EP 3
三歳のスキル検査。駄女神のリストラと、押し付けられた非正規労働者(精霊)たち
アナスタシア世界において、人間の子どもが迎える最初の重大なマイルストーン(評価査定)。
それが、三歳で行われる『スキル検査』である。
ルシファン伯爵家の豪奢な、しかし調度品の手入れが行き届いていない大広間には、異様な緊張感が漂っていた。
上座のふかふかしたソファには、当主である父・ゴートンが腕を組んでふんぞり返っている。その隣には、扇子で口元を隠し、冷ややかな目を向けてくる第一夫人・エレノア(45)。さらにその足元には、腹違いの兄である長男ヴィンセントと次男ジュリアンが、親の真似をして偉そうにこちらを見下ろしていた。
「さあ、さっさとやれ。ルシファン家の血を引く者ならば、強力な『戦闘系スキル』が発現して当然。もし何の役にも立たんハズレスキルなどを引いてみろ、ただでさえ無駄飯食いの第三夫人とそのガキなど、即刻叩き出してくれるわ」
ゴートンがイラついた声で吐き捨てる。
その隣で、エレノアが「おほほ」と嫌味な笑い声を上げた。
「旦那様も厳しいお方。平民上がりの、それも『商人』などという卑しい血が混ざっているのです。高貴な闘気や魔法のスキルなど、発現するはずがありませんわ。せいぜい【計算】だの【清掃】だの、使用人のお手伝いスキルが関の山でしょうねぇ」
ネチネチとしたモラハラとマウントの応酬。
前世で幾度となく見てきた、腐敗した同族企業の典型的な『派閥争い』の構図だ。
俺の隣では、母・マリアが悔しさに唇を噛みしめながらも、俺の小さな手をギュッと力強く握ってくれていた。
(……心配するな、母さん。俺の本当のスペック(資産価値)は、あんたが一番よく知っているはずだ)
この二年間、母さんによる極秘の『回復魔法ドーピング』と、俺自身のマインドフルネスを用いた魔力・闘気のハイブリッド循環法により、俺の基礎ステータスは同年代の規格を遥かに超えている。
だが、あえてそれをひけらかす気はない。能ある鷹は爪を隠す。独立の準備が整うまでは、徹底的に『無害な穀潰し』を演じ切るのがコンサルの鉄則だ。
「それでは、トーマ様。こちらの『神託の水晶』に両手を触れてください」
ルチアナ教会から派遣されてきた神官が、恭しく台座の上に置かれた巨大な水晶玉を差し出した。
俺は頷き、ペタッと両手を水晶に押し当てる。
その瞬間だった。
――ピシャァァァァンッ!!
周囲の景色が、まるで電源を切られたテレビのようにフッと暗転した。
時間が停止し、ゴートンの怒鳴り顔も、エレノアの嘲笑も、完全に静止する。
そして次の瞬間、俺の意識は見覚えのある『四畳半のコタツ部屋』へと強制転送されていた。
「……またここか」
タバコのヤニの匂いと、ビールの空き缶。
三年前の赤ん坊転生時に連れてこられた、世界神ルチアナのプライベートルームだ。
「うわあああぁぁんっ! 健太郎くぅぅんっ!!(※現トーマ)」
ズザザザザザァァァッ!!
部屋の奥から、ピンク色のジャージを着たルチアナが猛ダッシュで現れ、俺の足元に見事なスライディング土下座を決めた。三年ぶり、二度目の土下座である。
彼女の目の下にはくっきりとクマが刻まれ、その手には『督促状(最終警告)』と書かれた赤い封筒が握られていた。
「おい、駄女神。神聖なスキル検査の途中で何の用だ。まさか、また資金繰りがショートしたのか?」
「そ、そうなのぉ! 今月の『ゴッドチューブ』の広告収益が激減しちゃって、サーバー維持費と月人君のファンクラブ更新料が払えないの! このままじゃ天界のブラックリスト(マグローザ漁船行き)に載っちゃうぅぅ!」
「だから自業自得だと言っているだろう。自己破産の手続きでもしてこい」
「神が自己破産したら世界が終わっちゃうでしょーが!」
ルチアナは畳をバンバンと叩きながら号泣している。
経営トップの散財により、組織のキャッシュが完全に枯渇している状態。救いようがない。
「で? 無い袖は振れないはずだが、俺にどうしろと?」
「あのね、固定費を……固定費を大幅に削減したいの……ッ!」
ルチアナが恐る恐る顔を上げ、俺の顔色を窺うように言った。
「私にはね、眷属として『四大精霊(シルフ、イフリート、ウンディーネ、ノーム)』が仕えているんだけど……あの子たち、維持するのにものすごい魔力がかかるのよ。今の私の台所事情じゃ、とてもじゃないけど養いきれないの……」
「……嫌な予感がするな」
「だから! あの子たちを、トーマ君のところで『パートタイム(非正規雇用)』として雇ってくれないかなって!!」
ポンッ! という間の抜けた音と共に、ルチアナの背後に四つの小さな影が現れた。
燃え盛る炎の小人、水の羽衣を纏った妖精、風を纏う小さな鳥、そして岩の鎧を着たずんぐりむっくり。
それが伝説に聞く『四大精霊』だったのだが――彼らの手には、それぞれ手作りのプラカードが握られていた。
『未払い魔力(給料)を支払え!』
『労働環境の改善を要求する!』
『不当解雇反対!』
『ルチアナ社長は辞任せよ!』
……完全に『春闘(労働争議)』の真っ最中だった。
「お前……自分の会社の従業員(精霊)の給料を未払いにした挙句、三歳児の俺に子会社への出向という形で押し付けようとしているのか? オフバランス化にも程があるぞ、悪徳経営者め」
