50話 奪還、イグザガルード
新興国バジャー。
鉄の国と水の国が合併し、各国のバランスブレイカーとなった国。
現在はふたつの神器に加え、神槍イグザガルードまでも擁している。
「ダイスケ……わかっているだろうが、イグザガルードに使い手がいた場合、奪還は失敗として撤退する」
先行するマリエルの言葉にこくり、と首肯する。
俺たちの目的は、新興国バジャーに潜入し、神槍イグザガルードを奪取する事だ。
夜の帳に紛れて、薄暗い街中を隠れながら急ぐ。
比較的広い街路を抜けると、遠くにモスクのような建物が見えてきた。
マリエルがさっと合図をすると、その意味を理解した俺は、その場に立ち止まる。
鏡剣、ミラージュロードの能力。
自分と同じ能力、知能を持った分身を作り出すという驚異の神器。
敵として戦った時はいかにも厄介だったが、味方にするとこれほど頼れるとは思わなかった。
今までにない安全が確保されたことに、高揚感を覚える。
マリエルは自身の分身を先行させ、安全なルートを確認してくれようとしている。
戦争に乗り気な割に、随分と平和そうな国ではあるが、兵士がいないわけではない。
万が一にも見つかってしまえば、国中を敵に回すことも考えられる。
「……行くぞ」
マリエルが小さく合図する。
街中はさほど危険ではない。兵士以外の一般人になら見つかっても、あくまで一般人のふりをしていれば問題ないからだ。
ただし、兵士に見つかった場合は話は別。
俺の格好はこの世界ではあまりに目立つし、マリエルも月の国の神器使いとして有名人だ。
万全を期せるのならば、やらない理由がない。
こそこそと進み続けると、やがて先ほど見えたモスクのような建物が目の前に現れた。
どうやら、ここが目的地だったらしい。
「中はどうなっているかわからない。別れ道があった場合、分身を二人つけるから、なんとかしてくれ」
「わかった」
建物の中に入ると、早速道が左右に分かれていた。
マリエルは左に、俺は右へと進む事に。
マリエルの分身が俺の前後を見張ってくれている。
建物の外周をぐるっと回るように歪曲した道を進む。
そういえば、マリエルに対しては敬語を使っていないな……。などと明後日の事を考えながら、奥へと進む。
──目的の場所は意外と近くにあった。
建物の4分の1ほど進んだ時だろうか、十字路が目の前に現れた。
建物中央に向かう方の道を見てみれば、遠くに見覚えのある槍が突き刺してある。
「……あった、イグザガルードだ……」
「あんなわかりやすいところにあるとは……罠かもしれん」
マリエルの分身が警告を告げてくる。
「わかってる、それでもとにかく手にしないと」
……この作戦にはもうひとつの懸念点があった。
それは「俺がイグザガルードに選ばれたままなのか」という点だ。
通常、持ち主が死んだ場合、神器は新たな持ち主を探すらしい。
俺の場合は、送還という特殊な状況であり、死んだわけではないが、イグザガルードが認めてくれない可能性もあった。
もし失敗したなら、マリエルには申し訳ないが、撤退という事になる。
「私が先に行こう。
無事を確認するか、私が死んだ場合、もう一人の私が補助する。お前は急ぎイグザガルードを入手しに向かえ」
分身とはいえ、死が怖くないのだろうか。
分身のマリエルの言葉に、首肯で答え、慎重に奥へと進む。
──存外に何事もなく、イグザガルードの元へと辿り着く。
槍を引き抜いてみれば、またどろりとした闇が腕を包み込んだ。
──久しいな皇よ。
その声は間違いなくイグザガルードから聞こえてくる声だった。
本当に久しぶりだ。
まさかまたこうやってイグザガルードを握れる日が来るとは。
──あの時は失敗してしまった。実に残念だ。
だが、またもこうして再会できたことは喜ばしい。
イグザガルードの言葉は、少し引っ掛かるところはあるが、概ね好意的に受け取れる言葉だった。
改めてよろしく頼むぞ、相棒。
「感動の再会は済みましたかな?」
突如部屋に響く年配の男の声。
そして一瞬、脳内に清涼な風が吹き抜けたような感覚を受けた。
「しまっ……!」
瞬く間にマリエルの分身は姿を消してしまう。
「その神器……やはり他の神器の効果を無効化できるみたいだな」
「ふふ、あまり神器を甘く見ない事だ」
そういうと男は俺の前に立ちふさがった。
闇討ちをしようと思えば、いくらでも出来る状況であるにも関わらず、あえて俺に姿を見せるようにして。
「お初に……いや、久しぶりかな?
