EP 15
アンテナショップへのカチコミと、女神の土下座(三回目)。悪徳企業を粉砕し、裏ボスのマネジメント生活が幕を開ける
ルナミス帝国の首都、その裏路地にひっそりと佇む怪しげな店舗。
擦り切れたオーニングテントには、『ルチアナ・アンテナショップ~伝説の武具から開運グッズまで~』という、いかにも胡散臭い看板が掲げられていた。
「ここだな。……どう見ても、クーリングオフ逃れを前提とした悪徳業者のダミー店舗だ」
漆黒の防刃ジャージに身を包んだ俺は、世界樹の杖を肩に担いだまま、忌々しげにその扉を見据えた。
俺の後ろには、怒りに肩を震わせる馬鹿勇者ユート、特注の安全靴をアスファルトに打ち付けてウォーミングアップをするヤンデレ村長キャルル、そして「お賽銭箱型掃除機」をいつでも召喚できるよう準備体操をしている強欲アイドル・リーザが控えている。
「行くぞ。交渉の基本は、相手に準備の暇を与えない先制攻撃だ」
俺は一切の躊躇なく、店のドアを蹴り開けた。
カランカラン、と間抜けなドアベルの音が鳴り響く。
「い、いらっしゃいまーせー……って、あら!?」
薄暗い店内のカウンターの奥。
そこにいたのは、ピンク色の芋ジャージに健康サンダルという、俺がコタツ部屋で出会った時と全く同じ姿の駄女神、ルチアナ(永遠の17歳)だった。
彼女はカウンターいっぱいに『朝倉月人』のアイドルうちわや、アクリルスタンドを広げ、ニヤニヤしながら検品作業(オタ活)をしている最中だった。
「け、健太郎く……じゃなかった、トーマ君じゃない! どうしたの、いきなり! あ、もしかしてゴッドチューブのPV(再生数)をドカンと稼いでくれた報告かしら!?」
「黙れ、悪徳経営者」
俺はカウンターに歩み寄り、月人のアクリルスタンドを無慈悲に脇へ押しやると、一枚の羊皮紙をバンッ! と叩きつけた。
ユートから預かった、『武器防具・割賦販売契約書(百万円ローン)』である。
「な、なによこれぇ……?」
「とぼけるな。不実告知、特定商取引法違反、暴利行為。タローマンで一万円で買える初心者セットを『伝説の神器』と偽り、未成年の少年に年利三〇〇%の借金を背負わせる。おまけに特約でマグローザ漁船への強制労働まで仕込んでいるとはな。天界のコンプライアンスはどうなってるんだ?」
「ギクゥッ!?」
ルチアナが、カエルのように引きつった声を上げた。
その後ろから、ユートが涙目になりながら身を乗り出す。
「ル、ルチアナ様! あんた、神様なのに俺を騙してたのかよ! 俺、マグローザ漁船に行きたくなくて、毎日死に物狂いで泥水すすって魔獣狩ってたんだぞ!」
「あ、あははは……ち、違うのよユート君! これは君に『試練』を与えるための、神聖なハードルというか、モチベーションアップのためのスパイスというか……!」
「言い訳が見苦しいわね」
トンッ、と。
カウンターの上に、キャルルが特注の安全靴を乗せた。
「私の可愛い仲間を騙して、地獄を見せた罪は重いわよ。……あなた、神様なら、顎の骨を粉々に砕かれても自然治癒するのかしら? 試してあげましょうか?♡」
「ヒィィィッ!? め、目が笑ってない! この兎耳の子、目が完全に据わってるぅ!」
「五円! 御縁! ハイッ! さあ、慰謝料としてこの店のレジの中身、バックヤードの在庫、そしてあなたの電子マネーの残高まで、すべて私のお賽銭箱に吸い込ませていただきますわーッ!!」
「や、やめてぇぇっ! それだけは! 明日のソシャゲのガチャ更新費用が入ってるのぉぉぉっ!!」
物理と財務の両面から追い詰められ、ルチアナは涙目でカウンターの隅に追い詰められた。
