EP 7
【出会い】冒険者ギルドの扉を開けたら、ヤバい奴らがタムロしていた
冒険者ギルド。
それは、ファンタジー世界における出会いとロマンの交差点であり、同時に『その日暮らしのフリーランスが日銭を稼ぐための巨大なハローワーク』である。
ルナミス帝国首都のギルドに足を踏み入れた俺は、むせ返るような酒と汗の匂いに、思わず鼻をしかめた。
建国者・佐藤太郎の残した100円ショップ概念のおかげで、ギルド内のインフラは近代化されている。電光掲示板のような魔導パネルに依頼がスクロール表示され、受付にはQR決済の端末が並んでいる。
しかし、そこに集まる人間たちの本質は変わらない。
(……非効率だな。どいつもこいつもうわべの強さ(レベル)や腕力だけでパーティーを組み、役割分担やリスクヘッジの概念が欠如している)
俺は【分析】スキルを密かに発動させながら、ギルド内の冒険者たちを値踏みした。
経営コンサルタントの視点から言えば、彼らの戦い方はワンマン経営の力押しだ。俺が求めているのは、俺という後衛の指示に的確に従い、それぞれの強みを最大化できる『優良な手駒』である。
魔導パネルの前に立ち、費用対効果(ROI)の高い依頼を探していると――ギルドの隅、特定の依頼書の前に群がる三人の男女が、ひときわ大きな声で揉めているのが目に入った。
「頼むよぉ! この『ポポロ村・地域応援隊』の依頼、俺にも噛ませてくれ! これをクリアして報酬をもらわないと、俺、来月にはマグローザ漁船にドナドナされちまうんだよぉッ!」
悲痛な叫び声を上げているのは、十六歳くらいの少年だった。
いかにも「勇者」といった風貌の整った顔立ちだが、身に纏っている鉄の鎧からは、ホームセンター『タローマン』の「初心者セット:1万円」という値札の剥がし跡がうっすらと見えている。
「マグローザ漁船? ふふっ、甘いですの。そんなもの、ルナミスのテント村で炊き出しのカレーを巡って鳩と死闘を繰り広げる日々に比べれば、生ぬるいレジャーですわ!」
少年に向かって、茹で卵とパンの耳をモソモソと咀嚼しながら説教しているのは、同じく十六歳ほどの少女だった。
天使のように愛らしい純真な顔立ちだが、なぜかルナミスデパートのワゴンセールで売られていそうな『芋ジャージ』を着て、足元は健康サンダル。しかも、その澄んだ瞳の奥には、ブラックホールのような強欲の光が渦巻いている。
「このクエストの報酬は、すべて私のアイドル活動の資金として没収……いえ、お布施していただきます! そうすれば、私は新しいマイクを買って、世界中のみんなに『Love & Money』を届けられるんですの! だから五円! 御縁! ハイッ!」
芋ジャージの少女が、謎のコール&レスポンスを一人で実演し始める。
「……あのね、二人とも。ちょっと静かにしてくれるかな?」
カオスな二人を宥めようとしているのは、三人目の少女だった。
現代風のラフなパーカーに、うさぎの耳。手にはダブルトンファーを持ち、足元には不釣り合いなほど無骨な『特注の鋼鉄入り安全靴』を履いている。
「私はこの依頼のクライアント兼、ポポロ村の村長なの。あんたたちみたいなワケありでも、戦力になるなら雇ってあげる。……でもね」
うさぎ耳の少女――キャルルは、ポッケから飴玉を取り出して口に放り込むと、ふわりと可愛らしい笑顔を浮かべた。しかし、その瞳からはスッとハイライト(光)が消え失せていた。
「もし、私の大切なポポロ村に傷をつけるような真似をしたら……その時は、この安全靴で顎をかち割って、お星様にしてあげるから。……いいわね?♡」
「「ヒッ……!?」」
「いい返事。じゃあ、これで三人。ギルドの規定だと、パーティーを組むにはあと一人、後衛か指揮役が必要なんだけど……」
――なるほど。
俺は少し離れた場所から、彼ら三人のスペックを【分析】で読み取っていた。
一見すると、借金まみれの馬鹿勇者、極貧の地下アイドル、そしてヤンデレの村長という、関わってはいけないスリーアウトの集団だ。
しかし、俺のコンサルタントとしての目は、彼らの内に秘められた『異常な潜在価値』を見逃さなかった。
(少年のユニークスキルは【ブレイブ】……民衆の支持で能力が跳ね上がる勇者特有のバフか。基礎の剣術も悪くない。芋ジャージの少女は人魚族の王族……スキル【貧乏神】? ふざけた名前だが、敵の運気や能力を強制没収するデバフとしては破格だ。そしてあの村長……身体能力の数値がバグってる。マッハで動けるインファイターか)
個々の能力は極めて優秀。
しかし、戦略的ビジョンがなく、マネジメントが完全に欠如しているため、ただの『不良債権』としてくすぶっている状態だ。
『おいボス! あいつら、いい肉盾になりそうじゃねェか!』
『そうですわ! 彼らを前衛でこき使えば、わたくしたち精霊の実働時間(残業)も減って、まさにウィンウィンですわ!』
脳内で、非正規雇用の精霊たち(イフリートとウンディーネ)がゲスな歓声を上げている。お前ら、本当に神の眷属か?
