第6話 眠っていても金貨を生む仕組み
第6話 眠っていても金貨を生む仕組み
王都へ移って二か月が過ぎた朝、エルナは珍しく寝台から起き上がることができなかった。前日まで三つの工房を回り、夜には保存石の品質報告を読んでいたため、肩から背中にかけて重い板を載せられたようになっている。生成り色の寝間着の上へ毛布を引き上げたところで、部屋へ入ってきたマルタが、盆を窓辺の小卓へ置いた。
「今日は工房へ行ってはいけません。温かい牛乳と卵粥を召し上がったら、もう一度お休みください」
盆には、細かく刻んだ蕪と卵を入れた麦粥、蜂蜜を少し溶かした牛乳、皮をむいた林檎が載っていた。麦粥からは鶏の出汁と葱の匂いが立ち、冷えた部屋の空気を柔らかくする。エルナは寝台の上で書類へ手を伸ばしたが、マルタはそれを素早く取り上げ、背中へ隠した。
「一枚だけです。今日の入金額を確かめたら眠ります」
「昨日も同じことをおっしゃいました。その一枚の次に、あと三枚だけとおっしゃり、最後には十七枚お読みになりました」
「十七枚もありましたか」
「枚数さえ覚えていない方に、書類は渡せません」
マルタは麦粥の匙をエルナへ握らせ、枕元に積んであった帳簿まで回収した。エルナは何か言い返そうとしたが、湯気の立つ粥を口へ入れると、空腹だった身体が続きを求めた。蕪は舌でつぶせるほど柔らかく、少し多めに入った葱が鼻へ抜けた。
昼過ぎ、エルナが眠っているあいだにも、アフェクタ商会の一階では荷車が行き来していた。北部工房から製法使用料が届き、西市場の商店は保存石百個分の代金を支払った。南部の薬草園からは原料の追加注文が入り、会計係は銀貨と金貨を数え、日付と取引先を帳簿へ記していった。
夕方に目を覚ましたエルナは、灰色の室内着へ着替えて事務室へ降りた。窓の外では雨が降り、軒先から落ちる雫が石畳を濃い色に変えている。机にはその日の入金報告が置かれ、エルナが薬を一瓶も作らなかったにもかかわらず、製法使用料と原料販売によって金貨百八十二枚の利益が出ていた。
「眠っているあいだに、金貨百八十二枚ですか」
エルナが帳面を見ていると、暖炉のそばで腸詰めを焼いていたガストンが振り返った。鉄串へ刺した腸詰めから脂が落ち、火へ触れるたびに小さな音がする。事務室で肉を焼かないよう何度も言われているのに、彼は窓を少し開ければ匂いは残らないと言い張っていた。
「だからといって、何もせず金が湧いたわけではないぞ。工房を選び、職人へ教え、原料を運び、検査する者がいる。お前さんが眠っている日にも、仕組みと人が働いてくれた結果だ」
「分かっています。でも、十五年前には、私が手を止めれば収入も止まりました。傷薬を三瓶作り、その三瓶が売れなければ、銀貨は一枚も入りませんでした」
「だから二つ目の口を作ったんだ。一つ目は自分の腕、二つ目は皆で動かす仕組みだ。もっとも、会頭が働きすぎて寝込む仕組みまで作れとは教えておらんがな」
ガストンは焼けた腸詰めを皿へ載せ、半分をエルナの前へ置いた。皮は少し焦げていたが、中には刻んだ香草が入り、食欲を誘う匂いがする。そこへマルタが現れ、机の上の脂を見つけると、ガストンから鉄串を取り上げた。
「先生、こちらは食堂ではありません。書類に脂がついたら、先生が全部書き直してください」
「一枚や二枚なら書き直せる」
「では、先生がお持ちの報告書を見せてください。先ほどから腸詰めを載せている、その紙です」
ガストンが皿の下を確認すると、東部工房の売上報告書に丸い油染みができていた。エルナは布で押さえながら、帳面の隅へ「事務室での調理禁止」と改めて書き込む。ガストンは文字を横からのぞき、せめて焼き栗だけは認めろと真剣な顔で交渉を始めた。
