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第9話 一枚目の銅貨を自分のために

第9話 一枚目の銅貨を自分のために


春の雨が三日続いた朝、アフェクタ商会の裏庭には、洗い終えた白い作業着が何十枚も干されていた。雲の切れ間から日が差すたび、袖や裾から落ちる雫が光り、風が吹くと布同士が乾いた音を立てる。エルナは茶色い作業服の袖を肘まで折り、裏庭に面した倉庫の扉を開けた。


倉庫の中からは、木材、乾燥薬草、石鹸用の油が混じった匂いが流れてきた。壁際には使わなくなった棚と欠けた椅子が積まれ、床には先週届いた小麦袋の粉が白く残っている。エルナは窓を開け、持っていた小さな紙片へ「机四台、椅子二十脚、手洗い場、子どもの待機場所」と書き込んだ。


「ここを教室になさるのですか。少し狭くありませんか」


マルタは箒を持ち、天井から下がっていた蜘蛛の巣を絡め取った。灰色の髪紐を指へ巻きつける昔からの癖は残っているが、今日は作業用の青いエプロンを着て、腰へ雑巾を二枚下げている。エルナは倉庫の中央へ立ち、机を置いた場合の幅を足で測った。


「一度に二十人なら入れます。大きな講堂を借りるより、この倉庫を直したほうが費用もかかりません」


「では、あちらの棚は処分しますか」


「いいえ。釘を打ち直せば、材料棚として使えます。欠けた椅子も、座面だけ交換しましょう」


「エルナ様は、本当に捨てさせてくださいませんね。この前も、取っ手の取れた鍋を薬草洗い用にするとおっしゃいました」


「鍋は、底に穴が開くまで鍋です。穴が開いたら、植木鉢にします」


一週間後、倉庫は小さな教室へ変わった。壁には材料の分量表と火の消し方を描いた紙が貼られ、棚には小瓶、布、針、糸、革紐が用途別に並んでいる。奥には子どもが待つための敷物と木の玩具も置かれ、昼食用の丸パンと茹で卵を入れた籠には、マルタの字で「一人二個まで」と書かれていた。


「これは、わしだけに向けた注意ではないだろうな」


最初に教室へ入ったガストンは、籠の札を見て眉を上げた。焦げ茶色の上着のポケットには、すでに一個目の丸パンが半分ほど見えている。マルタは返事をせず、無言で手を差し出した。


「先生、まだ受講者も来ておりません。なぜ、もうパンをお持ちなのですか」


「講師は、教える前に腹ごしらえをするものだ。空腹では、分量を間違えて教えるかもしれん」


「それでは、講師を交代していただきます。パンがなくても分量を間違えない方にお願いします」


「それは困る。返すから、そんな目で見るな」


第一期の受講者は十八人だった。夫や実家に財布を預けなければならない女性、親方の廃業によって職を失った職人、兵役を終えても仕事が見つからない若者、子どもの世話をしながら家で働きたい者が集まっている。衣服も年齢も異なっていたが、教室へ入るとき、ほとんどの者が自分には売れるような技術がないと口にした。


最前列には、洗濯屋で働くノーラが座っていた。色あせた灰色のワンピースに青いエプロンを重ね、洗濯の灰汁で荒れた両手を膝の上へ重ねている。隣の敷物では、七歳の娘リタが毛羽立った靴紐を何度も結び直していた。


「ノーラ・ベックと申します。洗濯用の石鹸を作れたらと思い、参りました」


「石鹸作りの経験はありますか」


「いいえ。買った石鹸を小さく切り、長く使えるようにしたことならあります」


「それも大切な感覚です。どのくらいの大きさなら使いやすく、どこまで小さくなると手から滑るか、すでにご存じなのですね」


「でも、その程度のことが、仕事になるのでしょうか」


「仕事になるかどうかは、誰かがお金を払ってでも必要とするかで確かめます。最初から大きく作らず、まず三個だけ売ってみましょう」


ノーラはうなずいたものの、膝の上の指は固く組まれたままだった。夫は日雇いの荷運び人で、給金を受け取ると家の財布をすべて管理しているという。ノーラが洗濯屋で得た賃金もその日のうちに渡す決まりで、自分で買えるのは昼食用のパン一個までだった。


