44話 アード山の脅威
──月の国の鋼鉄軍、襲来!!
けたたましい警報の音と共に、深夜にも関わらず、城には明かりが灯された。
多くはたいまつであったが、軍議の間、謁見の間などの重要施設にはマナキューブを使用した昼と変わらぬ明かりで照らされている。
「セリ! ラクチャ!」
「エリカ様!」
扉の外からエリカ王女たちが無事に合流した声が聞こえてくる。
俺たちといえば、頌路が泥のように眠っており、この警報の中でもすやすやと眠り続けている。
頌路をかつごうとすると、さすがに目が覚めたのか、慌てだす頌路。
「な、なんだ!?」
「敵襲だろう。エリカ王女たちと合流しよう」
「いやー、お前の冷静さ、オレも見習いたいわ」
「俺はお前のずぶとさを見習いたいがな」
扉を開くと、エリカ王女たちが万全の体勢で立っていた。
俺たちは寝間着どころか、着崩した制服のままだったので、さほど準備に時間はかからないはずだったのだが。
「すみません、遅れました」
「ううん、無事で良かった。ショウジも大丈夫?」
「ん、ああ、ちょっと眠い」
頌路がそう言うと、エリカ王女はくすりと笑った。
ああ、こういうところはユリネ王女に似ているな。
「セリ、ショウジを守ってね」
「はい」
「私、戦いますか?」
「まだ待ってラクチャ」
「迎えのようなものも来ませんし、とりあえず謁見の間にでも行ってみましょうか」
最悪、俺たちがかつがれた可能性もある。
クマソ王、大賢者共に敵、というパターンだ。
いや、あの明け透けな大賢者に限って、それはないかもしれないが、クマソ王は明らかに何かを隠している。
考えられる最悪のパターンは、エリカ王女が月の国に売られたパターンだ。
そうなれば、こうして誰も迎えに来ないことがその証拠となる。
とにかく謁見の間に行ってみればわかることだ。
「おう、きたか」
謁見の間の扉を開けると、昼のように眩しい広間に、大賢者が一人で立っていた。
「クマソ王なら、今は軍議の間じゃよ」
「そ、それじゃあやっぱりどこかに襲われてるんですか!?」
「うむ、月の国じゃな。まあ、もはや残党程度の戦力しかないがの」
どういうことだ。
2年前の月の国は、大陸最強の鋼鉄軍がいたはずだが。
「月の国には最強の鋼鉄軍がいたはず、とでもいいたそうな顔しとるのう、皆の衆」
「いや、オレは知らないんだけど」
「お主はだぁーっとれぃ、今いいとこなんじゃっ」
「……」
「お主らは外交についてよく知らんじゃろうから説明するがの。
月の国の鋼鉄軍は、元は鉄の国からの輸出で成り立っておった。
しかし鉄の国が水の国と合併し、新興国バジャーとなってからは、徐々に鉄の残量が減ってしまったのじゃ」
謁見の間の外から聞こえる声が、騒がしくなってくる。
「ふむ……俄かに騒がしくなってきたの。
大方、国境への侵入を許したんじゃろ。
クマソ王は戦下手じゃからなぁ」
「それでは、大賢者様のお力があれば、火の国は逆転できるのでは」
「なぁに、鋼鉄軍は絶対に入ってこられぬ。
アード山のふもとを通る限りはな」
アード山……?
「ふっふっふっ、聞きたいか?聞きたそうな顔をしとるのう!