翌日、エルナは会計責任者とともに、前月の利益を四つへ分けた。第一は職人の給金や原料購入に使う通常資金、第二は半年間売上がなくても商会を維持できる非常用資金である。残る利益の一部は新商品の研究へ、もう一部は地方工房の安全設備と職人教育へ回すことにした。
「これほどの利益があるのですから、王都の一等地に新しい本店を建ててはいかがでしょう。金箔の看板を掲げれば、貴族の顧客も増えます」
会計責任者のオルドは、金庫の一覧を見ながら提案した。彼は数字を読むとき、左の眉だけを上げる癖があり、今日も非常用資金の額を見て眉が額の中央近くまで上がっている。エルナは羊毛の上着の袖を折り、机に広げた四つの封筒を順番に指した。
「今の本店で、業務に支障はありません。看板を金箔にしても、傷薬の効き目はよくなりません」
「しかし、利益を金庫へ置いておくだけでは増えません。新しい店を出せば、売上が伸びます」
「非常用資金は、増やすためのお金ではありません。火災、疫病、不作が起きたときにも、職人へ給金を払い、取引先との約束を守るためのお金です」
「では、残りはすべて研究に使うのですか」
「いいえ。南部工房の換気設備、北部工房の防火壁、検査員の育成に使います。技術だけ貸して、事故の責任を工房へ押しつける商会にはいたしません」
その日の午後、エルナは新しく契約した地方工房の代表たちを集め、安全講習を開いた。長い作業台には防護手袋、顔を守る透明板、消火砂の箱が並べられ、壁には薬液が目へ入った場合の洗浄手順が絵入りで貼られている。昼食として用意された豆と挽肉の包み焼きが籠に積まれていたが、講師役のガストンが話を始める前から二個食べたため、マルタが残りの数を数え直していた。
「錬金術師は、爆発させて一人前だなどという馬鹿な話を信じるな。爆発させない者のほうが腕はよい。火が出たときは、英雄になろうとせず、炉を閉じて外へ逃げろ」
「ガストン先生も、王宮の天井まで煙を出したことがあるそうですね」
若い職人が尋ねると、講習室に笑いが起きた。ガストンは咳払いし、あれは煙を出したのではなく、換気の性能を調べただけだと言い訳する。エルナは笑い声が収まったあと、職人たちへ契約書とは別の確認書を配った。
「事故が起きたとき、製品より先に人を避難させてください。材料と建物は買い直せますが、職人の身体は買い直せません」
「工房を止めれば、納期に間に合わなくなります。違約金を取られるのではありませんか」
「安全上の理由で停止した場合、アフェクタ商会は違約金を求めません。そのためにも、納品先を一つの工房だけに任せない仕組みにしています」
「私たちが休んでも、ほかの工房から届けるのですか」
「はい。皆さんも、別の工房が止まったときには助けてください。競争相手である前に、同じ印を預かる仲間です」
講習から十日後、その仕組みを試される事故が起きた。夜明け前、東部にある保存石工房の乾燥室から火が出たのである。防火壁と消火砂によって隣の作業場への延焼は防げたが、乾燥設備は使えなくなり、工房は少なくとも一か月操業を停止することになった。
知らせを受けたエルナは、朝食の黒パンを布へ包み、まだ暗い事務室へ駆け込んだ。急いで着た茶色の作業服は首元の釦が一つ外れ、髪も簡単に後ろへ束ねただけだった。焼けた薬草の匂いが染みついた報告書を読むと、最初に負傷者の欄へ指を置いた。
「けがをした方はいないのですね」
「夜番が二人おりましたが、手順どおり炉を閉じて避難しました。念のため治療院で診察を受けています」
連絡係の青年は雨にぬれた外套を脱ぎ、火災の経過を説明した。彼の頬には煤が一本つき、机へ置いた帽子からは水が滴っている。マルタは湯を沸かし、冷えた青年へ生姜入りの茶と、エルナが食べ損ねた黒パンを差し出した。