「研修費は、いつお支払いすればよいでしょう。今は手元にお金がありません」


「最初の三か月は無料です。商品が売れたあと、利益の一部から少しずつ払っていただきます」


「売れなかったら、どうなりますか」


「研修費はいただきません。ただし、材料を無駄にしないよう、失敗の原因は一緒に確かめましょう」


「夫の許可も必要でしょうか」


「商会の共同作業場で学び、ご自分の名義で販売するのであれば必要ありません。家で火や薬品を使う段階になったら、ご家族の安全のために説明していただきます」


後ろの席には、元兵士のカイルが座っていた。濃緑色の軍服は肘と肩へ別の布が当てられ、右の靴底だけが厚くなっている。戦地で傷めた脚のため長時間歩けず、荷運びの仕事を三度断られたという。


「俺にできるのは、剣を振ることと、壊れた装備を直すことくらいです」


「装備は、どのように直していたのですか」


エルナが尋ねると、カイルは腰の袋から革製の水筒を取り出した。肩紐には細かな編み込みが施され、口金の周りは水が漏れないよう、樹脂を使って補修されている。ガストンは水筒を受け取り、光へ透かし、何度か強く引っ張った。


「よく直してある。これなら、あと五年は使えるぞ」


「戦地では、新しい装備がすぐに届きませんでした。破れた鞄も、剥がれた靴底も、自分たちで直しました」


「それを仕事にしてください。新しい物を作るだけが、稼ぎ口ではありません」


エルナが答えると、カイルは自分の太い指を見た。細かな錬金作業には向かないと思っていた手が、革を縫い、道具を直すことには役立っていた。彼は紙片へ「革製品の修繕」「靴底の交換」「水筒の水漏れ修理」と、一つずつ書き始めた。


受講者たちは、自分が得意なこと、苦にならないこと、人から何度も頼まれたことを紙片へ書いた。染物職人のミラは、古い服を染め直せると書き、子どもを連れた女性は衣服の穴を目立たないよう繕えると記した。パン屋の手伝いをしている少年は、硬くなったパンを香草入りの保存食へ作り替えられると書いた。


「こんなものまで書くのですか。毎朝、家族の靴を磨く、などということも?」


一人の女性が尋ねた。彼女の紙には「煮物を焦がさない」「同じ大きさに布を切る」「小さな子どもの髪を結う」と、暮らしの中で繰り返してきたことが並んでいる。エルナはその紙を受け取り、余白へ小さな丸をつけた。


「書いてください。自分では当たり前だと思っていることの中に、ほかの人が苦手としている仕事があります」


「子どもの髪を結うことまで、お金になるのでしょうか」


「祭りの日や結婚式の日だけでも、きれいに結ってほしい人がいるかもしれません。決める前に、必要とする人へ聞いてみましょう」


「何でも、まず売れるか確かめるのですね」


「はい。私たちが素晴らしいと思う物ではなく、使う人が必要とする物を作ります」


初日の講習が終わる頃、外ではまた雨が降り始めた。窓ガラスを細かな雫が流れ、教室には濡れた外套と薄荷の匂いが漂っている。受講者たちは丸パンへ茹で卵を挟み、林檎茶を飲みながら、互いの紙片を見せ合った。


「今の仕事は、いつ辞めればよいのでしょう」


ミラがパンの端をちぎりながら尋ねた。彼女は染物工房の閉鎖後、週三日だけ市場の掃除をしている。大きな工房を借りれば本格的に再出発できると考え、すでに金融商会から借金をすることも検討していた。