「……仕方ない。優良なベンチャー企業を立ち上げるには、これくらい尖った人材の方が扱いやすいか」
俺は小さく溜息をつき、漆黒の防刃ジャージのポケットに手を突っ込んだまま、彼らの輪の中へと歩み寄った。
「――お困りのようだな。そのクエスト、俺が四人目として入ってやろう」
突然声をかけられ、三人が一斉にこちらを振り向いた。
俺の姿(ジャージにシューズ、そして世界樹の杖)を見て、勇者の少年が目を瞬かせる。
「え、お兄さん……その後衛みたいな杖を持ってるけど、服装、近所のコンビニに行く途中みたいな格好だけど……強いの?」
「強さの定義にもよるが、少なくともお前らよりは『頭』が使える。お前たちは個々の能力は高いが、連携が皆無だ。俺が後ろから指揮してやる」
「マ、マネジメント……?」
聞き慣れない単語に、三人が首を傾げる。
俺は彼らの前に立ち、淡々と告げた。
「俺の名前はトーマ。職業は……そうだな、ただの経営コンサルタント(指揮官)だ。俺は絶対に前線には立たないし、一人で無双するような真似もしない。だが、俺の指示に従えば、お前たちを絶対に死なせず、最も効率的にこのクエストをクリアさせてやる」
俺は視線を少年に向けた。
「お前は借金を返したいんだろ?」
「う、うん! ルチアナっていう女神のアンテナショップで、この一万円の鎧を『伝説の神器だ』って百万円で買わされて……!」
(……あのクソ駄女神。どこまであくどい詐欺ビジネスを展開してるんだ)
俺は内心でルチアナへの殺意を覚えつつ、次は芋ジャージの少女を見た。
「お前は、アイドル活動の資金とやらが欲しいんだな?」
「はい! ファンの皆様の人生と時間とお金を全~部奪い尽くして、最高の幸せをあげるために!」
(……こいつが一番ヤバい思想(狂気)を持ってるな)
最後に、うさぎ耳の村長を見る。
「あんたは、村を守りたい。違うか?」
「ええ。ポポロ村の平和を脅かす奴は、全員お星様にするわ」
三者三様の、しかし強烈なモチベーション(動機)。
俺は薄く笑みを浮かべた。
「いいだろう。それぞれの利益は一致している。俺がリーダーを引き受ける。お前たちの無茶苦茶な能力を、俺が『盤面』で最適化してやる」
圧倒的な自信と、論理的な裏付けを感じさせる俺の態度に、三人は顔を見合わせた。
「……なんか、すっごく偉そうだけど。でも、嘘はついてないみたいね。私の耳がそう言ってるわ」
キャルルがトンファーを下ろし、ふっと微笑んだ。
「いいわ。あなたが私たちを上手く使えるっていうなら、信じてあげる。私はキャルル。ポポロ村の村長よ」
「俺はユート! 勇者の村出身だ! 借金返すために頑張るから、よろしくな、トーマ!」
「私はシーラン国の親善大使にして、絶対無敵のスパチャアイドル、リーザですの! トーマ様も、ぜひ私に五円玉を投げてくださいませ!」
こうして、ルチアナの詐欺被害者である馬鹿勇者、狂気の極貧アイドル(リーザ)、ヤンデレ村長、そして俺(元・過労死コンサル)。
後にアナスタシア世界を裏から支配することになる、最強で最悪の『地域応援隊』パーティーが結成されたのである。
(さて……まずはこの手のかかる不良債権どもを、どうやって優良アセットに育て上げるか)
『ヒャッハー! 前衛(肉盾)ゲットだぜ! これで俺たちは定時退社できるな!』
『トーマ社長、彼らの労災保険の加入はお済みで?』
脳内で騒ぐ非正規精霊たちをミュートにしながら、俺はギルドの受付へと依頼書を提出しに向かった。
読んでいただきありがとうございます。
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