EP 13
【決着】非正規精霊の残業と、馬鹿勇者の一撃
退路を巨大な火炎竜巻に塞がれ、完全にポポロ村の広場に孤立した三体のキマイラ。
死を悟った野獣が最後に取る行動は、いつの時代も決まっている。己の命を削ってでも、目の前の敵を道連れにする『捨て身の特攻』だ。
「グルルルォォォォォォォォッ!!」
三体のキマイラが、同時に鼓膜を破るような咆哮を上げた。
その巨体を覆うように、赤黒く、禍々しい高密度の魔力が噴き出す。それは瞬く間に硬質化し、キマイラたちの皮膚の上に分厚い『絶対防御』の装甲を形成した。
さらに、獅子の口からは灼熱の火炎が、毒蛇の尻尾からは紫色の毒霧が漏れ出し、周囲の空気を歪ませている。
完全な最終フェーズ(発狂モード)への移行だ。
「くっ……! なんだあの赤黒いオーラ! さっきまでの攻撃が全然通じねぇような気がするぞ!」
最前線で盾を構えるユートが、ビリビリと肌を刺すプレッシャーに顔をしかめる。
「ユート! 絶対に前線を下げるな! お前が動けば、後ろの畑と家屋に被害が出る!」
「わかってる! 俺は一歩も引かねぇ!!」
ユートが両足を踏み張り、安い鉄盾の裏で歯を食いしばる。
リーザの『Love & Money』の歌声による極大バフが彼を支えているとはいえ、発狂状態のキマイラ三体の猛攻を、一万円の初心者装備で受け切るのは物理的に不可能に近い。
だが、それでいい。
コンサルタントの描く戦略において、前衛の仕事は『敵を倒すこと』ではなく、『敵を一定の座標にピン留めすること』なのだから。
「ユート、キャルル、リーザ。よくやった。お前たちの完璧な働き(タスク)のおかげで、俺の魔法の『射線』が完全に通ったぞ」
俺は世界樹の杖を構え、漆黒の防刃ジャージを風に揺らした。
(さて。どんな強固な企業の防衛策も、急激な市場の温度変化には耐えられない。……出番だ、ウンディーネ、ノーム!)
『お待ちしておりましたわ、社長!』
『へへっ、残業代の分はキッチリ働かせてもらいまさァ!』
脳内で、深夜割増手当に目が眩んだ非正規雇用の精霊たちが歓喜の声を上げる。
「まずは冷却だ。……ウンディーネ、奴らの魔力装甲ごと、細胞の動きを完全に停止させろ」
『承知いたしましたわ! 極寒の凍結、お見舞いいたします!』
俺の杖の先端から、膨大な水と氷の魔力が解き放たれた。
周囲の気温が、一瞬にして数十度も急降下する。初夏のポポロ村に、季節外れの猛吹雪が吹き荒れた。
「――『アブソリュート・ゼロ・ブリザード(絶対零度の吹雪)』!」
ピキッ、ピキピキピキィィィッ!!
キマイラたちを包んでいた赤黒い絶対防御のオーラが、猛烈な冷気によって急速に凍結していく。
高熱を帯びていた魔力装甲が、一気に絶対零度近い温度まで冷却されたことで、その結合組織に致命的な『歪み』が生じたのだ。
「ギャウゥッ!?」
関節を凍らされ、動きが鈍るキマイラたち。
「次だ、ノーム! 装甲が脆くなっている今、一点集中で物理的破壊を叩き込め!」
『オラァァァッ!! 粉々になりなせェ!!』
俺の足元の地面が隆起し、超高密度に圧縮された巨大な『岩のドリル』が三本、空中に生成された。
ドリルは凄まじい回転を始め、空気を削るような駆動音を響かせる。
「――『ロック・ドリル・クラッシャー』!」
ギュルルルルルルルッッッ!!
射出された三本の岩のドリルが、氷漬けになって脆くなったキマイラたちの絶対防御(赤黒いオーラ)に直撃する。
ガラスが割れるような、甲高い破砕音。
温度差による強度低下と、超回転の物理貫通。二つの事象が組み合わさった結果、キマイラたちの誇る無敵の装甲は、あっけなく粉々に砕け散った。
「グガァァァァァァッ!?」
装甲を引っ剥がされ、生身を晒して悲鳴を上げる三体のキマイラ。
「す、すげぇ! あのヤバそうなオーラが一瞬で……!」
「驚いている暇はないぞ、ユート。奴らは装甲を失ったが、まだ死んじゃいない」
俺の警告通り、手負いとなったキマイラたちは、口から炎と毒霧を吐き出しながら、最後の悪あがきとばかりに四方八方へと暴れ始めた。
一体がユートに向かい、もう一体が給水塔のリーザへ、そして最後の一体が俺の魔法を阻止すべくこちらへ突進してくる。
「あら。村長を無視するなんて、随分と教育がなってない悪い子たちね?♡」
だが、その全方位への散開を、マッハの速度で動くヤンデレ村長が許さなかった。
キャルルが空気を蹴って三角飛びを行い、リーザや俺に向かおうとしたキマイラの顔面に、特注の安全靴で強烈な飛び蹴りを叩き込む。
「月影流――乱れ流星脚ッ!」
ダァァァンッ! ドォォォンッ!