「辞めないでください。掃除の給金を受け取りながら、週に数時間だけ染め直しの仕事を始めましょう」


「けれど、小さく始めたら、いつまでも小さな仕事のままではありませんか」


「大きな店を借りれば、注文がなくても毎月家賃がかかります。借金をして染料を大量に買い、売れなかったら、今の暮らしまで失います」


「では、どこで染めればよいのでしょう」


「最初は商会の共同作業場を使ってください。一着売れたら二着、二着売れたら五着へ増やします。売れることを確かめてから、必要な設備を買いましょう」


「慎重すぎませんか」


「暮らしを壊さずに挑戦するための慎重さです。退路を全部ふさいでから始める必要はありません」


二週目から、受講者たちは実際の商品作りに入った。ノーラは油、灰汁、水を量り、薄荷を加えた洗濯石鹸を作る。最初の石鹸は灰汁が多すぎて指を刺激し、二度目は乾燥が足りず、持ち上げると中央から崩れた。


「材料を二回も無駄にしました。洗濯屋の給金なら、パンを六個買える金額です」


ノーラは崩れた石鹸を布の上へ置き、赤くなった指先を握った。作業台には油の染みが残り、床へ落ちた薄荷の葉が靴底へ貼りついている。リタは母親の横で黙って座り、短い靴紐をほどいては結び直していた。


「失敗した材料を全部捨てるわけではありません。灰汁の強い石鹸は、道具洗い用として使えます。柔らかい石鹸も、分量を確認するために一部を残します」


「次も失敗したら、どうしましょう」


「失敗に使う金額の上限を決めましょう。この金額を超えたら、作るのを一度止めます。生活費を削ってまで続けてはいけません」


「やめてもよいのですか」


「合わないと分かった仕事を、借金が増える前にやめることも大切な判断です。ただし、今回は灰汁を少し減らせば改善できます。もう一度だけ試してみませんか」


三度目の石鹸は、予定どおりの硬さに仕上がった。薄荷の香りは強すぎず、泡立ちもよく、洗い終えた布には油の匂いが残らない。ノーラは三個だけ作り、重さをそろえて切り、娘と一緒に薄い茶色の紙で包んだ。


「十個作らなくてよいのでしょうか。洗濯屋には、毎日たくさんの客が来ます」


「三個が売れたら、次に五個作りましょう。売れなければ、値段や大きさを変える必要があります」


「三個では、大したお金になりません」


「大金を稼ぐことから始めなくてよいのです。まず、自分のために使える銅貨を一枚、自分の力で得てください」


石鹸は、洗濯屋の受付へ置かれた。最初に買ったのは、毎週大量のシーツを持ち込む宿屋の女将だった。洗濯で指が荒れていたため、手への刺激が少ないという説明を聞き、試しに一個だけ購入した。


翌日、二個目は料理店の皿洗いをする女性へ売れた。三日目には女将が再び訪れ、最初の石鹸より少し大きな三個目を買った。ノーラは材料費と商会へ払う使用料を引き、銅貨十二枚を受け取った。


帰り道、ノーラは娘と雑貨屋へ入った。木の棚には針、糸、髪紐、木の釦、靴紐が色ごとに分けられている。リタは何も欲しいと言わず、いつものように短い靴紐を靴の内側へ押し込んだ。


「リタ、どの色がよい?」


ノーラは茶色と青色の靴紐を手に取った。リタはしばらく迷い、汚れが目立たない茶色を指さす。子どもが値段を気にして選んだことに気づき、ノーラは青い紐も靴へ当ててみた。


「青いほうが、あなたの好きな色でしょう」


「茶色なら、汚れても長く使えるよ」


「今日は、好きなほうを選んでよいの。お母さんが作った石鹸のお金だから」


「お父さんからもらったお金じゃないの?」


「違うわ。お母さんが初めて、自分で作った物を売って受け取ったお金よ」


リタは青い靴紐を選んだ。ノーラは銅貨三枚を支払い、雑貨屋の軒下へ置かれた木箱へ座って、娘の古い靴紐を外す。新しい青い紐を通すと、毛羽立った靴まで少し新しくなったように見えた。


残った銅貨九枚のうち、二枚はノーラ名義の口座へ預けた。七枚は次の油と薄荷を買うため、菓子が入っていた小さな木箱へしまう。蓋にはリタが炭筆で三個の石鹸を描き、その横へ、青い靴紐をつけた自分の靴も描いた。