「今月分の注文はどうなりますか。東部工房だけで、保存石三千個を納める予定でした」
オルドが納品表を開くと、エルナはほかの工房の生産状況を確認した。西部工房には一千個、北部工房には八百個、王都工房には千二百個の余力がある。輸送費は増えるが、契約先への納品を止めずに済む量だった。
「三つの工房へ分けます。東部工房の職人には、非常用資金から一か月分の給金を支払ってください。希望する方には、設備が直るまで西部工房で働けるよう、宿舎と移動費を用意します」
「火災を起こした工房へ、給金まで出すのですか」
「原因は個人の不注意ではなく、古い煙道のひびだと報告されています。設備更新の順番を後回しにした商会側にも責任があります」
「今月の利益は減ります」
「利益を守るために人を切れば、次に火が出たとき、職人は製品を運び出そうとして逃げ遅れます。非常用資金は、こういう日のために確保したものです」
保存石は予定どおり取引先へ届けられ、東部工房の職人も一人も解雇されなかった。一つの工房が止まっても、商会全体の売上は一割にも満たない減少で済んだ。ガストンは報告を聞くと、保存石だけに商会の半分を任せていたら、今頃エルナは食事もせず徹夜していただろうと言った。
「一つの工房、一つの商品、一人の大口客へ頼りきるのは楽だ。帳面も簡単で、相談する相手も少なくて済む。だが、その一つが倒れたら、全員が巻き込まれる」
「今後も、一つの取引先の売上が全体の二割を超えないようにします。大口の注文をいただいた場合は、納品を複数回に分けるか、別の商品も提案しましょう」
「大きな客を断るのは勇気が要るぞ」
「一人の機嫌に暮らしのすべてを預ける危うさは、十五年間で十分に学びました」
火災対応が一段落した三日後、アフェクタ商会へ一人の使者が訪れた。黒い外套の胸にはクロフォード伯爵家の紋章が縫いつけられ、手には赤い蝋で封じた融資申込書がある。応接室へ通された使者は、出された林檎茶へ手もつけず、伯爵家の名を何度も強調した。
「クロフォード伯爵様は、王宮で財務顧問を務めておられます。金貨二千枚の融資をお願いしたいとのことです。返済について、何の心配もございません」
窓口責任者は、エルナが商会主だという事実を伏せたまま、担保と返済計画を尋ねた。使者は領地からの税収を担保とすると答えたが、前年の収支報告書も、現在の借入額を示す書類も持っていない。さらに、伯爵家の名が保証になるのだから、通常の審査は省略してほしいと言い出した。
「当商会では、身分によって審査を省略することはございません。必要な書類をそろえていただきます」
「伯爵様を一般の商人と同じように扱うのですか」
「借りた金を返すとき、金貨は爵位を数えません。数字で確認する必要がございます」
使者が帰ったあと、申込書は会頭室へ運ばれた。エルナは差出人の紋章を見てもすぐには封を切らず、昼食に出された魚の香草焼きを食べ終えた。白身魚の皮はよく焼けていたが、ガストンが自分の皿から勝手に檸檬を二切れ取ったため、最後の一口だけ少し脂っぽく感じた。
「すぐに断ると思っておったが、審査へ回すのか」
ガストンは檸檬を魚へ絞りながら尋ねた。エルナは食後の指を布で拭き、融資申込書の封を切る。そこには金貨二千枚の使途として、「領地経営の安定および社交上必要となる諸経費」とだけ記されていた。
「私が元妻だからという理由だけで断れば、私情で商会を動かしたことになります。反対に、返済できないと知りながら貸し、伯爵家の土地を奪えば、復讐のための融資です」
「では、普通の客として扱うのか」
「はい。数字を調べ、その結果で決めます。商業法務官のセドリック・ハーグレイヴ様へ、財務調査を依頼してください」