「人聞きの悪いこと言わないでよ! これは業務提携よ! トーマ君のそのバカみたいな魔力量なら、精霊たちに餌(魔力)をあげるくらい余裕でしょ!?」
ルチアナは俺の足首にしがみつきながら必死に懇願する。
四大精霊たちも、俺に向かって『頼む、魔力をくれ、餓死する』とばかりにプラカードを振り回していた。
「断る。強力な精霊なんて従えているのがバレたら、それこそあのクソ親父に目をつけられて、軍事力として死ぬまでこき使われるに決まっている。俺は『無能の穀潰し』として平和に実家を追放されたいんだ」
「大丈夫! そこは私が神の権限で、査定(スキル判定)を偽装してあげるから!」
ルチアナは親指をグッと立てて、ドヤ顔を決めた。
「精霊を顕現させるユニークスキルは隠蔽して、外からは『スキル無し』に見えるように細工するわ! これで晴れて無能認定よ! 誰も君を脅威に思わない! PV(再生数)の稼ぎどころである『最底辺からのざまぁ展開』の準備も完璧! ウィンウィンでしょ!?」
「……神が不正会計(粉飾決算)を堂々と提案してくるな。コンプライアンスはどうなってるんだ」
「お願い! この通り! 精霊たちを養ってぇぇぇっ!!」
再びスライディング土下座。
俺は深い溜息をついた。
(……まあ、強力な精霊を裏で使役できる手札自体は、悪くない。表向きは無能を装いつつ、いざという時の圧倒的な武力・防衛力として機能させることができるなら、費用対効果(ROI)はプラスか)
「……いいだろう。ただし、コイツらはあくまで『非正規雇用』だ。俺が契約(マナ供給)を打ち切ればいつでも切れるよう、俺に絶対的な人事権を持たせる。それでいいな?」
「も、もちろん! あー助かったぁぁ! これで月人君のファンクラブ会費が払えるわぁ!」
「お前、今すぐ社長辞めろ」
呆れ果てた俺のツッコミを最後に、再び視界がまばゆい光に包まれた。
「――出ました! 判定が出ましたぞ!!」
神官の甲高い声と共に、意識が現実世界のルシファン家の広間へと引き戻される。
水晶玉からは、ひ弱な、パッとしない鈍い光が放たれていた。
「おお! どうだ! 剣神か? それとも爆炎か!?」
ゴートンが前のめりになって尋ねる。
神官は水晶に浮かび上がった文字を見て、ひどく気まずそうに顔を青ざめさせ、ゴートンと俺を交互に見比べた。
「そ、それが……。トーマ様のユニークスキルは……『該当なし』、です」
「……なんだと?」
大広間が、水を打ったように静まり返る。
ユニークスキル無し。それは、このアナスタシア世界においては、神からの加護を一切受けていない『完全なる凡人以下』の烙印であった。
「し、しかし! 一般スキルとして【算術】と【分析】の適性が確認されました! これは商人や文官としては極めて優秀な――」
「ええい、黙れッ!!」
ゴートンが激昂し、傍らにあった高級な花瓶を床に叩きつけた。
ガシャンッ! という鋭い破砕音が響き渡る。
「貴族の家に生まれながら、戦闘スキルを持たぬ無能だと!? その上、よりにもよって【算術】だと!? マリア! 貴様の卑しい血が、ルシファン家の輝かしい系譜に泥を塗ったのだぞ!!」
「……申し訳ありません、旦那様」
マリアは静かに頭を下げたが、俺の隣で握るその手には、確かな怒りと闘志が宿っていた。(母さんは俺の本当の魔力を知っているのだから、当然だ)
「おほほほほ! 聞いたこと? ヴィンセント、ジュリアン。あれが『無能』の標本ですわ。剣すら振れぬ穀潰しなど、この家には不要なゴミ。いずれ屋敷の隅で埃を食って生きるしかありませんわね」
エレノアが高笑いし、兄たちが俺を指さして「ゴミだー」「商人女の出来損ないー」と囃し立てる。
ゴートンは忌々しそうに俺を睨み下ろした。
「……五歳だ。五歳の『魔力検査』で、もし魔力すら平均以下であれば、その時は貴様ら母子まとめて、この家から永久に追放してくれるわ! 二度と俺の視界に入るなッ!」
怒りの足音を響かせて、ゴートンとエレノア派閥が広間から去っていく。
残されたのは、粉々になった花瓶と、俺たち母子だけだった。
「……怖かったわよね、トーマ。ごめんなさいね」
母さんがしゃがみ込み、俺を抱きしめる。
だが、俺の心の中は驚くほど冷徹で、そして澄み切っていた。
(ああ、予想通りだ。やはりあの親父の目は節穴だ。物事の表面上の『数字(スキル表記)』しか見れず、裏に隠された真のアセット(資産)を見抜けない。あんな経営者では、市場の淘汰の波に飲まれるのは時間の問題だ)
脳内からは、『よっしゃあ! 魔力供給だ! 飯の時間だコラァ!』と、新しくパートとして雇い入れた四大精霊たちの下品な歓声が響いてきている。
俺は心の中で『静かにしろ、まだ就業時間外だ』と指示を出しながら、母さんの背中をポンポンと小さな手で叩いた。
(……準備は整った。【算術】と【分析】。コンサルタントとしては申し分のないスキル構成だ。加えて、裏の戦力として精霊も確保した)
ここからは、五歳の追放宣告(独立記念日)に向けた、完璧な『実家(ブラック企業)破壊と慰謝料請求』のシナリオを組むだけだ。
無能の烙印を押された三歳児の俺は、母さんの胸に抱かれながら、誰にも見えない冷たい笑みを浮かべたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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