。確実に。ただ歩くだけなのに。

 後方、最後尾を務めるベアトリスは洞穴の外に残る騎士に警戒の任務を伝え、前方の騎士に続く。

 宗次郎はその中間地点に並び、その後ろを鉄の騎士アルベルトが陣取っている。

 守備を主とする前衛が万が一抜かれても即対応出来る不足の事態に備えた布陣だった。

 緊張は続く。

 そんな最中に宗次郎の肩が軽く叩かれる。


「……おい、聞け」


 振り返らず囁く声に集中する。声の主は背後に居る男、鉄の騎士アルベルトだ。


「俺は知っている」


 こんな時に何をとは問わなかった。宗次郎は敢えて沈黙を選ぶ。

 彼は、彼女には後ろめたい隠し事があった。誰にも知られてはならない重大な秘密がある。内心では感情が揺れているが続く言葉を静かに待つ。

 そして――


「お前の秘密を知っている」


 思わず宗次郎は上半身だけ振り返る。

 その時に初めてアルベルトの顔を見た。彼は押し隠した怒りを抱えていた。殺気を隠しえない程の大きな感情の渦が其処にある。

 視線がぶつかり合う。

 片方は殺気で片方は疑問だった。

 宗次郎がその感情の理由を聞く前に答えをアルベルトは口にする。


「お前は謀った。我等が姫を謀り、此処に居る」


 莫大な怒りの感情が殺気となり宗次郎だけにぶつかる。

 理由は分かった。それに対して怒るのも分かる。この怒りは今湧きあがったものではない事も察した。

 だが、一つだけ分からない。

 何故に今それを言うのか。


「ならば務めを果たせ。英雄としての務めを」


 その言葉で宗次郎はアルベルトが口にする意図を理解する。

 これは釘刺しだ。ミンネの誓いにより腑抜けた宗次郎を叩き直す脅しだった。

 もし英雄の様に活躍をみせず終わるのならば、騎士団の力で怪物を退治したのならば秘密をばらして国外追放にするという事だった。

 アルベルトは視線に力を込める。睨みを利かせた。

 対して宗次郎は微かに頷く。

 二人はそれぞれ何もなかったかのように互いの務めに戻った。

 その瞬間、変化が訪れた。

 雰囲気が違う。 騎士団全員が警戒を強める。前衛は前方を注意し、後衛は後方を注意する。何かがある、それだけしかまだ分からない。

 そして気付く。

 揺れている。ほんの微弱な振動が地面から脚へと伝わってくる。

 宗次郎は地震を疑うも知識として知っていた。このソマリアでは地震という概念すらも無い事を。

 ではこの震源はなんなのか。

 一部の人間達は察しがついていた。

 ただその事実を理解するのを飲み込めないでいる。

 理由は揺れの間隔にあった。一度揺れると遅れて揺れが戻るを繰り返し、時折その間隔が乱れる。まるで呼吸の間隔だった。

 そう、呼吸。

 この先に生命が存在している事の証明。

 恐らく十二の試練に課せられた化け物のものだ。

 問題はその呼吸が齎す揺れが大き過ぎる事である。間違いなく巨大な何かが存在している……。

 気付いた人間達がその巨大さを想像し、次第に気付いた人間達も想像して恐怖を積み重ねていく。怪物が怪物たる所以を今更思い知る騎士団。

 脚が益々進み辛くなった頃、先頭のドミニクの脚が止まる。

 同時に騎士団員達の歩みも止まった。

 彼らは見た。

 松明の火の先に照らされた存在。


――あぁ愚かな勇者達よ、彼らに神の加護があらんことを。


※洞窟内に潜る人数とベアトリスの台詞を修正

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