「その力が試される時」
四分割された王都の中心に最後の防壁が構えられ、その内部に王族が住まう居城が位置している。
外観は御伽噺に登場するかの様な白い石造りの壮麗な白亜の城でありながら、ハルトバルズ公爵家が所領する軍事的要素を兼ね備えているレンドゴルド城に似た鉄壁の造りだ。
見事な外装と反対に内部構造は外敵が攻め難く進入し辛い戦術的観点から考えに考え建設されている。百年の長き歳月の間、完璧なまでに王族を守護してきた国自慢の白城であった。
ベアトリスと宗次郎の二人は門番に念入りな身体調査をされた後に武器を預けてから漸く最後の防壁を越え、白城への入り口となる玄関までの一本道を進む。
城の玄関口に入り、謁見する王座までの道の左右を確認すれば西洋鎧を着込んだ騎士達が並び、武器の代わりに楽器を持って祝福の調べを奏でており、日ノ本生まれの宗次郎には何故騎士達が演奏をしているのか理解出来ないものだが、これには"魔術"的要素を含んだ意味があった。
その"魔術"を行使するのは彼等ではなく、手にしている楽器に"魔術"が施されている。
演奏者が楽器を奏でる事により発動する仕掛けで"王へ尽くす者に祝福を与え、仇名す者には天罰が降らん"と言う意味を持ち、敵味方を選別し、王を害そうとする邪なる思考を瞬時に読み取り攻撃魔術を加えそうでない者達には純粋な演奏を聞き楽しめる。
実際、王へ害意を持たない宗次郎は慣れない大音量で奏でられる異国の音楽に困惑しながらも王座まで続く長い道を黙って進んでいく。
王座の間に直接続いている階段の赤く煌びやかな金の装飾が施された絨毯を踏み締め、一歩一歩上って行くと正面にこれまた派手な装飾が施されている玉座に座る一人の老人と左右に立つ文官らしき人物。その周囲を守り付き従う白銀の鎧を纏った騎士達が集っているのが見えた。逆にそれら珍妙な者でも見るかのような好奇の感情を含んだ視線を肌で感じる。
「王宮騎士団ベアトリス・クリフ騎士団長及び東方からの御客人ソウジロウ・フジ殿。玉座の前で跪き、王の返答を待たれよ」
騎士の一人が歩み寄り、一礼すると玉座での作法を二人に教える。
一礼を返すと王の座する場所から些か離れた位置にベアトリスが跪き、その三歩程後ろで宗次郎も彼女に習い屈んで頭を垂れる。宗次郎は地面に敷き詰められた赤い絨毯を眺める形となった。
場に不思議な静寂が保たれると少々の時間を空けてから玉座の間に老人のしわがれた低い声が響く。
「許す」
王が具体的に何を許容したのか異国人の宗次郎には理解の外であるが、その一言は正しく王の言葉だった。一国を治める王族としての威厳を感じさせるに能弁な言葉である。
宗次郎は床に敷き詰められた赤い絨毯を眺め、頭を下げたまま直接的に相対した訳ではない男に畏敬の念を抱けずにいられなかった。
そっと瞳を閉じて宗次郎はクリフ家の食客である身分を全うしようと黙したまま王の反応を持つ。
二人の反応を見定めた後、右側に立つ文官が王に耳打ちをすると王は頷き口を開いた。
「許す」
二度目の言葉。
今度はベアトリスが反応し、彼女は頭を上げる。
「王宮騎士団騎士団長ベアトリス・クリフ。王命を果たし帰還しました」
「成果は如何に?」
辛く長い旅路に帰った配下に労いの言葉も一切無く、また感情も発さない淡白な主君の返答に対してベアトリスは気にもせず報告を続ける。その主従関係に宗次郎は些か不満に思わざるを得なかった。
「東方の地、ヒノモトに居りました英雄を一人でございます、殿下」
「……そなたの背後に伏せる者か?」
「ソウジロウ・フジ殿でございます」
彼女の肯定の言葉にて玉座の広間に集合している人間達の視線が一斉に宗次郎へと突き刺さった。
それは先程までの好奇心から来る視線ではなく、英雄と訊き宗次郎の器を試すような敵愾心を持ったものに変わる。中には明らかに殺意の篭った挑発的なものまで肌に感じた。