だが、さすがは図太い駄女神である。彼女はギリギリのところで開き直り、ふんぞり返った。
「ふ、ふんっ! いくら君たちが文句を言っても無駄よ! その契約書にはね、『異議申し立ては天界法廷でのみ受け付ける』って書いてあるの! 人間の法律なんて私には通用しないんだから! どうしても取り消したいなら、天界まで来て裁判しなさいよねっ!」
悪徳業者がよく使う『管轄合意条項の悪用』だ。
だが、俺はそんな小賢しい逃げ道を許すほど、甘いコンサルタントではない。
「ほう。天界法廷ね。……いいだろう。法的な手続きが面倒なら、もっと手っ取り早くて効果的な『内部告発』をしてやる」
「……え?」
俺は世界樹の杖でカウンターをコンコンと叩き、顔を近づけて、底冷えのする声で囁いた。
「この契約、今すぐ破棄しないなら……お前がアバロン魔皇国の魔王ラスティアと一緒に、福岡の『朝倉月人ライブツアー』にお忍びで遠征していること。そして、お前が自分のカード破産を隠すために、この馬鹿勇者を騙して『魔王討伐のPV』をヤラセで捏造しようとしていたこと。……全部、魔王ラスティア本人にバラすぞ」
ピタリ、と。
ルチアナの動きが、完全にフリーズした。
「ラスティアは、本気でエンタメ(PV)を楽しみにしている魔王だ。お前が裏で勇者を借金漬けにして、魔王の城に辿り着く前に潰そうとしていたと知ったら、どうなるだろうな? 激怒したラスティアが、お前のこのふざけたアンテナショップに『ブラック・ホール』を撃ち込んでくるんじゃないか?」
「あ……あわわ……」
「おまけに、天使長のヴァルキュリアにも『世界神が未成年相手に詐欺を働いて国費(予算)をソシャゲに溶かしている』と投書してやる。五時間の正座説教どころじゃ済まないだろうな」
――ガチャンッ。
ルチアナの手から、朝倉月人のアクリルスタンドが滑り落ちた。
魔王ラスティアのブラックホール。
天使長ヴァルキュリアの終わらない説教と物理的制裁。
その二つの恐怖(コンプライアンス違反の代償)を正確に突きつけられ、ルチアナの顔面から急速に血の気が引いていく。
「さあ、どうする? 契約を白紙に戻して慰謝料を払うか、それとも魔王と天使長に挟まれて宇宙の塵になるか。……三秒で選べ(Make a decision)。三、二、一――」
「うわあああぁぁぁぁんっっ!!!」
――ズザザザザザァァァァッッッ!!!
ルチアナはカウンターを飛び出し、床を滑るようにして、本日、俺の人生で三度目となる『完璧なスライディング土下座』を決めた。
「ごめんなさぁぁぁぁいっ!! 私が悪かったですぅぅ! 契約書は破棄します! 借金もチャラにします! だからラスティアとヴァルキュリアちゃんには言わないでぇぇぇっ!!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、床に額を擦りつける世界神。
俺は冷たい目で見下ろし、手元の契約書をビリビリに破り捨てた。
「交渉成立だ。……おいリーザ。そこのレジに入ってる金と、棚にある高そうなポーション類、全部慰謝料として袋に詰めろ」
「はいですわーッ!! 略奪の始まりですのーッ!」
「ああっ! 私の月人君グッズの資金があぁっ!」
「自業自得だ。次やったら、容赦なく監査を入れるからな」
俺は泣き叫ぶルチアナを放置し、呆然としているユートの背中を叩いた。
「終わったぞ、ユート。お前の借金は、今この瞬間をもってゼロだ」
「ト、トーマぁぁぁ……ッ!!」
ユートは再び大号泣し、俺の防刃ジャージに鼻水をこすりつけようとしたので、世界樹の杖で物理的に距離を取った。
「ふふっ。トーマって、本当にエグい(有能な)人ね。ますます惚れ直しちゃったわ♡」
