53話 合流点
──ハハハ……。
……誰だ。
──我に任せておけ。
……誰だって言ってんだよ。
──我はエトランゼ。
……オレは……エトランゼ……。
──そう、エトランゼ。
オレは……エトランゼ。
──ハハハ……。
はは、は……。
* * *
「ここは……?」
俺が転移させられた場所は、どこか見覚えのある建物の中だった。
時の経ってそうな建物の床、目の前で目を見開いている四人。
まあ、大体いつもの光景だ。
「ダイ、スケ……?」
少しだけ予想外のことがあるとすれば、なぜか全員に強い既視感があることか。
全員に凝視されている中、中心に立つ偉そうな一人の空気が緩んだのを感じた。
「ダイスケ、ああ、ダイスケ……!」
「ユリネ……王女……?」
薄汚れ、くたびれ果てたその姿は、高貴な出であることを一瞬忘れるほどに痛々しい。
そんな彼女を、俺は自然と抱きしめた。
「ギンコさん、ナーンさん……マイナさんもご無事で……!」
らしくもない。まさかの再会に涙腺が緩む。
「久しぶりだね!」
「ね~~」
「いつまでそうしているつもりだ、無礼者め」
マイナさんのきつい一言に、俺は慌ててユリネ王女を離す。
ユリネ王女が目に涙をためながら、ゆっくりと口を開いた。
「ダイスケ……光の国が、いえ、今は砂の国を吸収して光砂の国が、世界を覆う闇に変わろうとしています」
「どういうことですか?」
「わが父、ゴート・E・サンウィルが魔王になってしまったのです。
いえ、正確には二年前、あなたに会った時にはもう……」
……。
「魔王は徐々に国力を削っていきました。砂の国に攻め入り、神器を奪い、国を吸収し、光の国を光砂の国と改めました。
思えば、イグザガルードを隠の国に送るというのも、魔王の手の内だったのだと思います」
「どういうことですか」
「月の国と新興国バジャーの動きがあまりに早すぎたのです。事前に情報を得ていなければ、あれほどの大軍をすぐには動かせないはずです」
「……魔王が、予め情報を流していたと」
「はい」
……それが本当なら、実の娘を見殺しにしようとしたってことじゃないか。
俺は静かに拳が震えていることに気付いた。だが、マイナさんの一言で、その震えはすぐに収まった。
「我々はユリネ王女を守りながら各地でゲリラ活動を起こしているのだ……月の国の大隊長マリエル=サンダーと協力してな」
「マリエルと? どういうことですか」
どうしてここでマリエルの名前が?
「マリエルは一貫して月の国の為に動いている。話をされた時は私たちも驚いたが、今は光砂の国の大陸統一を防ぐという同一目的で行動している同志、といったところだ」
「そう、ですか」
あの女、ちょっとした打算ってこういうことかよ。
「今は敵ではないと考えていいんですね?」
「彼女も誇り高い月の国の大隊長。神器に懸けて目的に嘘はないことを伝えてくれたよ」
でもあいつ、統一するなら月の国だとか言ってた気が……そこまで信用して本当に大丈夫なのだろうか。
「そういえば、ルドルフ王子はどうなったんですか?」
「あの戦い以来、その行方は杳として知れず……」
全員がわずかに首を振る。
「だけど、死体も見つかってないのよね~」
「生きている公算もあるということだ」
わずかな希望も、ある。
「そうだ……ユリネ王女、頌路を見かけませんでしたか? ええと、こういう髪型をしたやつで、背はこのくらいで……」
必死に頌路の特徴を伝えるが、全員知らないようだ。
「大賢者の話では、あいつは今、魔剣エトランゼに乗っ取られているそうなんです」
「エトランゼに? 融合してしまっているのね……」
「なんとか助けられませんか?」
「ごめんなさい、詳しくは私も……」
気落ちしたムードが漂う。
「いえ、大丈夫です。頌路は必ず俺が助けます。それまでは、ユリネ王女に協力しますよ」
「ダイスケ……!」
「神器使いたるお前が合流してくれたのは非常に心強い。しかし、戦況は決して芳しくない」
「どういう状況なんですか?」
俺の質問に、マイナさんが的確に状況を教えてくれる。
「光砂の国は無法地帯と化し、崩壊の一途をたどっている。私たちのような反抗勢力は、マリエルのところを除けばほぼ壊滅状態」
「そうですか……では、決まりですね」
