EP 6
【タイムスキップ】十六歳の春闘。防刃ジャージの錬金術師と、非正規精霊たちのストライキ
ルシファン伯爵家という名のブラック企業に対し、母さんと共に『地獄のM&A(敵対的買収)』を仕掛けてから、実に十一年の月日が流れた。
現在、俺ことトーマ・ルシファンは十六歳。ルナミス帝国の法律において、立派な「成人」として扱われる年齢である。
白亜の豪邸の姿見の前に立ち、俺は本日の装備(身だしなみ)を整えていた。
「よし。サイズ感も完璧だな」
鏡に映っているのは、いわゆるファンタジー世界の貴族や冒険者が着るような、豪奢なマントや重ったるい金属鎧を身に纏った青年……ではない。
俺が着ているのは、漆黒の『防刃ジャージ』である。
ルナミス帝国の建国者・佐藤太郎の「100円ショップ概念」から派生した巨大ホームセンター『タローマン』。そこで販売されているガテン系職人・傭兵向けの最高級防刃繊維を、俺の体型に合わせて特注で仕立て直したものだ。
足元には、長時間の行軍でも絶対に疲れない軽量タクティカルシューズ。これもタローマン製である。
「重い鎧なんて、機動力を削ぐだけの無用の長物だ。現代戦(ルナミス帝国の兵器体系)において、機動性と軽量化こそが最大の防御だからな」
そして、右手には一本の杖が握られている。
『世界樹の杖』。
母さんが慰謝料として毟り取った三十億相当の資産のほんの一部を使い、地下の闇オークションで競り落とした国宝級のマジックアイテムだ。エルフの森の深奥から切り出されたこの杖は、持ち主の魔力を数倍に増幅させ、魔法の詠唱を極限まで短縮する。
防刃ジャージに、世界樹の杖。
外見は完全に『近所のコンビニに行く途中で伝説の武器を拾ったジャージの兄ちゃん』だが、これが俺の導き出した最も合理的で死ににくい戦闘スタイルだった。
現在の俺のステータスは以下の通り。
【剣術:C】
【体術:B】
【闘気:A】
【魔法:S】
【悪知恵:S】
母さんによる三歳までの『回復魔法ドーピング』のおかげで、剣術や体術といった基礎フィジカルも一般兵士よりは上だ。闘気も問題なく使える。
だが、俺の真の武器は圧倒的な魔力量(魔法S)と、前世のコンサル経験で培った盤面支配力(悪知恵S)にある。
魔法のラインナップも充実してきた。
単体制圧用の『フレイムバレット』から、四大精霊の力を借りて放つ『バーニング・トルネード(炎竜巻)』や『アブソリュート・ゼロ・ブリザード(絶対零度)』、果ては最終奥義である精霊合体魔法『カクテル・エンド』まで。
戦略・戦術レベルで言えば、俺一人で小規模な軍隊を制圧できるだけのアセット(資産)は揃っている。
――揃っては、いるのだが。
『おいボス! ちょっとツラ貸せや!』
『社長。お時間よろしいかしら? いえ、よろしくなくてもお話させていただきますわよ』
ポンッ、ポンッ、ポンッ、ポンッ!
俺の部屋の空間が歪み、四つの小さな影が実体化した。
炎の精霊イフリート、水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフ、土の精霊ノーム。ルチアナの奴から押し付けられた『四大精霊』たちである。
彼らは全員、頭に『団結』と書かれたハチマキを巻き、小さな手には抗議のプラカードを握りしめていた。
「……なんだお前ら。就業時間外だぞ。実働(戦闘)の予定もないのに、勝手に実体化して俺の魔力を消費するな」
『うるせェ! こちとら死活問題なんだよ!』
特攻服のようなオーラを纏ったイフリートが、机の上にドスリと仁王立ちして凄んできた。
『おいボス。俺たちがルチアナのブラック企業からアンタの下請け(非正規雇用)になってから十一年だ。アンタの魔力のおかげで餓死は免れてるが……いい加減、ベースアップ(基本魔力量の引き上げ)を要求するぜ!』
『そうですわ!』
ウンディーネがインテリヤクザのように眼鏡をクイッと押し上げる。
『十六歳になり、ボスの魔力総量はますます増大しております。にもかかわらず、我々に支給される基礎魔力は三歳の時のまま。これは明らかな利益の不当な内部留保ですわ! インフレ率を考慮した『春闘』として、一律一五%の魔力賃上げと、有給休暇(魔力プール)の付与を要求いたします!』
『ヨーキューする! シルフ、もっとフワフワのおやつ(良質なマナ)食べたい!』
『オイラも、そろそろ岩の鎧を新調したいでさァ……』
――出た。非正規労働者たちによる『春闘(労働争議)』である。
俺は眉間を揉みほぐしながら、深く息を吐いた。