キャルルが安全靴をしまいながら、嬉しそうに俺の腕に抱きついてくる。
こうして、ルチアナの悪徳ビジネスは粉砕され、俺たち『地域応援隊』は、完全な自由と莫大な慰謝料を手に入れたのだった。
数時間後。
ルナミス帝国の首都にある24時間営業ファミレス『ルナミスキング(通称ルナキン)』。
俺たちは、借金完済とクエストの大成功を祝して、盛大な打ち上げ(ディナー)を行っていた。
「うめぇぇぇ! この『シープピッグのニンニクアブラ飯』、最高だぜ! 借金がない状態で食う飯って、こんなに美味かったんだな!」
ユートが、顔をご飯粒だらけにしながら特盛の丼をかき込んでいる。
「ふふふっ……私、パンの耳以外のものを食べるの、何ヶ月ぶりかしら……! この『ハンバーグ・ルナミス風』、肉汁が……肉汁が溢れてきますのぉぉっ!」
リーザは感動のあまり滝のような涙を流しながら、ハンバーグをナイフとフォークで(妙に上品な手つきで)切り分けていた。
「トーマ。あーん、してあげるわ。この太陽芋のポテトサラダ、美味しいわよ♡」
「……自分で食える。口に押し込むな」
隣に座るキャルルからの、過剰なスキンシップ(ヤンデレ的給仕)を躱しながら、俺はアイスコーヒーのストローを吸った。
窓の外では、ルナミス帝国の美しい夜景が広がっている。
魔導街灯が輝き、空には魔導飛行船が優雅に浮かんでいる。佐藤太郎が残した近代インフラと、ファンタジーが融合したこの世界。
当初の予定では、俺は母さんの慰謝料で悠々自適なニート生活を送るはずだった。
だが、現実はどうだ。
『オイ、ボスゥ! 俺たちの祝勝会(ボーナス支給)はまだか!?』
『そうですわ! 今回のキマイラ戦での「カクテル・エンド」の残業代、ならびに深夜割増手当、きっちり精算していただきますわよ!』
『シルフ、もっとフワフワの魔力食べたいー!』
『オイラも岩盤浴(魔力浴)に行きてぇでさァ!』
脳内でガンガンと響く、非正規雇用の四大精霊たちからの強烈な『賃上げ要求(春闘)』。
(……わかった、わかったよ。今夜は特別に、お前らにも最高純度の魔力を供給してやる。だから少し静かにしろ)
俺は大きく息を吐き出し、アイスコーヒーのグラスを置いた。
理不尽なブラック実家から独立し、平和を求めたはずが、気がつけば俺は、労働組合(精霊)を抱え、馬鹿勇者、強欲アイドル、ヤンデレ村長という『最狂の不良債権ども』をマネジメントするリーダーになっていた。
これからもきっと、こいつらは俺の想定を超えるトラブルを引き起こし、その度に俺の胃を痛めつけるのだろう。
「おい、トーマ! 次は何のクエスト受ける!? 俺、トーマの指示ならなんだってやるぜ!」
「私もですの! スパチャが稼げるなら、魔王の城だろうがどこだろうがついて行きますわ!」
「私は、トーマが一緒にいてくれるなら、どこでもいいわよ♡」
三人が、期待に満ちた(そして重たい)瞳で俺を見てくる。
「……お前らなぁ」
俺は防刃ジャージの襟を少し緩め、苦笑しながら答えた。
「俺は一人で無双はしない。だが、お前らという『手駒』がいる限り、どんな理不尽な仕事だろうと、完璧に黒字で終わらせてやる。……覚悟しておけよ。俺のマネジメント(指導)は、ブラック企業よりキツいからな」
――過労死した元・外資系コンサルタントの、悪知恵と計算に満ちた異世界成り上がり。
防刃ジャージの錬金術師と、ヤバすぎる仲間たちが織りなす『最強パーティー』の伝説は、まだ始まったばかりである。
(第一章・完)
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