もしかしたら革命派に所属する者達なのかもしれない。
しかし、宗次郎は心を静め動じないという明鏡止水の心得に従い言葉を待つ。
「東方からの客人、面を上げられよ」
王の言葉通りに頭を上げる。
豪華な礼装に包まれた白髪の老人が玉座に収まり宗次郎を見詰めていた。
あの方がソマリア王国の頂点に居座る賢君バレンティン現国王か、と威圧され宗次郎は思わず生唾を飲み込む。
こうして見詰め合う形となって漸くと王の威厳とは別にある凄みを理解出来たのだ。
東方の英雄、東堂作次郎に通じる独特の雰囲気。老いていても確かに感じる英雄であった者の残滓。同じ祖国の英雄であると言うハルトバルズ公爵からはまるで感じる事がなかったその感覚に宗次郎の肌が粟立つ。
「改めてそなたの口から直接訊こう、客人。名は何と言う?」
「……姓は藤、名は宗次郎で御座います」
「ふむ。ではそなたを余を知っているか? いや、これは言い方が宜しくないな。余と言う一人の人間を知っているだろうか?」
「失礼ながら伝聞でしか知りませぬ」
正直に答えた宗次郎。
その反応を好ましく思ったのかバレンティン国王は二度程頷き顎鬚を摩る。
「では御教えしよう。余は鍛え上げた武だけで王女の心を射止め国王となった。その後も持ち合わせた武一つで国を治めるに至った。つまりはだ。何をするにも武が要であり、それしか信じれぬのだよ。元々それしか無かった故な」
バレンティン国王は自身をそう評すると右手を掲げて人差し指と中指の二本指を折り曲げ、立たせる動作を繰り返す。
そうすると意図を察した国王の周辺位置に待機していた白銀の鎧を纏った騎士が二人程前に出る。丁度、バレンティン国王と宗次郎の間位に立ち塞がった。
日本では平均的である身長だった宗次郎の頭三つ分は上であろう高身長にそれよりも長い鉄槍を片手で持つ筋力。分厚い金属を纏って余裕のある動きが出来る体格。豪壮な装備に恥じない訓練を積んでいる事は軽く予想出来た。
それが二人。
「見たか、客人よ。そなたの前には二人の騎士を立たせた。どちらも余が認める精強で屈強な騎士達だ。他国の名のある将軍達にも後れを取らない実力を持っている」
自国の騎士を褒め称える国王。その表情には愉悦すら浮かんでいる。まるで屈強な自国の騎士達に己惚れる王様の図であった。
しかし、彼は喜悦から嘆きの面持ちに変える。
「なのに余は二人の名前を知らぬ。何故なら知るに満たないからである。この場所に居られるのも二人合わせて一人前だからよ。将軍以上英雄未満の逸材。それ以上は既に洞穴の餌となっているのだろう。さて客人よ、余達が欲しているのは英雄である。化け物を打ち倒し、時代すら変える力を持つ英雄なのだ!」
次第に興奮して言葉を荒げる。
感情を剥き出しにして宗次郎にぶつけるべく。
バレンティン国王は一旦言葉を止め、深呼吸して心を沈めてから口を再度開いた。
「故に余はそなたの名前を安心して覚えたいのだ。洞穴から再度相見え、その名前を讃えたい。勇者だ。英雄が凱旋したと。期待を裏切られて落胆し憔悴したくはないのでな。だから客人よ、目の前の障害を打ち払い、余の前に見事立つがよい! それにてそなたを認めよう!!」
嵐の様な宣言の後、更に静まる玉座の広間。
国王を見詰め続けていた宗次郎の瞳が燃え上がっている。
「武器を」
声のした方に顔を向けると鉄の鎧を纏った騎士が門番に預けていた白鞘の刀を差し出していた。
立ち上がり、騎士に軽く頭を下げて愛刀を受け取るとゆるりと腰元に差す。宗次郎はやはり腰元に物が有る方が全体的に引き締まると感じた。一種の武芸者が持つ性なのかもしれない。
準備を終えると悠然と刀の柄に手を添えて構える。
これだけで宗次郎の戦闘は何時でも始められるのだ。
「いざ推して参る!」
