EP 8
【出発】勇者(馬鹿)の無謀と、コンサルの完璧な段取り
ルナミス帝国の首都を抜け、ポポロ村へと続く街道。
のどかな田園風景と深い森が交差するこの道は、商人や旅人が行き交う主要幹線道路であると同時に、魔獣が頻出する危険地帯でもあった。
「あーっ! 見てくださいまし! あそこに生えているの、茹でるとおひたしになる『醤油草』の野生種ですわ! これで今夜の食費が浮きますの!」
街道の脇の茂みにダイブし、両手いっぱいに雑草を抱え込んで歓喜しているのは、極貧地下アイドルのリーザ(芋ジャージ姿)である。
人魚族の王女にして親善大使という肩書きを持つ彼女だが、そのサバイバル能力はスラム街の孤児すら凌駕していた。
「リーザちゃん、泥がついてるから川の水で洗ってからにしてね。お腹壊しちゃうわよ」
「村長! 泥もミネラルですの! タダで手に入る栄養素を捨てるなんて、資本主義の敗北ですわ!」
「……え、ええと。たくましいなぁ、リーザちゃんは」
苦笑いしながら彼女を宥めているのは、ウサギ耳の村長・キャルルだ。
特注の安全靴を履き、ダブルトンファーを腰に下げた彼女は、一見するとおっとりした愛らしい少女だが、その太ももの筋肉のバネは俺の【分析】スキルでもエラーを吐きそうになるほどの数値を叩き出している。
そして、俺の隣を歩くのは――。
「よっしゃあ! 早く魔獣出てこい! バンバン倒して、素材を売って、借金の利子を少しでも減らすんだ! マグローザ漁船には絶対に乗らねぇぞ!」
タローマン製の初心者用鉄鎧(一万円相当・百万円のローン付き)をガシャガシャと鳴らしながら、無駄に高いテンションで素振りを繰り返す馬鹿勇者・ユート。
典型的な「気は優しくて力持ち、ただし計画性はゼロ」というタイプだ。前世で俺が最も手を焼いた『熱意だけはある営業マン』にそっくりである。
(……見事にバラバラだな。個々のアセット(能力)は高いが、組織としてのシナジー(相乗効果)が皆無だ)
漆黒の防刃ジャージに身を包んだ俺は、最後尾を歩きながら深いため息をついた。
「おい、ユート。無駄な体力を使うな。道中の魔獣討伐もギルドの依頼には含まれているが、我々の最終目的地はポポロ村の防衛だ。リソース(体力と魔力)のペース配分を考えろ」
「ええっ? でもトーマ、魔獣が出たら俺が一番に前に出て、みんなを守らなきゃダメだろ! 勇者なんだから!」
「勇気と無謀は違う。お前が一人で突っ走ってタゲ(敵の狙い)を散らしたら、後衛の陣形が崩れるんだよ。コンプライアンス(規律)を守れ」
「こんぷら……? よくわかんねぇけど、魔獣が出たら俺に任せとけって!」
俺のロジカルな忠告は、ユートの筋肉質な脳髄には一ミリも届いていなかった。
経営トップ(リーダー)の意図が現場に伝わらない。組織運営における永遠の課題である。
――その時だった。
ズシン、ズシン、と。
街道の奥、深い森の木々をなぎ倒しながら、巨大な影が姿を現した。
「ブモォォォォォォッ!!」
体長三メートルはあろうかという巨体。
全身が岩のように硬い皮膚で覆われ、頭部には大岩を削り出したような巨大な二本の角が生えている。
ルナミス帝国で家畜として飼われている『ロックバイソン』――の、完全に野生化して凶暴化した『はぐれ個体』だった。
「ひっ!? で、でっかい……っ!」
雑草を抱えたリーザが悲鳴を上げる。
「あら、迷いバイソンね。あれ、まともに突進を食らったら馬車ごとミンチになるわよ」
キャルルがトンファーを構え、瞳からスッとハイライトを消した。
ロックバイソンが、赤く血走った目で俺たちを捉える。