私は新興国バジャー出身、神器リヤザカリバーの使い手、サクスと申す者。
これでも昔は水の国の王だったのですよ」
聞いた事があるような気がする。
「俺は異世界転移常連、皇大輔。
神槍イグザガルードを使う者だ」
「……やはり、隠の国の境で見た人ですね。
イグザガルードに取り込まれたように見受けられたのですが」
そこまで言うと、サクスは俺の腕に絡みついている闇を見て。
「……どうやら制御しているようですね。
今までどこにいたのですか? あなたがいなくなったので、隠の国は滅んでしまいましたよ?」
「それについては申し訳ないと思っている。
だから、今は俺にやれる事をやるつもりだ。
新興国とやらに覇権は握らせない」
「なるほど。手引きしたネズミがいるという事ですね。
まあ、大方マリエルさん辺りでしょう。
彼女は月の国に心酔しすぎていて危険な存在ですから」
しまった、いらない情報を与えてしまったか。
とにかく、戦わないとここから逃げられそうもない。
俺は地面に闇を広げ、イグザガルードを構えた。
「ふふ、私と一対一でやるというのですね。いいですよ。
お相手しましょう」
相手の持っている神器は、見た目はおもちゃのようだが、効果は抜群に強力だ。無闇な攻めは逆効果だろう。
俺は地面に広げた闇を滑るようにしてサクスに近づく。
かなりのスピードに一瞬驚いた顔をするサクスだが、すぐに落ち着いた顔に戻る。
──突きを一閃!
確実に捉えた、そう思ったが、サクスは紙一重で回避している。
まるで超集中でも使われたかのような完璧な回避だった。
ならば。
マイナさんの五段突きを思い出し、鋭く突きさす。
しかし。
「ふっ、いい風ですね」
どうしたことか、あとわずかサクスに槍が届かない。
(イグザガルード、どういうことかわかるか?)
──。
やはり必要以上に会話はしてくれないようだ。
ならば、ともう一度突きにかかった時、部屋の反対側の扉から声が聞こえた。
「ダイスケ! サクスとは戦うな!」
「!?」
突然マリエルの声が聞こえたが、突き刺しにかかった手はもう止まらない。
やはり紙一重で回避された俺の槍。
サクスは落ち着いた顔のまま、剣をマリエルに向かって一閃する。
「サクスの神器は、無敵……!」
マリエルが一瞬にして消え去る。
どうやら分身だったようだ。
……無敵、無敵って言ったか?
そんなチートあり得るのか?
だが俺の勘もこれ以上の戦闘は無意味だと感じていた。
すぐに走って逃げる。
不思議な事にサクスは追ってこなかった──。
* * *
「やれやれ……。逃げる背中を追いかけるのは騎士道に反しますからね。
あなたがもう少し融通の利く神器だったら良かったんですが。
ねえ、リヤザカリバー?」
持ち主を無敵にする神器、リヤザカリバーは、その効果の強さに違わぬデメリットを持っていた。
このデメリットについては、サクス本人しか知らない。
いや、隠の国のルドルフ王子のように、ごく一部の人物は知っているようであるが。
リヤザカリバーは強力な効果と引き換えに、酷くわがままな神器であった。
曰く、騎士道に反してはならない。
曰く、卑怯な戦いをしてはならない。
曰く、対神器以外で一対一の戦いに使ってはならない。
これを破れば、無敵の効果を発揮しないだけでなく、すぐさま神器との融合が始まる。
長年付き合い続けてきた元水の国の王、サクス・GRだけが聖剣リヤザカリバーを操る事ができるのだ。
……神器のわがままにより、一人で逃げる大輔は、見逃されたのであった。
「元鉄の国の神器、神槌タイタンマグナスは産業用の神器ですし、困りましたね……。
まあ、火の国を早く併合してしまえば良いだけの話です。
戦闘用神器であるアルメティアが手に入れば、光砂の国に攻め込む事が可能になりますからね……」
扉の奥へと静かに消えていくサクス。
大輔たちを包む危機は、少しずつ迫っていた──。