次の講習日、ノーラはその箱をエルナへ見せた。箱の中には銅貨七枚と、石鹸三個の売上、材料費、靴紐代を書いた小さな帳面が入っている。紙の端には油染みがつき、何度も計算し直した跡が黒く残っていた。


「自分のために使ったのは、娘の靴紐でした。これでもよいのでしょうか」


「もちろんです。ノーラさん自身が、使い道を選んだのですから」


「残りは、全部材料費へ使おうと思います」


「一部は、ノーラさんのために残してください。材料費、生活へ入れるお金、自分で使うお金に分けましょう」


「自分で使うお金まで、取ってよいのですか」


「働き続けるには、ご自分の靴やエプロンも必要です。全部を家族や仕事へ使い、自分だけを後回しにすれば、いつか続けられなくなります」


エルナは三枚の小さな袋を用意した。「材料」「生活」「ノーラ」と書き、銅貨を一枚ずつ分けて入れる。自分の名が書かれた袋を見たノーラは、すぐに木箱へしまわず、指で文字を何度もなぞった。


その小さな箱を見ながら、エルナは十五年前の地下室を思い出した。湿った石壁、焦げた薬草の匂い、作業台に残った林檎の蜜煮、マルタが市場から持ち帰った銀貨三枚と銅貨六枚。あのときも、白い布の上へ並んだ金は少なかったが、使い道を決める権利だけは、誰にも渡さなかった。


ノーラだけでなく、ほかの受講者も最初の商品を売り始めた。カイルは壊れた鞄を一つ修理し、代金で革紐と丈夫な針を買った。ミラは色あせた上着を深緑色へ染め直し、擦り切れた袖口へ小さな葉の刺繍を加えた。


「新品を売る店から、古い服を直したら新しい服が売れなくなると言われました」


ミラは染め直した上着を広げた。作業場には染料の匂いが残り、彼女の指先も深緑色に染まっている。エルナは袖の刺繍を確かめ、上着の持ち主がどのような人か尋ねた。


「夫を亡くした女性です。新しい上着は買えないけれど、冬の仕事へ着ていける服が必要だと」


「新品を買える人と、今ある服を直したい人は違います。ミラさんは、新品の店から客を奪ったのではありません。その女性が着られる服を一着増やしたのです」


「修繕した服だと、見下されないでしょうか」


「袖の刺繍を、持ち主が選べるようにしてください。隠すための修繕ではなく、その人だけの服にできます」


「では、葉のほかに花と鳥の見本も作ります」


「最初は三種類で十分です。注文が増えてから、柄を増やしましょう」


研修制度を始めて一年が過ぎる頃には、王国各地に六十四の小規模工房が生まれていた。傷薬、石鹸、保存食、織物、染め直し、靴や鞄の修繕など、扱う仕事は工房ごとに異なる。現在の仕事を続けながら、週に一度だけ商品を作る者も多かった。


すべての工房が大きくなったわけではない。商品が売れずに製造をやめた者もいれば、月に数個だけ作り、冬の薪代を稼ぐ者もいた。エルナは大きさではなく、借金を増やさず、暮らしを守りながら続けられているかを確かめた。


カイルの修繕技術は、アフェクタ商会の保温板にも使われた。彼が作った革製の固定紐をつけることで、寝具の中で板がずれにくくなったのである。ミラの染色方法は、薬草袋を用途別に色分けするために採用され、文字を読むのが苦手な人でも中身を間違えにくくなった。


「教えるために始めた制度なのに、商会のほうが新しい技術を教わっていますね」


エルナは会議室で、赤、青、黄色に染めた薬草袋を並べた。机には革紐、保存食、石鹸の試作品が散らばり、その間に冷めた林檎茶と干し葡萄の皿が置かれている。ガストンは保存食を一つ口へ入れ、硬さを確かめると言いながら、すでに四個目へ手を伸ばしていた。


