EP 14
【事後処理】借金完済に泣く勇者と、違和感に気づいた元外資系コンサル
翌朝。
ポポロ村の広場は、昨晩の激闘が嘘だったかのような熱気と歓喜に包まれていた。
「すげぇ……あの三百の群れとキマイラを、村の被害ゼロで全滅させちまうとはな。俺の教員生活(ドンガン通信講座含む)でも、こんな完璧な戦術は見たことねぇぜ」
ポポロシガーを美味そうに吹かしながら、植物人の教師・ネギオが呆れたように笑う。
彼の背後では、村の自警団や農家のおっちゃんたちが、広場に積み上げられた魔獣の素材(魔石、キマイラの牙や毛皮など)をせっせと解体・仕分けしていた。
これらの素材は、すべて討伐者である俺たち『地域応援隊』の所有物となり、冒険者ギルドや商業ギルドで換金される。三百匹分の雑魚の魔石に加え、ボス格であるキマイラ三体分のレア素材。その査定額は、控えめに言っても莫大なものになっていた。
「いやぁ、トーマ様! わたくし、感動いたしましたわ!」
芋ジャージ姿のリーザが、仕分けられた金貨の山にダイブして頬ずりしている。
「これだけの臨時収入があれば、パンの耳生活から卒業して、毎食ルナキンでハンバーグランチが食べられますわ! ああっ、硬貨の匂いって最高ですのーッ!」
「リーザちゃん、よだれ、よだれが出てるわよ」
キャルルが苦笑しながら、泥だらけになったリーザのジャージをハンカチ(人参の刺繍入り)で拭いてやっている。
だが、誰よりもこの報酬に歓喜し、感情を爆発させている男がいた。
馬鹿勇者、ユートである。
「う、ううっ……うわああぁぁぁぁんッ!!」
彼はタローマン製の鉄盾を放り出し、金貨が入ったズタ袋を抱きしめて、子供のように大号泣していた。
「か、返せる……! これで、借金が全額返せるぞぉぉぉッ! マグローザ漁船に乗せられて、チンチロで地下労働を抜け出す夢を見なくて済むんだぁぁぁッ!!」
「……おい、泣きすぎだ。鼻水が金貨について減価償却(価値が落ちる)するだろうが」
俺は防刃ジャージのポケットに手を突っ込んだまま、呆れ声でツッコミを入れた。
とはいえ、彼の気持ちも分からなくはない。十六歳の少年が、悪徳ローンで百万円もの借金を背負わされ、常に『マグローザ漁船(遠洋強制労働)』の恐怖に怯えていたのだ。そのプレッシャーから解放されたとなれば、涙の一つや二つも流れるだろう。
「と、トーマぁ! 本当にありがとうな! お前が作戦を立ててくれなかったら、俺、絶対に死んでた! お前は俺の恩人だぁぁっ!」
「鼻水をこすりつけるな。俺は自分の利益(ホワイト生活)のために動いただけだと言ったはずだ」
すがりついてくるユートの顔面を世界樹の杖で押し返しつつ、俺はふと、ある『違和感』を覚えた。
(……待てよ。こいつの装備は、ホームセンター『タローマン』で売っている初心者用の量産品だ。原価はどう見積もっても一万エニックス(円)程度。それを、百万円のローンで組まされたと言っていたな)
前世で幾多の悪徳企業や詐欺的な金融スキームを見てきた、元・外資系コンサルタントの血が騒いだ。
「なあ、ユート」
「ぐすっ、なんだよぉ?」
「お前がその借金を背負わされたっていう『契約書』、今持っているか?」
「え? う、うん。大事なものだから、鎧の内ポケットにずっとしまってあるけど……」
ユートは鼻をすすりながら、ゴソゴソと鎧を探り、四つ折りにされた羊皮紙を取り出した。
汗と泥で少し汚れているが、そこには確かに『武器防具・割賦販売契約書』という見出しが印字されていた。
「ちょっと見せろ」
俺はユートから契約書を受け取り、視線を落とした。
販売元は『ルチアナ・アンテナショップ』。
……あのクソ駄女神の直営店か。嫌な予感しかしない。
俺は、契約書の条項を上から順に、高速でスキャン(精読)していった。
【第一条(売買目的物)】
乙は、甲より、『伝説の勇者装備・三種の神器(鉄の剣・鉄の盾・鉄の鎧)』を、特別価格一〇〇万エニックスにて購入するものとする。
(……完全に不当表示(優良誤認)だな。一万円の量産品を伝説の神器と偽って百倍の価格で売りつける。この時点で詐欺罪が成立する)
【第二条(支払期限)】
支払いは乙が二〇歳に達した時点から開始し、月々……
そこまで読んで、俺の視線が契約書の最下部、余白とも思える部分にピタリと止まった。
そこには、普通の人間なら虫眼鏡を使わなければ読めないような、極小の文字で、こう記載されていたのだ。
