54話 融合者
マナクルーザーは低く唸りながら、草の海を滑るように抜けていく。
風圧が外殻を叩き、機体がわずかに揺れた。
何度か頌路の攻撃を受けたマナクルーザーは限界がきており、今にも停止しそうだ。
「二人とも、大丈夫!?」
運転するエリカの声が車内に響く。
「はい、ですがラクチャの傷が」
「私なら大丈夫です……!」
ラクチャはエトランゼの攻撃を受け、傷を負っていた。セリが傷の手当を行っているが、状況はあまり芳しくないようだ。
「ラクチャ……!」
「大丈夫、です……!」
やがて視界の先に、それは現れた。
「見えたわ……!」
白灰色の壁。
地平線の切れ目に沿って、横一文字に伸びている。
高さは空を押し返すほどで、近づくほどに"建造物"という認識が薄れていく。
境界そのものだ、と思う前に理解させられる質量だった。
「光砂の国の城壁よ!」
エリカの声が、少しだけ上ずる。
その一言で、空気が変わった。
安堵と緊張が同時に走り、誰かが息を飲む音が遅れて追いつく。
「え、何、あれ!?」
城壁の裏門側。まるで生き物のように闇が蠢いている。
「あれが、魔王の……!」
セリが戦慄した声を上げるが、その認識は間違っていたと、すぐに理解する。
* * *
「イグザガルード!!」
俺の咆哮に対し、その闇の量で応えてくれる神槍。
──もう暴走しない、融合させない。
闇と同化しながらも、立ちふさがる大勢の兵士の戦闘力だけを奪っていく。
殺さない、飲まない、武器は壊す──。
真の意味で、お前の使い手になってやる、イグザガルード!
「お姉さま!?」
「エリカ!?」
戦いの中、耳に入ってくる声、あれはエリカ王女か。
その声が耳に入ったのは俺だけではないようで、異様な雰囲気を纏った兵士がエリカ王女たちを襲おうとしてくる。
「行かせない!」
闇を二股に分け、ひとつは武器破壊に、もうひとつは王女らを守るように広げる。
「きゃあっ!」
「大丈夫よ、この闇はダイスケだもの」
「ど、どういうことですか!?」
「神器イグザガルードの力よ……!」
「これが……神槍の……?」
その会話に高揚感を覚え、にやりとした俺は、緩んだ頬をしめなおす。
いかんいかん、また融合されるところだった。
それにしても暴れすぎたか、次々に兵士がやってくる。しかも雰囲気がおかしい。
まるで心のない人形のように、王女相手でもためらいなく襲い掛かってくる。
人の心に干渉する、これが魔王の力だとしたら……。
──まるで、神器のようだ──
「ユリネ王女! 今のうちに城内へ! これではキリがない!」
「はい! 行きましょう、エリカ! マイナ、ギンコ、ナーン!」
「行くわよ、セリ、ラクチャ!」
ここにきてヴァルキュリア隊が勢揃いだ。いくら俺でもテンションが上がらないわけがない。
大きな闇の塊で城門を破壊し、ユリネ王女たちを逃がす隙を作る。
後は俺もゆっくり城門へ後退するだけで――
「!?」
闇が、すごい勢いで削られていく。
マリエルか!? いや、違う、細剣の感覚ではない。
もっと大きな斬撃で切り裂かれている。
「がああああああっ!!」
けたたましい咆哮と共に現れたのは……。
「頌路──!!」
* * *
三日月刀のような剣を両手持ちし、無数の斬撃をとばしてくる頌路。
その切れ味は鋭く、かなりの量の闇を使わされている。
その間に、兵士たちが城門へ入り込もうとしていた。
「くそっ」
ミラージュロードほどではないにしろ、物量戦が得意なイグザガルードでここまで不利を取らされるとは、状況的相性が悪すぎる。
しかも、なんだ──?
頌路は暴走しているように見えるが、兵士に対しては積極的には攻撃を仕掛けていない。
斬撃の余波が兵士にぶつかろうとしているのは闇で受け止めているので、余計に違和感を覚える。
頌路の暴走状態と、兵士の状態は、同じ──?
だが、瞬時に浮かぶ仮説は打ち消した。
癖でそんなことを考えてしまうが、現状を打破するヒントにはなりそうもない。
頌路の登場によって守る対象に敵対する兵士も加わってしまい、さらに分が悪いのだ。
──頌路に人殺しなんてさせるかよ──!
斬撃が闇を裂く。
黒い飛沫のように散った闇が、地面に触れる前に再び槍へと戻っていく。
「くっ……!」
速い。
これが本当にあの頌路なのか?
