「動きは始めた陰謀。祝福は雨となり魂を誘う」
アルマディナ神話。
剣と魔法の世界イアンスパーダに現存する神話体系の一つで、いと高き彼の方に創られた世界の成り立ちと時代の移り変わりを記している。
その終盤に精霊は登場している。
世界には表と裏が存在する。
海があれば空があり、光あれば影がある。それはいと高き彼の方も例外ではなかった。
創る存在がいれば壊す存在がいても何ら不思議ではない。
歴史の積み重ねの中でそれは唐突に生まれた。
全ての生命が死に絶える道を突き進み、物が崩れ、自然は歪な背景へと変わりゆく。
希望が潰えて絶望が広がっていく最中で人間はいと高きあの方に祈った。
"ただ死に往くのは口惜しい。救いではなく抗う力が欲しい"
彼の方はその願いを聞き入れ、超常的な存在に干渉する力を与えられた。ただ与えるのではなく、今度は人間が力に支配されない様に別の存在が介在して干渉出来る様にした。
その存在こそが精霊である。
友と言う名の力を手に入れた人間は直ぐに抗い始めた。
力は効果覿面で人間はいと高き彼の方に匹敵する存在を十二に分割し、封じる事に成功する。
その超常的な存在に干渉する力を人間は奇跡と言い、不思議な力だと感じ"魔法"と名付けた。
以降イアンスパーダに悠久の平和が齎される。
■
藤宗次郎は王都行きの経路を先導するドミニクの後を馬を巧く手繰って辿り、昨夜の出来事を頭の中で纏める為に嘗ての記憶を整理し、何故に自分が英雄に成れないと言われた根拠を推理していた。
まず記憶の奥底から浮かんで来たのは佐々木万六が蒐集し、伝え聞かされた神話の内容だった。
御伽噺を語り聞かせられた様な浮世離れした神話で、日ノ本の神話体系と同じく長く紡がれてきた歴史の間に虚構と誇張が入り混じって創られてきた物かと宗次郎は判断していた。
不意に昨夜の出来事が頭に過ぎる。
銀髪赤眼の"魔術師"。自らをフェイトと名乗ったかの少女との出会いが宗次郎の観念を覆すに至った。
当然、宗次郎は彼女が語った物が全てを真実だと信じ切った訳ではない。
見ず知らずの赤の他人が突然に語り掛けてきた事をそのまま鵜呑みにするのは人が良いのを越えて愚かである。
幾つかの判断材料をから自身が信じられるものだけを情報から抜き出す。
そうした結果。
宗次郎は彼女が語った言葉の全てを受け入れる事にした。
昔から宗次郎は自分が考え事や腹芸に向かないと熟知している。
抜き身の刀の様な全てをすっぱりと切り裂く性格をしているので、自分を騙し罠に嵌める為の策略だとしても腰元に差している物を危なくなれば振るえばいい、と思考を終点させた。
宗次郎の考え事が終わると先程から機会を窺っていたベアトリスが宗次郎に近付く。
「考え事は終わったようだな」
「顔に出ていましたか……」
無表情のまま頭を掻き宗次郎は恥らった。
「貴公との付き合いはもう短くはないからな。表情に出なくとも雰囲気で察せる。ふふっ。これも愛の成せる力よ」
微かに頬を朱に染めて得意げな顔をする。
ソマリア王国に到着してから段々と露骨な主張になってきたな、と宗次郎は心の中で苦笑いした。
応えられない想いを知らずで通すのは辛いものだから。
「――それで何か用件があったのでは?」
「あぁ、貴公が人を近寄せない空気を醸していたので伝えられなかったのだが、爺とマーティン卿は我等とは別の所用があり此の城に残る事となったのだ。迷宮攻略の構成員もこのままで行くらしい」
「マーティン卿も……ですか」
老騎士のセロが構成員から弾かれたのは歳の所為だと分るが、"魔術師"であろうフレディが参加しないというのは違和感が残る。
奇跡を操る超常的な力なら是が非でも構成員に含め、攻略成功の確立を上げるべきだと普通なら考えるものだが。
その疑問にベアトリスが答える。
「彼は特別な役割が有り、精鋭たる騎士達が迷宮に向かった後の我等が主君である王の守護に父と共につく事になっているのだ。他国の侵略侵攻も試練の御蔭で収まってきているのだが安心出来ないのでな」
「なるほど」
此の豊かな国を狙っている奴らからしたら格好の的となる機会だ。
何時決行なのか秘密裏に成される事なのだが他国に情報が漏れないと限らない。
最悪、迷宮攻略失敗の所為で騎士達を失っても王と民さえ存命なら幾らでも国は蘇る。