『※特約事項:万が一、二〇歳時点で支払いが一エニックスでも滞った場合、遅延損害金として年利三〇〇%を付加し、直ちにマグローザ漁船へとドナドナ(強制労働出向)されるものとする。なお、本契約に対する異議申し立ては天界法廷においてのみ受け付ける』
「…………」
スウゥゥッ、と。
俺の周囲の空気が、急激に冷え込んだ。
いや、魔法を使ったわけではない。ただ純粋に、俺の中から『経営コンサルタントとしての極大の怒りと殺意』が漏れ出したのだ。
「と、トーマ……? なんか、急に顔が怖くなったけど……」
「ひぃっ!? トーマ様の目が、昨日のキマイラよりも冷酷な氷の目に変わりましたわ!?」
ユートとリーザが一歩後ずさる。
俺は、無表情のまま契約書をパチンと弾いた。
「おい、ユート」
「は、はいッ!」
「お前、この『伝説の神器(タローマン製)』を買わされた時、クーリングオフ(無条件解約)の説明は受けたか?」
「くーりんぐ……おふ? なんだそれ? ルチアナ様は『アナスタシア世界の平和のために君が必要なの! サインして!』って言って、ニコニコしながらペンを渡してきただけだぞ?」
「……なるほど。特定商取引法違反、不実告知、さらには未成年者に対する不当な契約の締結。そしてこの極小文字による強制労働の特約(公序良俗違反)。役満だ」
俺は契約書を丸め、ギリィッ! と力強く握り潰した。
「これは『借金』じゃない。ただの違法な『詐欺契約』だ」
「えっ……さ、詐欺……?」
キョトンとするユートに、俺は一つ溜息をついて説明した。
「ルナミス帝国の法律は、建国者の佐藤太郎によって現代地球に近いレベルまで整備されている。未成年者が法定代理人(親)の同意なしに結んだ高額な契約は、そもそも無効化(取り消し)が可能なんだ。それに加え、商品の価値を不当に偽り、不利益な条項を意図的に読めないサイズで隠蔽している。こんなものは、帝国の裁判所に持っていけば三秒で破棄される代物だ」
「な、なんだってェェェェッ!?」
ユートが、目玉が飛び出んばかりに驚愕した。
「じゃ、じゃあ俺……マグローザ漁船に乗らなくていいのか!?」
「当たり前だ。払う必要すらない」
俺は丸めた契約書をユートの胸に押し付けた。
コンサルタントとして、これほど舐められた契約書を見過ごすわけにはいかない。俺のクライアント(パーティーメンバー)を、あんなカード破産寸前の駄女神の資金繰りに利用させるなど、プライドが許さない。
「トーマ様! つまり、この百万円は払わなくてよくて、今回稼いだお金は全部私たちの手元に残るということですのね!?」
リーザがヨダレを垂らしながら計算している。
「あいつ……世界神のくせに、子供を騙してそんなあくどい商売をしてるのね。……私の可愛い仲間を虐めるなんて。安全靴で顔面を『お星様』にしてやりたいわ♡」
キャルルが安全靴のつま先をコンコンと鳴らし、ヤンデレ特有の底知れぬ闇を覗かせた。
「おい、お前ら」
俺は、防刃ジャージのジッパーを首元まで引き上げ、冷徹な声で告げた。
「クエストは完了した。報酬の換金は後回しだ。……今から、首都に帰還する」
「えっ、帰還してどうするんだ?」
ユートが不思議そうに首を傾げる。
俺は世界樹の杖を肩に担ぎ、極上の、そして最高に邪悪な『悪知恵(S)』の笑みを浮かべた。
「決まっているだろう。悪徳業者のアンテナショップにカチコミをかけるんだ。クーリングオフの期間は過ぎているかもしれないが、詐欺による契約取り消しなら時効にはならない。……あの駄女神に、現代コンプライアンスの恐ろしさと、圧倒的な『法的・物理的制裁』を叩き込んでやる」
三百の魔獣を全滅させた直後だというのに、俺たちのパーティーの士気は、かつてないほどに跳ね上がっていた。
「うおおおおッ! 俺の涙を返せルチアナァァァッ!」
「慰謝料もふんだくりますわよーッ! 五円! 御縁! ハイッ!」
「ふふっ♡ 顎の骨、粉々に砕いてあげる」
馬鹿勇者、強欲アイドル、ヤンデレ村長。
この最高に手のかかる、だが最高に頼もしい『アセット(仲間)たち』を引き連れて。
元・過労死コンサルタントの俺は、因縁の始まりである駄女神の元へ、地獄のクレーム処理(報復)へと向かうのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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