巨体が沈み込み、前足で地面を強く蹴り上げた――突進の予備動作だ。
「みんな、下がってろ! 俺が止める!」
ユートが叫んだ。
彼はタローマン製の鉄の盾を両手で構え、あろうことかロックバイソンの真正面へと飛び出していったのだ。
(……あの馬鹿。自分の装備の耐久値を理解していないのか)
ユートの持つ鉄の盾は、所詮は一万円の量産品。対するロックバイソンの突進は、時速六十キロのダンプカーに匹敵する運動エネルギーを持っている。まともに受け止めれば、盾ごと腕の骨が粉砕されるのは火を見るより明らかだった。
だが、ユートの瞳に恐怖はなかった。
『仲間の女の子たちを守る』という打算なき勇気。それこそが、彼のユニークスキル【ブレイブ】の発動条件なのだ。
彼の身体を、淡い闘気の光が包み込み始める。
「うおおおおッ! こい、バケモノォッ!!」
「ブモォォォォォォッ!!」
ロックバイソンが、地響きを立ててユートに向かって猛烈な突進を開始した。
このままでは激突する。
誰もがそう思った瞬間――俺は、手にしていた『世界樹の杖』を軽く振るった。
『ヒャッハー! 出番かボス! 派手に丸焼きにしてやるぜ!』
(馬鹿野郎、全力で出すな。火力は最小限でいい。眼球と、足元の地面だけを狙え。これは業務命令だ)
脳内で騒ぐイフリートの魔力出力を、俺は冷徹な計算によって極限まで絞り込んだ。
魔法は、威力が全てではない。いかに適切なタイミングで、適切な場所に(リソースを)投下するかがコンサルの腕の見せ所だ。
「――『フレイムバレット(炎弾)』」
パパパパパンッ!!
俺の杖の先から放たれた数発の小さな炎の弾丸が、ユートと激突する直前のロックバイソンに向かって、正確無比な軌道で飛翔した。
一発目は、バイソンの右目に着弾し、炸裂。
二発目は、踏み込もうとしていた左前足の直前の地面に着弾し、土を爆発させた。
「ブモッ!?」
右目の視界を突然の閃光と熱で奪われ、さらに足元の地盤を崩されたロックバイソンは、パニックを起こして体勢を大きく崩した。
時速六十キロの突進のベクトルが、右側へと強制的に逸らされる。
「うわっ!?」
目をつぶって衝撃に備えていたユートの真横を、巨大な岩の塊が凄まじい風圧と共にすり抜けていった。
ドゴォォォォンッ!!
勢い余ったバイソンは、街道脇の巨大な大木に激突し、脳震盪を起こして動きを止めた。
完璧なヘイト管理(タゲ逸らし)と、行動阻害である。
「な、なんだ!? 何が起きたんだ!?」
状況が理解できず、ユートがオロオロと周囲を見回す。
俺はジャージのポケットに片手を突っ込んだまま、静かに口を開いた。
「ボーッとするな、ユート。敵のディフェンス(姿勢)が崩れたぞ。……キャルル、奴の右前足の関節に一撃入れろ。機動力を完全に削ぐ」
「ええ、任せて♡」
俺の的確な指示を受け、キャルルがマッハの速度で飛び出した。
瞬きする間もなくバイソンの懐に潜り込み、特注の安全靴に闘気を纏わせる。
「月影流――鐘打ちッ!」
ゴキァッ! という鈍い破砕音。
岩のように硬いバイソンの右前足の関節が、安全靴の重い回し蹴りによって完全に砕け散った。
悲鳴を上げて崩れ落ちる巨体。これで、奴はもう突進できない。
「リーザ! お前は歌え。バフ(支援)をかけろ。あのデカブツの肉が食いたいなら、死ぬ気で声を出せ!」
「お肉……ッ! はいですわーッ!! 皆様、私に五円玉をッ! 『Love & Money』ッ!!」
芋ジャージのアイドルが、みかん箱(どこから出した?)の上に立ち、謎のステップを踏みながら歌い始める。