確かにネメアー谷の悪魔獅子を筆頭に神の試練の中で見え隠れする強大な化け物達は驚異の一言だけれど、直ぐにどうとなる事はなく、国にとって最も重要なのは迷宮を攻略する事ではない。
国に暮らす民達が安心をして細々とした日常を紡げるかどうかなのだ。
神が与えた試練など二の次に過ぎない。
宗次郎は少ない情報から事情を察し勝手に納得した。
「それならば別れの挨拶をしておけばよかった……」
これから進む先に絶対なる保障などありやしない。
人伝に聞き実際に見て感じた訳ではないが、自他共に認める手錬の宗次郎ですら一瞬であの世へと向かう破目となるだろう事を確信している。
今生の別れとなるかもしれないので宗次郎は最後に二人と会っておきたかったと思ったのだった。
□
レンドゴルド城の執務室には三人の男達が集まっていた。
口髭を伸ばした老人のセロが豪奢な作りになっている机に座るギルベルトと相対している。
セロの背には待機のまま動きもしないフレディが控えていた。
「騎士セロ。騎士マーティン。長期間の任務、まずは労いの言葉を述べさせて貰おう」
「はっ。有り難き幸せ」
現在のギルベルトには国の最有力貴族としての威厳が漂い、昨夜まで見せていた気軽さなど在りはしない。
同時にセロとマーティンも国に従事する一人の騎士としての厳粛な空気が感じられる。
「さて、昨夜申したとおり報告は後日にしてもらうが御客人の性格と戦力について聞かせて貰いたい。騎士セロ、主観でいいから感じた事を聞かせてくれ」
「はっ。性格は冷静沈着で他人に流されず、武士道と言う我等騎士に通じる心得を持っていると思われます」
セロの判断を聞き口元に手を添えて何事かを思考する。
若干の時間を置いてから扉の方へと視線を向けた。
「騎士マーティンも彼と同様に感じ得たのかな?」
「騎士セロの所感を肯定します。人格に問題は無いかと」
二人からの評価を聞き、満足そうに頷く。
そのままセロに目線を送り続きを促す。
セロは目線を合わせギルベルトの意思表示を読み取り、口を開く。
「二つ目の報告ですが、ただ一言"強い"としか。終始手を尽くしましたが分らず仕舞いで…」
「ほう?」
ギルベルトはその告白に対して素直に驚いた。
セロが持つ"人の強さを輝きの強弱で見る"という不思議な力を理解しているし、彼の個人に対する戦力の分析能力は自国一だと認めているギルベルトからしたら信じられない様な言葉であったからだ。
「騎士セロの能力ですら測れない規格外だという事かね……騎士マーティンは如何思う?」
「私は元々"魔術"の輩ゆえ、騎士セロ以上に測り兼ねておりますが、迷宮攻略において重大な役目を果たせる実力は有るかと思われます」
「そうか……」
それきりギルベルトは口を噤ぎ、目を閉じて思考に耽る。
先程よりも些か長い時間を要した後にギルベルトは思考を止め、セロに向かい合う。
「うむ。私からの質疑は以上で終わりにする。報告御苦労。以後は私的な時間とする」
そう宣言するとギルベルトの威厳が消え失せ気軽さのある態度に変わる。対する二人も気を和らげた。
「しかし、まぁ、儀礼と言うのは真に窮屈だな、ギルベルトよ」
「伝統と格式は後世まで消えず、だ。サルバトーレ」
お互いの名前を呼び合い、彼等は自分達の台詞に思わず噴き出し微笑した。
二人の仲の良さが窺える場面だった。
実際、彼等は付き合いが長く親友の間柄である。
「ところでサルバトーレ。君に一つ頼みが有るのだ」
「今更、勿体振って何だ? ワシとお前の仲だ。酒と女以外なら聞こうじゃないか」
「そうか。済まないな。死んでくれ」
その言葉は感情を全く感じさせない淡々とした口調で述べられた。
「は?」
ギルベルトの冗談だとは思えない衝撃的な言葉に一言漏らした後。
彼の背に衝撃が走る。
混乱が混乱を齎し、思考が掻き乱される中で反射的に背後を何事かとセロは確認した。
直ぐ真後ろに一人の男が立っている。
銀髪を上品に後ろへと撫で上げ、不気味な程に血色に染まった冷たい瞳を此方に向ける男。
銀騎士フレディ・マーティンは隠し持っていた懐剣をセロの背を刺し穿っていた。
そのまま刺した剣に力を込めて捻って傷口に空気を入れ込み致命傷へと変えて抜き取る。
その瞬間に漸くセロは現状に思考が追い付き、痛みよりも先に焼ける様な熱さを感じながら激しい音をたてて真正面から倒れ伏した。