「人には、それぞれ違う暮らしがある。必要な物も、困っていることも違う。一人の会頭だけで全部思いつこうとするほうが無理なんだ」


「先生は、食べられる試作品ばかり選んでいますね」


「味の検査には経験が必要だ。これは少し塩が足りん」


「それは試作品ではありません。マルタが先生のおやつに用意したパンです」


「では、遠慮せず、もう一つ食べてもよいということだな」


一年目の修了式は、最初の教室で行われた。長机には受講者たちが持ち寄った豆の煮込み、焼いた川魚、黒パン、林檎の菓子が並び、子どもたちは床に敷いた布の上で遊んでいる。窓辺には乾きかけの作業着が並び、雨と料理と石鹸の匂いが部屋いっぱいに混じっていた。


ノーラは、新しい青い格子柄のエプロンを着ていた。胸元には三個の石鹸が刺繍され、腰のポケットには売上を記録する小さな帳面が入っている。足元の靴はまだ古かったが、底はカイルの工房で修理され、以前より厚く丈夫になっていた。


「石鹸は、今も三個ずつ作っているのですか」


「今は、毎週十五個作っています。薄荷、林檎、香りのないものを五個ずつです。それ以上の注文が来ても、生活が忙しくなるので断っています」


「断ることができるようになったのですね」


「はい。洗濯屋の仕事も続けています。夫の荷運びがない月にも、二つの給金があれば、家賃と食費を払えます」


「ご自分のための袋には、何を入れましたか」


「新しい靴を買うための銀貨です。あと少しで足ります。今度は、誰にも頼まず、私が選んだ靴を買います」


セドリックも修了式へ顔を出し、法務相談を担当した受講者たちから礼を言われていた。灰色の上着の袖を折り、豆の煮込みと川魚を載せた皿を持っている。仕事に夢中になると食事を忘れるため、マルタが彼の皿へ黒パンを二個追加した。


「六十四工房のうち、女性名義が四十二です。女性が夫の許可なく小規模工房を所有できる制度も、議会で正式に承認されました」


セドリックはエルナの隣へ座り、林檎の菓子を半分に切った。蜂蜜が多くかかったほうをエルナの皿へ置き、自分は少し焦げた端を口へ運ぶ。エルナは菓子を見たあと、彼の皿へ焼いた川魚を一切れ返した。


「法律が変われば、夫へ隠さずに商売を始められる人が増えますね」


「あなたが地下室で始めたことが、王国の制度を変えました」


「私一人ではできませんでした。ノーラさんたちが実際に働き、帳簿をつけ、生活を守れると証明してくださったからです」


「商会も、誰か一人の才能に依存しない組織になりましたね」


「はい。私が知らない技術を持つ人が増えるほど、商会は強くなります」


食事が一段落すると、エルナはノーラの木箱を机の中央へ置いた。箱の蓋には三個の石鹸と、青い靴紐をつけた子どもの靴が描かれている。絵は一年のあいだに少し薄くなったが、木箱の中には最初の帳面と三枚の袋が、今もきちんと残されていた。


「最初の銅貨一枚だけで、急に豊かになるわけではありません」


エルナが話し始めると、受講者たちは食器を置いた。机には豆の汁がこぼれ、焼き菓子の粉が散り、子どもが使った木の匙が一本だけ床へ落ちている。整いすぎてはいない教室には、それぞれの家から持ち寄られた暮らしの匂いと音があった。


「けれど、自分で得た銅貨の使い道を自分で決めれば、次の一枚をどう得るか考えられます。大きな店や莫大な借金から始める必要はありません。傷薬一瓶、保存袋一枚、石鹸一個から試し、暮らしを壊さない速さで育ててください」


ノーラは木箱の上へ手を置き、リタもその手へ自分の小さな指を重ねた。カイルは自分が修理した靴を履き、ミラは深緑色に染め直した上着を着ている。それぞれの稼ぎ口はまだ大木ではなかったが、一つの仕事や一人の機嫌だけに生活を預けないための、二本目の支えになっていた。


窓の外では雨がやみ、干してあった白い作業着が風を受けて大きく膨らんだ。庭の向こうでは、六十四の工房へ商品と材料を運ぶ小さな荷車が、別々の道へ出発している。エルナは木箱の中の一枚の銅貨を見ながら、十五年前に自分が守った最初の銀貨も、こうして次の誰かの暮らしへつながったのだと知った。



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