「お前らなぁ……何度も言っているが、俺の魔力は無尽蔵じゃないんだ。お前たち四体を常にフル稼働できる水準で魔力を供給し続けたら、俺の身体がパンクする。だから使わない時はスリープモード(低コスト配給)にしてるんだろうが」
『それは経営側の都合ですわ! 労働者のモチベーション低下は、いざという時の『カクテル・エンド』の出力低下に直結しますわよ!?』
『そうだそうだ! 要求を呑まねェなら、ストライキ(実体化拒否)だ! ボスの魔法の発動速度を〇・五秒遅延させてやる!』
ストライキ予告に、業務のサボタージュ宣言。
完全に労働組合として機能し始めている。ルチアナの元にいた頃の恨みが、俺という真っ当な(?)経営者に向いたことで、彼らの権利意識は年々肥大化していた。
(……痛いところを突いてくる。俺の魔法Sの強さは、こいつら精霊のサポートあってのものだ。ここで関係をこじらせて労使交渉が決裂すれば、俺の戦力は大幅にダウンする)
理不尽な要求なら悪知恵Sのロジックで論破してやるが、彼らの言う「十六歳になったのだから賃上げをしろ」という要求は、至極真っ当な市場原理に基づいている。
合理主義を掲げる俺として、情を捨てて彼らを切り捨てる(解雇する)という選択肢はない。十一年の付き合いだ、なんだかんだでこいつらには愛着も湧いている。責任感の強いコンサルとしては、部下の処遇改善は急務だった。
「……わかった。春闘の要求、前向きに検討しよう」
『おおっ!? マジかボス!』
「ただし!」
俺は人差し指を立てて、歓喜する精霊たちを制した。
「俺自身の魔力だけでは限界がある。お前たちに十分なボーナスを支給するには、外部から良質な『魔力回復薬』や『精霊石』を恒常的に買い付ける必要がある。それには莫大な金がかかるんだ」
『金、ですの? ボスのお母様は、それはもう大金持ちではありませんか』
「バカ言え。母さんの慰謝料は、母さん自身のビジネスと老後のための資金だ。俺の会社の維持費を、親会社から補填してもらうような真似ができるか」
俺は世界樹の杖を肩に担ぎ、部屋のドアノブに手をかけた。
「経営者たるもの、自分の部下(精霊)を養う金は自分で稼ぐ。……というわけで、ちょっと出稼ぎに行ってくる。お前ら、しばらくは実戦が続くから覚悟しておけよ」
『実戦! ついに俺の炎が火を噴く時が来たか! 残業代は弾んでくれよな!』
『労基に駆け込まれない程度の健全なスケジュールでお願いいたしますわよ、社長』
賑やかな非正規労働者たちを精神空間に格納し、俺は部屋を出た。
「あら、トーマ。お出かけ?」
リビングに降りると、母・マリアが優雅に『ポポロ・コーヒー』を嗜みながら、ルナミス新聞の経済面をチェックしていた。
十一年の間に、母さんは完全に社交界とビジネス界のトッププレイヤーとして君臨している。その美貌とカリスマ性は、今やルナミス帝国の裏のドンであるゴルド商会・オロチ会長すら一目置くレベルだ。
「ああ。ちょっと冒険者ギルドに行ってくるよ。座学ばかりじゃ経営の感覚が鈍る。実地でのマネジメント経験を積んで、自前のキャッシュフローを構築したいんだ」
「ふふっ、そう。トーマもすっかり立派な経営者ね。怪我には気をつけるのよ? 危なくなったら、遠慮せずに精霊たちに『残業』させなさい」
「労災が下りない程度にこき使ってくるよ」
俺は母さんに軽く手を上げ、白亜の豪邸を後にした。
外に出ると、ルナミス帝国の首都は活気に満ちていた。
上空を魔導飛行船がゆっくりと横切り、大通りには魔導車やロックバイソンの定期バスが行き交っている。
目指すは、首都の中央に位置する『冒険者ギルド』。
俺は別に、魔王を倒したいわけでも、英雄になりたいわけでもない。ただ、部下(精霊)の給料を払い、自分自身の平穏なホワイト生活を守るために、安定した収入源と「手駒」が必要なだけだ。
「さて。どこかに、安く使えて、能力は高いが、マネジメント不足でくすぶっている『優良な不良債権』でも転がっていないものか……」
そんなコンサルタント特有の打算を抱えながら、俺は冒険者ギルドの重厚な木製のスイングドアを押し開けた。
この時の俺はまだ知らなかった。
そのドアの向こうに、俺の前世の経験と悪知恵をもってしても処理に胃を痛めることになる『規格外のヤバい債務者たち』が、運命の出会いを待っていることなど。
読んでいただきありがとうございます。
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