気合の言葉を吐き出し、宗次郎は俊敏な動きで騎士達へ近寄る。
作戦はない。ただ寄って斬る。短い攻撃範囲しか持たぬ者に宿命付けられた唯一にして絶対。
それを白銀の鎧騎士が長槍で迎い討つ。
静観していた二人の騎士達の間合いに駆け寄る宗次郎が入る。目配せもせずにお互いの思考を読み取って騎士達の槍を突き出す攻撃行動が重なり、裂帛の咆哮が城内に響き渡った。
端に避難していたベアトリスを除き、玉座の誰もが刺し突かれる宗次郎の姿を夢想したが、結果は違う。長槍の先端部分が宙に舞い、宗次郎は二人の間を駆け抜けていた。
驚愕の言葉が玉座を満たす。
それと少数ながらも感嘆する声も存在する。
今の数秒にも満たない攻防を真実を見ていた者達によるものだ。彼等は揃って宗次郎の恐るべき抜き打ちの速さと技量に瞠目していた。
騎士二人の実力を身体全体を観察して咄嗟に見切り、腕が伸び切り反撃が出来なくなるであろう長槍が胴に届く一瞬を狙って抜刀して殺傷能力のある先端部分を切り上げる。それで終わらず前傾姿勢で動きを変えられない騎士達の間を身を低くして通った。
御伽噺にしか許されないであろう神業である。
鈍く光る刀を鞘に納め、堂々と国王の玉座に向かう宗次郎。あまりの技量差に倒されずとも敗北を認めて動けずに居る騎士二人。その様子を眺めながら周囲はざわめいている。
まるで御伽噺の中に登場する英雄譚の一節の様だ、と誰もが心中でそう想い描いていた。それほどまでに彼等の中で宗次郎の存在は美化され、昇華していたのだ。
成る程。英雄を目指して訪れて来た異国の剣士。彼等は自然と宗次郎と嘗てのバレンティン国王の姿と重ねていたのだった。
玉座の前に辿り着いた宗次郎は佩いていた愛刀を外して背後に置き跪く。
「――姓は藤。名を宗次郎で御座います」
先程の謁見時と一門一句違わない言葉で宗次郎はバレンティン国王に対して唐突に名乗りを挙げた。
凄まじい度胸である。異国の地を統べる国王に対して悠々と言葉通りにやってのけたのだ。
面を食らったバレンティン国王は素直に驚き、また喜色に染めた顔付きで答えた。
「ソウジロウ・フジ。余はその名を覚えたぞ」
玉座に更なるざわめきが広がる。
バレンティン国王の言葉。それは宗次郎の存在を自国を救済しに来た英雄だと認めるという破格の待遇を齎したのである。
今日城内にて職務を全うしていたソマリア貴族達は悟らざるを得なかった。
十二の試練が一つ"冥界迷宮"に潜む怪物を討伐するであろう新たなる英雄の誕生を。
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場の空気を読み取り玉座の端に引き下がっていたベアトリスはバレンティン国王と宗次郎の姿を眺めて微笑む。
彼女は内心こうなる事を予測していた。
幾つもの辺境国を船で巡り、遠い東方の地で漸く巡り合えた英雄の卵。
ソマリア王国有数の実力者である自分の大盾と愛剣を真っ二つに断ち斬る圧倒的な武力。
それに何所か他人を惹き付ける魅力すら備えている。既に宗次郎には英雄然とした風格が存在していたのだ。
恐らく人物鑑定が得意であるセロが宗次郎を見出さなくても自然と此処とは違う何処かで英雄と呼ばれる存在になっていたに違いないと見込んでいた。
故にベアトリスにとって宗次郎は何よりも掛け替えの無い宝物である。
その光り輝く宝を持ち帰り、国王からその価値を讃えられたのだ。嬉しくない筈が無かった。
笑顔のまま観覧に回っているとベアトリスは宗次郎に向けられている奇異な目線の存在に気付く。英雄の誕生に沸く騎士達の中で唯一冷めた表情のまま見詰めている存在。
その正体を見定めようと目を凝らしてベアトリスは己の目を軽く疑う。
髭面が似合わない老人騎士、サルバトーレ・セロ。
ベアトリスの父親であるハルトバルズ公爵領に残った筈の人物の姿であった。