巨体がボールのように蹴り飛ばされ、三体のキマイラは再び、村の広場の中央へと強制的に一まとめにされた。
「完璧な陣形維持だ。キャルル、よくやった」
俺は世界樹の杖を両手で構え直した。
陣形は整った。敵の装甲は剥がした。味方のバフも乗っている。
これより行うのは、この戦役を完全に黒字(勝利)でクローズさせるための、最終決済である。
(……シルフ、イフリート、ウンディーネ、ノーム。全員出勤(フル稼働)だ。お前たちの属性を全て融合させる。計算式は俺がやる。暴発だけは絶対にさせるなよ)
『『『『オオオオォォォォッ!! 残業代! 残業代! 残業代!!』』』』
……金(魔力)の亡者どもめ。頼むからこの戦いが終わった後、天界の労基(労働基準監督署)に駆け込んだりしないでくれよ。俺のホワイト生活が監査対象になってしまう。
そんなくだらない愚痴を内心でこぼしながらも、俺のコンサルタントとしての頭脳は、恐るべき速度で『四属性の魔法式』を編み上げていた。
風が渦を巻き、水がそれを冷却し、土が質量を与え、炎が爆発的な膨張力を生み出す。
相反する四つの力が、世界樹の杖の先端で極小の特異点のように収束していく。
それは、四大精霊の力を完璧にマネジメントできる者にしか放てない、絶望的で美しい破壊の象徴だった。
「これで……終業だ」
俺は、杖を広場の中央に固まったキマイラたちへと向けた。
「四大精霊合体魔法――『カクテル・エンド』!!」
カァァァァァァッッッ!!!
放たれたのは、七色に輝く極光の渦だった。
それは三体のキマイラを飲み込むと、広場の中央に『巨大なミキサー』のような空間を作り出した。
炎の熱と氷の冷気が交互に細胞を破壊し、風の刃が肉を切り裂き、岩の質量が骨を砕く。四つの属性が完璧なカクテルのように混ざり合い、キマイラたちから一切の抵抗力を奪い去っていく。
「グ、ギャァァァァァァァァッ……!?」
空中に浮かされ、為す術もなくズタボロにされていくキマイラたち。
だが、俺はこの魔法の威力を『あえて』致死量の一歩手前で調整していた。
「な、なんだよこれ……トーマ、お前一人で魔王倒せんじゃねぇのか……?」
あまりの惨状に、ユートが盾を下ろして呆然としている。
「馬鹿を言うな。俺はコンサルタント(裏方)だ。プロジェクトの最後の華(手柄)は、現場の人間が飾るべきだ」
「えっ?」
俺は杖を下ろし、荒い息を吐きながら、ユートの背中をドンッと叩いた。
「敵の防御は完全にゼロだ。体力も残り一ミリ。……ユート。お前のその剣で、あの三体の息の根を止めろ。これが、お前への報酬だ」
「トーマ……!」
ユートの瞳に、再び『勇気』の炎が宿る。
俺がすべてを整えたこの完璧な盤面。その中心で、馬鹿勇者は自身の役割を完全に理解した。
「ああ……任せとけ! 俺が決めるッ!!」
ユートが、タローマン製の鉄の剣を両手で上段に構え、深く腰を落とした。
リーザのバフと、【ブレイブ】の真の力が共鳴し、安い鉄の剣に膨大な雷の魔力が収束していく。
迷いのない、一直線の殺意と勇気。
「うおおおおおおッッ!!」
地面を蹴り、ユートが雷光となって弾け飛んだ。
マッハの速度ですれ違いざまに、三体のキマイラの首を同時に捉える。
「――『ライトニング・ブレイク』ッ!!」
ズバァァァァァァンッッッ!!!
閃光。そして、遅れて轟く雷鳴。
一億ボルトの電流を纏った鉄の剣が、『カクテル・エンド』で抵抗力を失っていた三体のキマイラの首を、見事に、そして完璧に一刀両断した。
ドスゥン……!!
首を失った三つの巨体が、地響きを立てて地に伏せる。
キマイラたちの身体が徐々に光の粒子(魔素)となって消え去り、後には静寂だけが残された。
「……た、倒した……」
剣を振り抜いた姿勢のまま、ユートが震える声で呟く。
村の時計台の鐘が、戦闘の終了を告げるように鳴り響いた。
「やった……やったぞぉぉぉぉッ!! 俺たち、全員守り切ったんだぁぁぁッ!!」
ユートが天に向かって剣を突き上げ、雄叫びを上げる。
「やりましたわーッ! これで報酬も素材も丸儲け! スパチャ大回収ですわーッ!!」
給水塔からリーザが飛び降りてきて、歓喜の舞を踊り始める。
「ふふっ。村の畑、一本も踏み荒らされなかったわ。トーマ、本当に約束を守ってくれたのね」
キャルルが安全靴の血糊を払いながら、頬を染めて俺を見つめてくる。
『『『『よっしゃァァァァ! 仕事終わり! 帰って寝るぜボス!!』』』』
脳内では、残業代(魔力)をたっぷり吸い上げた精霊たちが、満足げにスリープモードへと移行していく。
俺は、疲労で少し重くなった身体を伸ばし、夜空を見上げた。
「……ああ。完璧なプロジェクト・クロージング(黒字決済)だ」
三百の魔獣群と、三体のキマイラ。
誰一人欠けることなく、村の被害もゼロ。
俺のコンサルティングと、ヤバい仲間たちのチームワークが生み出した、完全無欠の勝利だった。
読んでいただきありがとうございます。
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