「愚かなる勇者達よ 前編」
ソマリア王国中央都市。通称王都。
四分割されている東西南北の街達は何時もとは違う賑わいを見せていた。
北側の貴族街では国家の主要貴族達が駆けずり回っていると思えば、反対側となる南側の繁華街では商人達が各々の得意分野を活かした商売を展開ている。逆に王都の夜を支配する西側の歓楽街は昼間なので軒並み閑散としていた。
そして東側の町民街は人間で溢れている。
見渡す限り人、人、人。大抵は仕事場に引き篭もっている鍛冶師や薬剤師も表に出て賑わい騒いでいる。
バレンティン国王が即位した事によって恒例行事となった三年に一度王都で開催される武闘大会ですらここまで人を集まる事はない。奇妙な光景となっている。
しかし、現在の王都ではそうなっても何ら不思議ではない出来事があった。
武力を象徴するバレンティン国王が手ずから認めた東方の英雄候補、藤宗次郎と"冥界迷宮"攻略軍の進攻間近に迫っていたからである。
この王都全体の賑わいは単に彼等への期待の表れであった。
勝利を願い、勇者達を戦場へと送り出すと言う王国独特の大事な戦前の習わしでもあるのかもしれない。
人々の歌い騒ぎ声が町民街を支配していたが唐突に鐘が鳴る。
その音は中央に構えている王城から響いてきているらしい。町民街に集まっていた人達は揃って其方の方へ顔を向けていた。
彼等の表情から喜悦が抜け去り、代わりに興奮の色が強まっていく。
次第に昂ぶっていく感情が彼等の身体を駆け巡り一つの言葉となって口から吐き出される。
『英雄達に勝利の祝福を!』
何度も何度も彼等に復唱される祝辞。
やがて繰り返す内にその言葉達が重なり調和されて彼等が階級の所為で入れない北側の貴族街へと届いた。
■
十二の試練が一つである"冥界迷宮"は王国北部に位置する場所にある。
白銀の鎧を纏った騎士達は王城から北側の貴族街へ向かい、其処の街道を通り北門から出立する予定となっていた。
それ故に貴族街に住まうソマリア王国主要貴族達は街道を華やかにして貴族らしく見栄を張り派兵させるべく苦心している最中である。
裕福な貴族達は我先にと所有する音楽団に演奏をさせ、貧乏貴族達は積極的に寄り添い資金を捻出して街道を飾り付けていた。
この時代の貴族達は傭兵団や騎士団を戦場へ送り出す時に必要以上の出金をしなければならなかった。戦後も直接戦った戦士達の家族に報いる為に補償金を用意する。この貴族達の出費は彼等が掲げる責務にして義務に他ならない。
『位高ければ徳高きを要す(ノブレス・オブリージュ)』
そんな自己奉仕的な言葉をソマリア王国貴族達は心の底から信じている。
社会的地位、権力、財産。そうした恵まれたものを得た者達は模範的な人間である事を義務とし、恵まれなかった者達、つまりは王国庶民達を持ち得たもので救い守らなければいけないとした。
勿論、残念な事にその信念を歪めて本来なら守るべき領民を苦しめる悪徳貴族達も存在している。
他国の貴族がそれだ。元隣国であったカラシナ王国もまたそうした悪徳貴族達がのさばる王国であった。
与えるべき者達から奪い去り至福を肥やす貴族達の存在。
ソマリア王国貴族達はその存在を否定し、他国の国民であるが救うべく立ち上がった。
最終的に戦争を宣告した当時のバレンティン国王も故郷の荒廃した様に憂いているに違いが無かったのだ。
結果的に悪魔獅子の介入により戦争はカラシナ王族達の全面的降伏で幕を閉じたのだが、彼等貴族達の現状を憂う気持ちは変わらない。
彼等にとってみれば悪徳貴族達も試練の化け物達も庶民を害する敵だという認識に違いなかった。
子飼いの傭兵団を"冥界迷宮"へ我先にと派兵しては化け物の恐怖から逃亡され、盗賊団から領民を守護する最低戦力しか残せなくなってしまったのも単に貴族の信念からくる責任感である。
ソマリア王国に忠義心を募る騎士団制が復活したのは当然の話かもしれない。貴族達の剣や矛に代わる武力が金やら命に執着して逃げている様では守りたい者も守れないのだ。
以上の理由から"冥界迷宮"攻略軍をソマリア王国貴族達が我先にと積極的に支援しているのである。
――鐘が鳴り響く。