剣速も、踏み込みも、反応もまるでマイナさんのように達人級だ。
何より厄介なのは、迷いがないことだった。
『左だ』
イグザガルードの声と同時に闇を持ち上げる。
直後に、黒紫の斬撃が空間を裂いた。
その衝撃で石畳が砕け散る。
――イグザガルード、お前……今、俺を助けたのか。
『……』
イグザガルードは答えない。だが、やはりこいつにとっても、適合者である俺の身体は大切なようだ。
敵ではないとわかっただけで、幾分頼もしく感じる。
「……?」
頌路は追撃しない。
その視線は俺だけを見据えていた。
いや、正確には――。
「イグザガルードを……狙ってるのか?」
そう見えた瞬間、地面を砕きながら頌路が突っ込んでくる。
「がああああああ!!」
まるで苦しんでいるかの咆哮に、迎撃しようとした手が止まる。
殺せない。
いや、違う。
殺したくない――!
その一瞬の躊躇、横合いからいくつもの剣が割り込んだ。
「ダイスケ! ぼさっとするな!」
マリエル=サンダー。一騎当千の姿がそこにあった。
キィンという甲高い音が鳴り響き、マリエルの集中攻撃が頌路を弾き飛ばす。
だが頌路は空中で体勢を立て直し、壁面を直立歩行し始めた。
「……ハハ」
頌路の口元が歪む。
笑っている。
だが、目だけは笑っていない。
「……エト、ランゼ……」
「!?」
今、確かに頌路が喋った。
「エトランゼの適合者か。しかも融合しているようだな」
マリエルが冷静に状況を見据える。
「マリエル、あいつは俺と同じ故郷の人間なんだ、あいつの相手は俺に任せてほしい」
「ふん、好きにしろ。二度は助けんぞ」
文句は多いが、背中を任せるには十分すぎる。
「あと、兵士たちはできるだけ殺さないでくれ」
「それは約束できかねるっ!」
「ミラージュロード!」
「イグザガルード!」
「がああああああ!!」
兵士たちの相手をマリエルに任せ、俺は城門へと頌路を誘導した。
門内から現れる兵士はマイナさんたちが相手をしてくれているようで、数は多くない。
壁面を駆けた頌路が一直線に迫る。
その速度はもはや人間の踏み込みではなかった。
「速っ――!」
咄嗟に闇を固めて防御に集中する。
激突。
耳をつんざくような金属音と共に、衝撃が腕を突き抜けた。
頌路の剣が闇を切り裂き、イグザガルード本体にまで到達していたのだ。
「ぐっ……!」
重い。
マイナさんの槍とも違う、マリエルの細剣とも違う。
ただ、破壊するためだけに振るわれる暴力。
エトランゼ。
あの剣は、頌路の身体能力そのものを引きずり上げている。
あんな状態が続けば、頌路は……!
「ハハ……」
頌路が笑う。
だがその笑みはどこか苦し気だった。
「頌路! 聞こえてるんだろ!」
闇を噴き上げ、無理やり剣を押し返す。
距離が空く。
その瞬間、頌路の身体がぶれた。
「――!?」
消えた。
『上だ』
イグザガルードの声が聞こえると同時に、反射的に後方へ飛ぶ。
直後、俺がいた場所へ黒紫の斬撃が叩き込まれた。
石畳が爆ぜ、城門前の地面が大きく裂ける。
「……冗談だろ」
冷や汗が頬を伝った。
まともに食らえば終わっていた一撃だった。
着地した頌路は獣のように低く構えたまま、俺を睨み付けている。
だが――。
「……っ」
その腕が、小さく震えていた。
苦しんでいる。
融合に浸食に、頌路はまだ抗っているのだと直感した。
「頌路!」
叫ぶ。
「お前、まだいるんだろ! そこに!」
頌路の瞳がほんの一瞬だけ揺れた。
だが、次の瞬間、エトランゼから噴き出す黒紫色の煙が頌路の身体を包み込む。
『邪魔をするな』
低い声。頌路でも、イグザガルードでもない声。
『この男は我の適合者。奪わせはせぬ』
頌路の口から放たれる、別種の声。
それと同時に空気そのものが軋み始めている。
『主の願いは、我が叶える』
「違う!」
思わず叫んでいた。
「頌路が望んでいるのは、そんなことじゃない!」
地を蹴り、闇を足場に変え、一気に間合いへと飛び込む。
頌路の剣が振り下ろされる。
だが今度は逃げない。
「イグザガルード!」
闇を一点に収束し、エトランゼを受け止める。
「う、おおおおっ!」
『があああああっ!』
押し合う中、至近距離で頌路の顔が見えた。
苦悶、怒り、焦燥、そして――。
助けを求めるような、目。
「頌路!!」
その瞬間、城内の奥から重低音のような鐘の音が響いた。
ゴォン──。
空気が変わる。
まるで城そのものが脈動したようだった。
と同時に、頌路の動きが止まった。
ゆっくりと、糸に引かれるように。
次の瞬間、黒紫の煙を纏いながら、頌路は城内へ向かって跳躍した。