熱から徐々に変わりゆく激痛を堪えて目を強く瞑り、歯を食い縛るも襲い来る激痛に口から声にもならない嗚咽が漏れる。
その有様をフレディは取り出した布で懐剣に付いた血を拭いながら上から見下ろしていた。
まるで塵でも見るかのような瞳で。
セロの頭には人生の走馬灯が回る。
駆け抜けて来た人生が凝縮され再生される。
その中には目の前に居る人物達との思い出が有った。
二人とも自分を殺そうとする様な奴では決してなかった筈だ。
セロは流れ出る血や激痛すらも無視し、最後の力を振り絞り、全身に力を込めて糾弾する。
「ギルベルトォォ!! 何故、何故なのだ!!!」
劇でも観覧するかの様な気楽さで段々と弱まっていくセロを眺め、ゆったりとした口調で応えた。
「これから我等が成す事に君の存在が心底邪魔だからだよ。君の洞察力、分析力だけは誰よりも私は買っているのだ。何れ近い内に君が看破して障害になるのは目に見えている。勿論それだけではない、がね」
セロは薄れゆく意識中でギルベルトの言葉を聞き、言葉も無く黙したまま変わり果ててしまった友人に絶望して息絶えた。
それを確認するとギルベルトはフレディに視線を遣る。
その瞳には畏怖と畏敬の念を込められていた。
まるで神の如き存在を目視するかの如く。
「貴方様も人が悪いですな。一撃で楽にしてやれば良かったのでは?」
主として接していた先程とは打って変わり、ギルベルトの方が下として接する。
「死とは苦しみ果てる事にこそ意味があるのだ。その瞬きよりも短い時間を深く味わう為に生とは存在している。それに他者が希望を抱いて往くよりも絶望のまま果てる事にこそ我は愉悦するからだ」
普段とは掛け離れたその声には傲慢さが窺え、絶対なる自分への自己愛しかない。
血を拭き終えると懐剣をしまい、赤く染まった布で醜い表情を晒しているセロの顔を覆う。
顰めた表情が幾分か軽減された。
「それよりもだ。昨夜、あの小娘の所に鼠が潜り込んでいたぞ。それも微かに残っていた"魔術"の痕跡を考えるに見知った奴だ。まったく忌々しい」
「御客人の下にですか。それは失礼を。"魔術"については門外漢でありますし、何分昨夜は貴方様の命令により城を離れたおりましたので御容赦を」
心底疎ましそうに吐き捨てる。
ギルベルトは諌める口調で答えた。
それでもなお気に食わずフレディはギルベルトに釘を刺す。
「ふん。相も変わらず口だけは立つな。だがな、一つ忘れてはないか。我の加護がなければお前などそこ等にのたまう塵芥に過ぎないのだぞ。我は裏切りを許さん」
「このギルベルト心に深く刻みました」
深々と頭を下げるギルベルトに睨み付けた後、少しばかり溜飲が下がる。
ふん、と鼻を高く鳴らすとその場を後にしようと扉へと近付く。
その途中で右手の親指と中指を擦り合わせぱちんと音を響かせる。
その瞬間、床に転がるセロの死体が赤い火に包み込まれ天井高く燃え上がると同時に部屋の中から完全に消え失せた。
「――もう一度言おう。我は裏切りを許さん。努々忘れぬ事だ」
最終忠告だとばかりに台詞を吐き捨てると扉を開き、早々に出て行った。
その背を見送ると目を細め、懺悔をする様に机の上で両腕を組む。
「そう何度も言われなくとも後戻りは出来んさ」
とある目的の為にギルベルトは既にその手を汚してしまっている。
一度ではない。何度も何度もだ。
これも目的を達成し、自分の望みを満たす為だ。覚悟など既に出来ていた。
しかし、今日、彼は友人を犠牲にした。
その圧し掛かる重さを肩に感じ、彼は瞳を閉じて黙祷する。
「さらばだ。我が永遠の友サルバトーレ」
□
その日、雲一つ無い晴れ渡った空に通り雨が降った。
城を出発し遠く離れていた一行にはその雨に何の意味を見出す事は出来る筈が無いが、優しく降り注ぐ水滴が人の流れ出る涙の様に宗次郎には感じられたのだった。
どんどん長くなっていくタイトル。こんな感じのタイトルが有ってもいいんじゃないでしょうか。というか認めて貰わないと困る。
活動報告に風邪で頭回らないから書けませんと言いましたが気が付いたら何時もよりも早く書き上がっていました。クオリティはしらない。
展開に困って殺したんだろうと言われそうですけどセロは死ぬ予定だったので悪しからず。