王城の塔に備え付けられている巨大な鐘。騎士達の出兵を告げる合図である。
貴族街を奔走していた貴族達はその脚を止めて王城に繋がっている内部の北門が開かれるのを待つ。
余韻が鳴り止まない鐘の音が響く最中に鈍い音が新たに彼等の耳朶を叩く。開門である。
同時に東側で隣街の町民街から雑音が聞えてくる。その音は何度も繰り返され段々と調子を合わせていく。先程よりも大きく響き渡り届いてきた。
『英雄達に勝利の祝福を!』
貴族達は守るべき者達である庶民の声を聞き、熱い思いを込み上げらせる。
しかし、その思いは込み上げらせたのは貴族達だけではなかった。軍馬に騎乗し行進していく騎士達も同じである。
今回選抜された騎士達はソマリア王国代表と言っても過言ではない。
東方から訪れて来た英雄候補である藤宗次郎を筆頭として、少数精鋭で"冥界迷宮"と踏破し化け物を討伐出来るであろう最後の希望であった。
選ばれし十二人の勇者達。それが彼等騎士達である。
それ故に彼等の肩に圧し掛かっている責任の重圧は並大抵のものではない。
失敗は絶対に許されないし、最悪想定される事態を未然に防ぐ為なら命を投げ出して戦わなければならないのだ。
ある意味で王国民達から死んでこいと言われているみたいなものである。
未だ姿すら見えない恐怖の権化である怪物を相手にするのは無謀でしかなかった。
しかし、彼等騎士達は平気な顔をして言葉を飲み込んでいく。代わりに熱い思いを滾らせて戦う為の燃料とした。
彼等にとってそんな言葉は日常茶飯事である。今更な事であった。
合唱されている勇猛さを讃える軍歌と奏でられる行進曲、祝辞の言葉が混ざり合う街道。其処を進軍している先頭の女性騎士にして王宮近衛騎士団長であるベアトリス・クリフが巨大な旗を掲げて脇に立ち並ぶ貴族達に敬礼する。
派兵される騎士達の為に為された支援を感謝する意と必ずその期待に応えるという二重の意味が内包された無言の敬礼。
その細かな動作だけの敬礼に貴族達は胸を張って応える。此方も無言の返礼。
両者にあるのは笑顔だけであった。
■
進軍していく騎士達の行軍を王城からとある手段で眺めている人物が居る。
太陽の光を反射させ綺麗に輝く銀髪を撫でながら紅玉の様な眼差しを水晶玉に映る自らの主人と誓った人物へと向けていた。
東方から訪れて来た英雄願望を持つ人物、藤宗次郎。
彼の者を主人と崇めているのは現在の所一人しか存在しては居ない。
現在彼女は王城の敷地内にある離れの宮殿内部に居た。
宮殿内部に造られた数多ある王族らしく豪華に飾られた一室。その中央に設置されている机に水晶玉を置き、それと向かい合う様に座っていた。
この場所はバレンティン国王の側室にして元カラシナ王国第三王女であったエルフィナ・ロザリザ・カラシナの為に用意された特別な場所である。
精霊と人間の混血児から誕生した王族の血筋を色濃く受け継いでしまった彼女を外部の様々な思惑から守る為に造られており、ソマリア王族でしかその内部に入る事を許されていない筈だった。
何故そんな場所に彼女が居るのかは知れない。
フェイトは騎乗して行進している宗次郎の姿を眺めながら哀しげな表情を作る。
「――結局わたくしの忠告は無視されましたか。……ああ、実に悲劇的です。いえ、一部の方々からしたら喜劇的なのかもしれませんが」
水晶玉に人差し指を軽く触れさせると映像が途切れる。透明な水晶玉に変わってしまう。
その何の変哲もない水晶玉を再度人差し指で軽く突くと今度は違う映像が浮かび上がった。
映像として浮かび上がったのはこの場所と同じ豪華な造りをしたとある一室。フェイトと同じ綺麗な銀髪女性の後姿である。その銀髪女性は窓際に侍り、外の風景を只管眺めているばかりであった。
その光景を見詰めがらまた水晶玉に接する。
すると映像の中で佇んでいる後姿の女性が拡大されていく。
もうすぐ女性単体の映像となりそうになる所で唐突に銀髪女性は振り返り、血の色とよく似ている赤い瞳を向けた。
その瞬間。水晶玉が罅割れて破裂する。
フェイトは咄嗟に腕で飛んでくる破片から顔面を庇うと口を高速で動かす。聞き慣れない呪文の様な言葉が静かに口許から吐き出されると不思議な現象が起きた。