強欲に満ちた、しかし人魚姫の絶対的な魔法を秘めたその歌声が響き渡ると――ユートの身体を包んでいた闘気の光が、一気に数倍の輝きを放ち始めた。
「う、うおおおっ!? なんか、すっげぇ力が湧いてくる!! なんだこれ!?」
「ユート。奴の硬い岩の装甲は、俺の炎魔法で高熱を帯びている。熱膨張で素材が脆くなっている今なら、お前のその安い鉄の剣でも通るはずだ。……トドメを刺せ。迷わず撃て」
俺の言葉に、ユートはハッと息を呑んだ。
自分の無謀な突撃。それが失敗に終わる直前で、この防刃ジャージの青年がすべてを計算し尽くし、敵の隙を作り出し、仲間の能力を引き出し、最後のおいしい所(手柄)だけを自分に回してくれたのだと、ようやく理解したのだ。
「……ッ! いくぜぇぇぇッ!!」
ユートは高く跳躍した。
リーザのバフによって強化された身体能力と、【ブレイブ】の勇気が剣に宿る。
「ライトニング・ブレイクッ!!」
雷光を纏った鉄の剣が、炎で脆くなったバイソンの首筋の岩装甲を見事に両断し、その命を絶ち切った。
ズズン……と、巨大な魔獣が地に伏せる。
完全勝利。こちら側の被害は、ゼロだ。
「す、すげぇ……倒した……俺、倒せたぞ!」
ユートが剣を掲げて歓喜の声を上げる。
キャルルは「ふふっ、いい蹴り心地だったわ」と笑い、リーザは「お肉! お肉ですわー!」とバイソンの死体に突撃していった。
俺はそれを見届けると、静かに世界樹の杖を下ろした。
『チッ! 俺の出番、あんなちっぽけな火の玉二発だけかよ! 不完全燃焼だぜ!』
(文句を言うな、イフリート。お前にはキッチリ二発分の基本給(魔力)を支払ったはずだ。無駄な残業はさせない主義なんでね)
『くそォ! この悪徳コンサルめ!』
脳内で喚く精霊をなだめていると、ユートが信じられないものを見るような目でこちらに歩み寄ってきた。
「……なぁ、トーマ」
「なんだ」
「お前……すっげぇな。俺が突っ込んだ時、全然焦ってなかった。全部、最初から分かってたみたいに……」
ユートの額には冷や汗が浮かんでいた。
俺の魔法の威力に驚いているのではない。この混乱した戦場において、一歩も動かず、涼しい顔で敵も味方もすべてを『盤面の駒』のように操り切った、俺の冷徹な戦術眼(マネジメント能力)に戦慄しているのだ。
「勘違いするな、ユート」
俺はジャージの襟を少し正し、淡々と告げた。
「俺は一人では何もできない。俺がお前たちを動かしたんじゃない。お前たちの強み(アセット)を、一番効率よく利益(勝利)に変換できるスキーム(仕組み)を作っただけだ。……これが、チームワークだ」
「ちーむ、わーく……」
「お前は馬鹿だが、その『打算なき勇気』は評価してやる。だが、勇気だけで仲間は守れない。助けるには力だけでなく、事前の準備と段取りが要るんだ。……わかったか?」
俺の言葉に、ユートはコクリと深く頷いた。
さっきまでの無鉄砲な少年の顔つきが、少しだけ引き締まっている。
(……よし。これでこの馬鹿勇者の手綱は握った。キャルルとリーザの動かし方も大体掴めたな)
俺は心の中で小さくガッツポーズをした。
非正規雇用の精霊たちという内部の労働争議を抱えつつも、外部のヤバい債務者たちを指揮下に置くことには成功した。
最強の要塞農村『ポポロ村』までの道のりは、まだ半ば。
元・外資系コンサルの胃痛の種は尽きないが、俺たちのパーティーは確実に、最強の組織へと成長しつつあった。
読んでいただきありがとうございます。
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