アード山に何があるのか」
* * *
──アード山。
月の国が誇る大陸最強の鋼鉄軍は、ぼろぼろの装備に身を包み、決死の覚悟で挑んできていた。
彼らは常に火の国と新興国から狙われ、いつ滅んでもおかしくなかったからである。
そして幾重もの戦術を立て、ついに侵攻を開始した。
連戦連勝。
国境を破り、出城を占領し、火の国の民を巧みに兵士として吸収しながら、彼らはアード山までやってきたのである。
そしてある火の国の民が言う。
これ以上は進むな、と。
臆病風に吹かれたか。
その首はにべもなく落とされる。
すわ、出陣する月の国の鋼鉄軍と吸収された火の国の兵士たち。
月の国には、連勝に次ぐ連勝による勢いがあった。
かつての鋼鉄軍のように、大陸最強を冠するだけの勢いがあった。
だが、この世界……グランゼートはそんなに甘い世界ではない。
勢いがあるからこそ、誰も止められなかった事が彼らに災厄をもたらす。
山のふもとが火に覆われた。
同時に飛んでくる矢の雨。
彼らの進軍は阻まれた。
知る人ぞ知る、アード山に巣食うレーラ盗賊団の仕業である。
しかし彼らは知らない。
月の国の兵士はもちろん、吸収された火の国の民でさえ。
隠匿されているその情報を知る者は、誰もいなかったのである。
火の手が退路をも断つ。
熱は喉を焼き、鉄を焦がし、その身を焼いた。
この炎が、たった一人の人間の手によるものだとは、誰も知らないのである。
「おかしら」
レーラ盗賊団団長、レーラ。元砂の国出身。
女だてらに盗賊団をまとめあげ、その力を十全に振るっている。
もちろんレーラ自身が優れた指導者であることも事実だが、そんな団長を支える脅威がいたのだ。
名を、炎狼のカゲハ。
「カゲハか、どうした」
「進退窮まる状況に追い込んだ」
「そうかそうか、えらいぞ」
頭を垂れる屈強な男の頭をぐしゃぐしゃと乱雑になでる。
「おれの力とは、言い難いが」
男はあくまで謙虚であった。
「なぁに、ソイツは使い手を選ぶ。
紛れもなく、お前の力さ」
レーラはカゲハの持つ、一際豪華な弓を見て言う。
「野郎ども! 火の手がおさまったら、稼ぎ時だよ!!」
「うおおおおおっっ!!」
盗賊たちの勝鬨が上がる。
火の回りの遅いところから我さきにと逃げ出す兵士たち。
彼らにとっては、月の国も火の国もないのだ。
国籍なき最強の軍団。
それが、レーラ盗賊団であった。
……その日、月の国は実質的に戦力を失った。
また、遠回しに火の国は救われたのである。
* * *
「……というわけで、奴らがアード山を抜けてくることはないのじゃ」
「そんな……盗賊団に任せて大丈夫なの!?」
「一応クマソ王も考えてはおるじゃろうが、徒労に終わるじゃろ。
アード山を抜けて来られる者がおるとしたら、それこそ神器使いぐらい……」
「「……!!」」
見逃していた。
この場で気付いた者は、俺と大賢者のみのようだ。
その存在を、その存在の圧倒的な能力を知っているからこそ、間近に迫る恐怖を感じた。
「どうしますか!」
大賢者に聞くが、もう遅い。
いつの間にか扉の外の喧騒はおさまっており、まるで何もなかったかのように静かだ。
「バカな……早すぎる」
「アード山からここまでどれぐらいなんですか」
「小一時間というところじゃ……」
それなら、神器使いなら不可能ではない。
あいつも想像もつかない方法で駆けてきてもおかしくないのだ。
未だ状況を理解できないでいる、頌路、エリカ王女。
敵の気配を感じたか、獣の目になっているラクチャさん。
ただ立っているようだが緊張感を持ってるセリさん。
この状況が、決して望んでいない状況、それも、最悪に近い状況であることは想像にかたくなかった。
そして、静かに謁見の間の扉が開かれる。
「──て、敵襲……どうか、お逃げ、くだ……」
そう言うと衛兵は倒れた。
「うわ」
頌路から思わず声が漏れる。
倒れそうになる頌路をセリさんとエリカ王女がしっかりと支えている。
死体を確認してみれば、細剣のようなもので心臓を一突き。
相当な手練れの仕業だ。
「のう、ダイスケ。
不利な戦況を覆すとっておきの策とは何かのう」
「頭を獲ることですよ」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
のどかで緩慢としたやり取りだ。
いや、そんなタイミングではない、わかっている。
一刻も早く急がねばならないことは。
それでも、流れ出る冷や汗を、背筋に感じるまで、身体が動かなかった。
「クマソ王が危ない! いくぞ!!」