復元不可能なまでに罅割れていた水晶球が元の透明な水晶玉に戻っているではないか。飛び散った筈の破片も綺麗に見当たらない。
彼女は顔から腕を退けて下ろすとぼそりと呟く。
「御母様……」
寂しげな口調。
宗次郎に接する時の飄々としていた態度が嘘の様なしおらしさである。
正直、現在の彼女には余裕など欠片もない。その様子だけなら何処にでも居る少女だ。
フェイトは赤い眼を涙で歪ませる。
涙は目尻に溜まり、頬を伝って零れ落ちていく。
堪えきれない悲しみの奔流に身を任せ、彼女は手をわなわなと震わせながら泣き顔を覆う。
広過ぎる部屋に彼女のすすり泣く声が孤独に響いている。なるべく声を押し殺した声。それが益々彼女の哀れさを物語っている。
「あぁ、ああ。神様御願い……致します。どうか……御母様をお……救い下さい」
彼女はただ救いを求めている。
御伽噺にでも登場する騎士が颯爽と自分を助けてくれる様な都合の良い救済を求めている。
フェイトがこれまで送ってきた人生は過酷そのものだった。絶望だけが何時までも彼女に付き従っているのが現状である。
これを打破する為に彼女は"魔術"を独力で密かに学ぶしかなかったのだ。
その過程で彼女は自身が持ち得ていたあらゆるものを犠牲にしている。
道徳心を捨てて同じ人間を殺めたり、人間性を自ら奪って肉体を改造したりした。果ては心すら塗り替える技術を会得する破目になった。
それでもフェイトが唯一見失わなかったものがある。
母親との記憶。
少しの間だけであるが彼女には幸福であった日々の記憶が残されている。
人間的感情を抜きにして"魔術"を躊躇なく行使出来ると判断した切捨てしなくとて助かった記憶が残されていた。
殆どの幸せな記憶を脳内から除去したので断片的で大体の感覚しか残されていない。
内容は母親が優しく抱き締めてくれているだけである。その時の微かに覚えているだけだ。
しかし、彼女はそれだけで目の前の辛い現実と戦えている。
人格が変貌してしまった母親を以前の優しい母親に戻す為だけに。
泣きながら幸福だった記憶を思い出すフェイト。
彼女は突然唇を噛み切った。赤い血液が白磁の肌を伝う。
痛みは人間を強制的に落ち着けさせる効果がある。
自分を取り戻した彼女は成し遂げるべき事をすべく、指で溢れてくる涙を拭い取って立ち上がり、赤い修道服の皺を払う様に正してから左手部分の裾に右手を差し込む。
裾の中から出てきたのは一枚の羊皮紙。縦長で何やら幾何学模様らしき記号が赤色で書かれてある。
それを先程まで座っていた椅子に貼り付けてから人差し指で突くと行き成り白い大きな煙が上がった。その煙は次第に人型へと纏まっていき、形を成す。
フェイトが二人になっていた。
椅子に座っている豪奢な礼装姿の彼女とその隣に侍ている彼女。
これは"魔術"の一つで"分け身の法"と言う。自身と全く同じ人物を創り出す効果がある特別な術である。
その姿を軽く眺めるようにして椅子に座る彼女をフェイトが確認すると頷き、そのまま部屋の外へと飛び出して行く。
彼女には自身の不在を隠蔽しなければならない事情があるのだ。
それは彼女がこの離れの宮殿内部に居た理由でもあった。
"魔術師"フェイト。
その本名はフローレンス・マリア・カラシナと言う。
今は無きカラシナ王国の存在しない王女にして不義で誕生した子供。
鋼の騎士ドミニク・シンカが恐れている王妃エルフィナ・ロザリザ・カラシナとその実兄であるフレディ・レイス・カラシナの子供である。
※「ノブレス・オブリージュについて」
この言葉は王族に対する皮肉から生まれた言葉であり、貴族達の建前でしかなかった言葉です。貴族には恵まれたものとしての責任があり、その上に立つ王族はもっと責任があるのでは? という。
そう考えてもらえればソマリア王国貴族達の領民を大切にする思考は珍し過ぎるもの。ぶっちゃけ歴史上でもこんな夢物語に登場するような綺麗過ぎる貴族はそうは居ないと思います。普通の領主は物語に登場する悪徳貴族みたいな事を平気でやりますしね。むしろ当然だと考えているだろう所もあったらしい。
カラシナ王国貴族「私達って本当にクズねッ!」
ソマリア王国貴族「庶民萌えー!」