全員がどういうこと?と言わんばかりに首を傾げる。
「今度こそ、俺が光砂の国へ行ってきます」
大丈夫、今度も勝算は、ある。
こんなこと言い出すなんて、ちょっと俺、頌路に似てきたかもしれないな。
「それならば、共に行こう。私たちも補給が必要な頃合いだった」
「マイナさん」
マイナさんの引き締まった腕が、絡みつく。
「この二年で、どれほど腕を上げたか、見せてもらうぞ」
「まいったな、はは……」
* * *
「準備は整っているのか?」
マイナさんの問いに、俺は静かに頷く。それに対し、ユリネ王女が静かに続く。
「最低限の戦力しかありません。ですが……今はそれで十分です」
ナーンが地図を広げる。
「光砂の国の中央区画は完全に封鎖されてるわ~。魔王直属の部隊が常駐しているわね~」
「正面突破は無理なンですね」
ギンコが肩をすくめる。
「裏から行くしかないってことか……」
俺の言葉に、場の空気が一瞬だけ緩む。
だがすぐに、ユリネ王女が顔を上げた。
「……ダイスケ。あなたに一つだけ伝えておくべきことがあります」
「なんですか」
「父を、魔王を倒せる可能性のある神器は、光砂の国にあります」
「えっ」
魔王を倒せる神器。
そんな切り札が存在していたのか。
「その神器、神斧オートマディーンは、邪を払うとされています。
ですが……使い方もわからなければ、適合者も現れていません……」
それじゃ役に立たないじゃないか。
空気が重く沈む。
──だが。
「適合者を見つけ、魔王を討てばいいんですね」
俺の言葉に、ユリネ王女が小さく拳を握った。
「はい。そのために力を、お貸しください」
その一言は、揺らぎがなかった。
* * *
その夜。
仮設の拠点の外、静かな廊下に立ち、空を見上げていると、誰かの気配が近づいてきた。
「眠れないのか」
振り返ると、マイナさんがいた。
「少し、考えごとをしていました」
「ショウジのことか」
即座に核心を突かれる。
否定する理由もなかった。
「はい」
マイナさんは壁にもたれ、静かに息を吐いた。
「融合状態は、時間が経つほど戻しづらくなると言われている」
「……そう、ですか」
融合状態。
かつてイグザガルードと俺も融合状態にあったのだという。
イグザガルードが、いや、神器が人間の身体を自分のものとしようとしているのであれば……。
──あの時は失敗した。実に残念だ。
再会した時のイグザガルードの言葉を思い出す。
──だが、こうして再会できたことは喜ばしい。
そうか……! こいつ、まだ俺の身体を……!
キッとイグザガルードをにらみつける。
『……』
「ふふ、そういえばお前も、その槍と融合しそうになったんだったな」
「え、ええ、まあ……」
「私が言ったことを守らないからだ」
コツン、と頭にげんこつが置かれる。
「まだ……間に合うんですかね」
「わからない。だが可能性はある、そうだろう?」
短い沈黙。
「俺は、よくわからないうちに融合が解除されていました。それと同時に、元の世界にも戻っていた……」
俺の言葉に風が通り過ぎる音だけが応えた。
やがてマイナさんが続ける。
「お前は焦っているな」
「……はい」
「大丈夫だ、やれることをひとつずつ、やっていけばいい」
それだけ言うと、彼女は歩き出した。
だが数歩進んだところで立ち止まる。
「ダイスケ」
「はい」
「前よりは、悪くない動きだぞ」
心なしか、にこやかに、それだけを言って今度こそ去っていった。
* * *
翌朝。
出発の準備を整えると、ユリネ王女が静かに前へ出る。
「ここから先は、光砂の国の城下に入ります」
ギンコが笑う。
「いよいよって感じだね」
ナーンがにこやかに肩を回す。
「久々に暴れられそうだわ~」
マイナさんが槍を握る。
「城へは裏門から侵入するが、恐らく戦場になるだろう。覚悟はいいか」
そして、全員が俺を見る。
自然と視線が集まる。
少しだけ息を吐いた。
「行きましょう」
それだけで十分だった。
そして一歩、踏み出した瞬間。
空気が変わった。
地面の感触が、わずかに"軽く"なる。
「……来たな」
マイナさんが呟く。
前方に広がる光砂の国の城壁、その巨大な裏門。
その空は、どこか歪んでいた。
まるで――世界そのものが、書き換えられつつあるかのように。