セドリックが本店を訪れたのは、四日後の午後だった。深い灰色の上着に黒い外套を重ね、革鞄には何冊もの法令集と調査資料が詰め込まれている。外では雨が雪へ変わり始めていたため、肩には白い粒が残り、眼鏡の端には小さな水滴がついていた。
「お久しぶりです、エルナ会頭。表へ出られたと聞き、一度ご挨拶へ伺いたいと思っていました」
「お手数をおかけします、セドリック様。まずは温かい物をどうぞ。マルタ、スープをお願いできますか」
「昼食は済ませてきましたので、お構いなく」
そう答えた直後、セドリックの腹が低く鳴った。事務室にいた全員が聞こえないふりをしたが、ガストンだけが大きな声で笑う。結局、セドリックの前には根菜のスープと黒パンが置かれ、彼は眼鏡を外して湯気を避けながら、少し早い手つきで食べ始めた。
「法務官は、昼食を済ませたという嘘も見抜けないのか」
「午前の調停が長引き、食堂へ寄る時間がありませんでした。食事より先に仕事の説明をするのが礼儀だと思っただけです」
「空腹の者に帳簿を読ませると、一桁間違える。まず食わせるのが商会の決まりだ」
「その決まりは、今初めて聞きました」
エルナは二人のやり取りを聞きながら、セドリックの皿へパンをもう一切れ載せた。彼は礼を言い、今度は急がずにスープへ浸して食べる。食事が終わると、机の端へ食器をそろえ、革鞄からクロフォード伯爵家の財務調査書を取り出した。
「結論から申し上げます。現在のクロフォード伯爵家には、金貨二千枚を返済する能力がありません」
調査書には、領地収入の減少、既存の借入額、使用人への未払い、王都の商店へ残る債務が項目ごとに記されていた。レイモンドが申告した収入は前年の数字であり、水車停止後の減収が反映されていない。さらに屋敷と銀器の一部は、すでに別の金融商会へ担保として差し出されていた。
「この書類では、融資目的を領地再建としております。しかし、最近三十日間の支出を見ると、社交費と衣装代が全体の四割を占めています」
セドリックは、仕立屋と宝石商の請求書の写しを示した。赤い宝石の首飾り代、セシリアの三着のドレス代、開催されなかった舞踏会の楽団予約金まで含まれている。一方、水車の修繕費、種麦の購入費、使用人の未払い給金へ充てられた金は一枚もなかった。
「融資を行えば、この金も領民のためには使われないとお考えですか」
「現在の管理体制を変えなければ、その可能性が高いでしょう。伯爵は支出を記録せず、帳簿の公開も拒んでいます。領地収入を担保にしている一方で、農民への種麦購入費まで削ろうとしています」
「水車を直さなければ、返済に使う収入そのものが増えません」
「そのとおりです。これは一時的な現金不足ではありません。収入を生む仕組みが壊れ、それを直す者もいない状態です」
エルナは調査書を読み進め、使用人の未払い名簿の中へ見覚えのある名前を見つけた。洗濯係、厩舎番、厨房の見習い、長年屋敷へ仕えたボーマンの名まである。紙を持つ指に力が入り、端がわずかに曲がったため、彼女は一度手を離し、冷めかけた茶を飲んだ。
「融資はできません。ただし、領地を再建するための資金なら出せます」
「条件つき、ということですね」
セドリックが眼鏡を掛け直した。エルナは新しい紙を取り出し、三つの条件を書き始める。筆先から落ちた小さなインクの雫を吸い取り紙で押さえたあと、文字がにじんでいないことを確かめた。
「第一に、領地経営権をレイモンドから独立した管理委員会へ移します。委員会には農民代表、職人代表、商業法務官、アフェクタ商会の担当者を入れます」
「第二は、帳簿の全面公開ですか」
「はい。伯爵家の私的な支出と、領地再建の資金を完全に分けます。修繕費は職人へ直接支払い、種麦は農村組合へ直接届けます」
「第三は何でしょう」
