side02 終末の戯言
「やっぱり、零陵君は変な人だな。花音はいいのか?こんなのと付き合って」
「お母さん、本人の前でこんなのとか言わないでよ……
でもそうだね。私は颯二君と一緒にいたい。今、すごくそう思えてる」
二人の親子は、僕の目の前―――カウンターの向こう側で話している。まあ、内容に関しては言いたいこともあるが、ここで口をはさむのは無粋だろう。
と、そこまで考えたのだが、一つ気になることがあったのを思い出した。
「そういえば花音、君は神代雄真のことをしっかり覚えているかい?」
「神代雄真―――その、悪いんだけどね。私、その時のことあんまり覚えてなくて、いじめられてたときのこと、すごくきつかったから」
「そうか―――やはり覚えていないか」
「颯二君、なにか知ってるの?」
「知っているというのは語弊がある。だが、君の神代雄真に対する記憶の曖昧さについては思い当たる節がある。ただ、まだ確定でない以上は話すつもりもない。無用なことで混乱させるようなことはしたくない」
僕の言葉を受けて、二人は言及を避けた。
僕に対する信頼があるのかまでは測れないが、そういうことにしておく。
思い当たる節と言えば、世界調律だ。
誰かを殺したといわけでもないし、神代雄真がその被害を受けたとは言わない。だが、被害を受けたのは、花音のほうだろう。
そうだな、そうなると彼女のそばにいるのは少し忍びないかもしれないな。
もしかしたら、彼女には愛すべき人がいたのかも知れない。今となっては、気にするべき所ではない。
そもそも、僕自身が彼女に依存し始めている。離れることなど、もう無理さ。
「颯二君、まだ食べる?」
「そうだな。もう少しもらおうかな。その分の代金は払おう」
「それはいい」
金銭の授受をほのめかすと花音の母がそれを拒んだ。
「私の娘を助けてくれたんだ。むしろ、これからこの店での飲食をタダで迎えたいくらいさ」
「そこまでのことじゃない。そもそも、僕は彼女に対する感情があったから助けただけだ。そうだね、僕との交際を許してくれるのなら僕はそれ以上を望んだりしない」
「謙虚に見せて、人の娘が欲しいとは強欲だね」
「ほしいものは本気で手を延ばさないといけないらしいから」
「颯二君―――ほしいものなんて……」
「まあ、私が拒む理由なんてないさ。青春くらい好きにやればいい」
そう言って彼女の母は僕に笑顔を向ける。それは、笑った時の花音に似ているようで、とても含みを持った悲しみだった。
しかし、それに花音は気づかない。
代わりに彼女が放った言葉は、僕に対する感謝だった。
「改めて、ありがとう、颯二君」
「礼には及ばない。むしろ、君のことを無碍に扱っていたことはすまなかった」
「え?そんなことされてないよ……」
「君がそう感じてもだ。僕は、君が変身した僕の姿を見れば恐怖に支配されるだろう、と一歩踏み込んだ関係にはなりたくなかった」
「ああ、そういえばそういう話はあったよね」
「だが、君は僕に寄り添ってくれた。僕こそ、ありがとう」
「ううん―――じゃあ、お互いによろしくってことで!」
「ああ、いい夜を」
「まだ夕方だけどね」
「夏前はいけないね。日が沈むのが遅いみたいだ」
そう言って、僕は店を後にする。
僕が求める"家族”というものがある温かい場所から去っていく。
だが、どう説明するべきだろうか。
サバトのこと。僕の素性。僕たちの目的―――彼女には伝えられていないこと、伝えなきゃいけないことが多すぎる。
言葉にするのも難しいうえに、僕のあの姿以上に驚きを孕んだ内容だ。どう言うべきか。
そう思案しながら帰路を進んでいると、思いがけない人物に出会った。
「零陵……」
「板倉芙美―――ああ、一応君も彼女の幼馴染に該当する人物だったね。家もここら辺かい?」
「まあ、そうだな」
「しかし、ずいぶんと帰りが遅かったね?」
「別にそれくらいはいいだろ。私にだって、用事もある」
「そうか。それは悪かったね」
「ちょっと待て」
謝罪をし、その場を後にしようとしたのだが、彼女に引き留められる。
少し煩わしさも感じつつ、無碍にするべきではないと判断する。
全員が花音のように僕を受け入れられるわけではないだろうが、すべての人に対して冷たくあしらうのは早計かもしれないから。
僕が彼女についていきたどり着いたのは、近くのコンビニだった。
「なんか好きなの買えよ。奢るからさ」
「必要ない。僕は片手に何か持っていないと喋れない性分ではない」
「そういう意味じゃない。話を聞いてもらうから、その感謝として―――」
「僕が君の望む答えを出すと思うのかい?そう思っているのなら、なおさら必要ない」
「―――わかった。私の買い物を済ませてから、近くの公園に行こう」
少し冷たいだろうか?
うむ、わからないな。
彼女はジュースを購入し、僕と合流した。
「甘味料まみれの飲料水は体に悪いんじゃないのかい?」
「コーラをそんな風に呼ぶ奴は初めて見たな」
「間違ったことは言っていないはずだよ?」
「まあ、そうだな。倫理観はどうであれ、零陵の言葉はたいてい正論ではある」
公園に到着すると、彼女はベンチに腰を下ろした。
それに合わせて、僕も隣に座る。
「お前、花音と付き合い始めたんじゃなかったのか?」
「それがどうしたんだい?」
「いいのか?私の隣に普通に座って」
「なにがいけないのか知らないが、問題はないだろう。なにかあるかい?」
「まあ、いいや。花音も私との関係を疑うほど信用がないわけじゃないか」
その後はしばらく沈黙が続いた。
おそらく、話すとは言ったものの、言いたいことが言葉にできないのか、それとも言い出しあぐねているのか。もっとシンプルに言いにくいことなのか。
そう思っていると、ようやく彼女が口を開いた。
「なあ、お前って心から憎い人っているか?」
「憎い人物―――いるね」
「どんな人なんだ?」
「少なくとも、奴は僕らのことを人とは思っていなかったね。まあ、実験動物程度にしか」
「―――思ってたよりひどい返しが来た。やっぱりその話はやめてほしい。すごく気になるけど、私の話が薄れそう」
「そうか……わかった」
僕の言葉を遮っておきながら、彼女が悠々と話し始める。
「私はね、今とっても憎い人がいる」
「どんな人だい?」
「自分で使うのはダメだと言っておきながら、自分でそれを使う奴かな?」