「水車が再稼働し、領民の生活が安定するまで、レイモンドが領地収入を社交費へ使うことを禁止します。この条件を受けないなら、金貨は一枚も出しません」
ガストンは腕を組み、エルナが書いた条件をのぞき込んだ。クロフォード家へ戻るためでも、元夫を苦しめるためでもなく、領民の生活と商会の資金を守るための内容になっている。彼は白い髭を指で整え、机に残っていた最後の黒パンへ手を伸ばしたが、マルタが先に皿を下げた。
「伯爵が、この条件を受けると思うか」
「受けなければ、アフェクタ商会は融資を断ります。ほかの金融商会を探すのも、屋敷の物を売るのも、レイモンドの自由です」
「領地の農民はどうする」
「農村組合へ、種麦と土壌改良剤を直接販売します。支払いは収穫後で構いません。伯爵家の借金と、農民が春に種をまく権利は、別の問題です」
セドリックは条件書を読み、法的に有効な文言へ直すべき部分を二か所指摘した。エルナが隣へ椅子を寄せると、彼は条文の余白に小さな字で修正案を書き込む。二人が相談しているあいだ、外では雪が強くなり、窓枠へ白い粒が積もっていった。
「元夫の領地を救うことに、迷いはありませんか」
セドリックはペンを止め、声を抑えて尋ねた。エルナは窓の外を眺め、雪の中を荷車で進む農民の姿を思い浮かべる。クロフォード家の食堂で冷めた豆を食べているレイモンドではなく、壊れた水車の前で小麦袋を積み直していた人々の暮らしを考えた。
「レイモンドの暮らしを守るためではありません。水車を使う農民や、給金を受け取れなかった使用人の働きを、彼の失敗と一緒に沈めたくないのです」
「分かりました。では、この条件を正式な再建事業案として整えます」
「ありがとうございます。調査費用の請求書も、忘れずにお送りください」
「請求するのですかと、言われると思いました」
「仕事へ正当な代金を支払わないことが、どれほど人を追い詰めるか知っています。友人であっても、仕事は仕事です」
翌朝、アフェクタ商会の紋章が入った封書が、クロフォード伯爵家へ届けられた。中には融資を認めないという通知と、領地再建事業の提案書が収められている。使者には、条件を一つでも削れば提案は無効になると、口頭でも伝えるよう命じられていた。
手続きを終えたエルナは、地方工房から届いた入金報告を確認した。東部工房はまだ停止していたが、西部と北部の工房が不足分を補い、商会には前日も予定どおりの製法使用料が入っている。傷薬を作る工房、保存石を売る商店、土壌改良剤を使う農村組合が、互いに少しずつ商会を支えていた。
「今日はご自分で薬を作らないのですか」
マルタが朝食の盆を運びながら尋ねた。盆には焼いた黒パン、半熟卵、林檎と胡桃のサラダが載っている。エルナは帳簿を閉じ、今度は注意される前に半熟卵へ匙を入れた。
「午前中は休みます。午後から研究室へ行き、新しい保冷板を三枚だけ試作します」
「三枚だけですね。夕食までに戻らなければ、ガストン先生に連れ帰っていただきます」
「あの方は、研究室へ行くと私より帰りが遅くなります」
「では、セドリック様へお願いしましょう。昨日、仕事の続きを相談したいとおっしゃっていました」
エルナは返事の代わりに、林檎と胡桃を一緒に口へ入れた。甘酸っぱい果汁のあとから、炒った胡桃の香ばしさが広がる。マルタはエルナの耳がわずかに赤くなったことへ気づいたようだったが、何も言わず、牛乳の入ったカップを手の届く場所へ置いた。
エルナが朝食を食べているあいだにも、階下では原料が荷車へ積まれ、地方工房へ向けて送り出されていた。彼女が眠っていても、食事をしていても、仕組みは人々の働きによって動き、金貨を生み続ける。ただし、その金貨は金庫の中で眠らせるためではなく、次に誰かが安心して働ける場所を作るため、四つの行き先へ分けられていた。




