43話 火の国クマテラス
表向き同盟を結んでいる火の国クマテラスと新興国バジャー。
しかし水面下では、月の国の征服を巡り、苛烈な外交を繰り返していた。
俺たちの目的地は不利とされる火の国クマテラス。
元光の国との旧交があったということで、それだけが頼りだ。
一国の王女が薄い手勢と共に、今も活きているかどうかわからない旧交を頼りに半亡命のような状態。
相当に無理がある状況に思える。
「火の国のクマソ王は、善政を敷いている名君です。その懐の広さは有名ですから、私たちも無事受け入れてくれるものと信じています」
とは、セリさんの意見。
道中、異世界小説の話で盛り上がる頌路とエリカ王女はいい感じに打ち解けている。
相変わらずラクチャさんだけは何か言いたそうにギラついた目で、こちらを見てくるが。
やはり武人という生き物は、勝つか負けるかしかないのだろうか。
「見えてきましたよ」
浅黒い肌を持つ御者の女性が幌内にいるエリカ王女たちに声をかける。
「おっ」
思わず身を乗り出す頌路。
「振り落とされるぞ」
それを慌てて止める。
最初はどうなる事かと思ったが、この一週間ほどで、頌路の心も前向きになってきているようだ。
* * *
火の国というからには、藁ぶき屋根のような国を想像していたが、目の前に広がっているのは何ともSFチックな国である。
大理石で作られた美しい建築の建物はまだしも、空中にうねった半透明のチューブ状の通路があり、その中を人が飛んで移動している。
「魔法?」
「いんや、これはマナキューブの応用じゃよ」
「へぇ、マナキューブって?」
「各属性の力を閉じ込めたキューブでな、わしが考えた」
「えっ、お前が!?」
いつの間にか頌路が知らない人物と仲良さげに話している。
いやいや、無警戒すぎるだろ。
「って、お前誰だよ!?」
いや、知らんのかい。
「わしか? わしはのぉー、エリカちゃんなら知っとるかのぉー」
「エリカ、この"のじゃロリ"は一体誰?」
なんだその呼称は。まあ、口調の割に幼く見えるが。
「大賢者様!」
エリカ王女が目を丸くして言う。
なるほど、大賢者だったか。
大賢者といえば、魔法陣を作り、生死不明という……大賢者!?
「死んだはずでは……」
「勝手に殺すでないわ!」
そうか……。
俺の中ではとっくに死んでいるものとして扱っていた。
ユリネ王女もそんな事を言っていたような……いや、言ってないか……?
「まさか魔法陣がふたつ共使われるとはの。それぞれ別の者を呼び出すはずだったんじゃが……」
そこまで言うと、大賢者は俺に近づいてきて、ぼそりと呟いた。
「お主、"二度目"じゃな」
その言葉を理解した時、背筋が凍った。
大賢者、こいつはとんでもない人物だと。
なぜ知っている? なぜ気付いた?
「あ、あなたは、魔法陣について知っているという、大賢者なんですね!?」
俺らしくもなく興奮してしまう。
あの憎らしい魔法陣の秘密が、解けるかもしれない。
「いかにも! わしこそこの世の叡智の全てを得たというとちょっと過言かもしれぬ大賢者! メイガス・ナジャじゃ! 気軽にナっちゃんと呼んでくれていいぞ」
「メイガスさん、魔法陣を作れるんですよね、今すぐ頌路を送還することはできませんか?」
「ナっちゃんでいいというに、カタい男じゃのう……。
ショウジというのは、お主か。お主はなかなかいい男じゃのう!」
「ど、どうも」
「さて、送還についてじゃが。結論から言って無理じゃな。
しかし、召喚主の依頼をこなせば送還される。安心せい、ファファファ!」
「こいつが悪の親玉なんじゃないか?」
「奇遇だな、俺もそんな気がしてきた」
「とにかく、召喚というのはヒジョ~~に難解な性質を持っておるんじゃ。
気軽に召喚もできんし、送還などもっての外じゃ」
「でも召喚主を殺せば……」
「お主……本気で言うとるのか?」
「う、いや……」
「まあ良いわ。このマナキューブによって利便性に満たされておる街、クマテラスを存分に楽しむと良いぞ。エ~リカちゃんは、ちょっとこっちにおいで」
「は、はい」
少し離れたところで、少女と幼女が何かこそこそと話している。
実に微笑ましい光景だ。多分な。
「なあ、大輔」
「なんだ頌路」
「あれ、あのチューブの中、飛んでみたいよな」
「……ああ」
久しぶりに聞いた、頌路のわくわくしている声。
この異世界で、本当に良かった。
「さあて、召喚されし勇者たちよ!」
話が終わったのか、大賢者メイガス・ナジャがマントをがばっと広げ、水着を披露する。
「ロリビキニってどこに需要あるの?」
頌路がまともな感性で本当に良かったと思う。
「な・に・か・文句あるのかえ?」
笑顔に黒い線が入りそうな笑みで頌路に迫るロリビキニ。
大賢者というだけあって、言葉では言い表せない凄みがある。
「いや、特にないです……」
「言っておくがのう、わしはこう見えても齢80を超えておる!
ちぃっとばかし、若返りの薬を使ったら、肉体年齢が割る10されただけじゃ!」
「そういうの、うちの界隈では、ロリババアって、ぶふぁっ!」
「しゃ~らぁぁっぷ!」
幼女拳骨を顔面に受けた頌路。
痛いけど痛くないんだろうな。きっと心は無事だ。
「さあて、改めるぞ召喚されし勇者たちよ。
お主たちが何をどこまで知っておるかまでは、わしも知らんがの。
この国の状態はあまり良くない」
「それは伺いました」
「うむ。クマソ王は隠しておるが、砂の国の残党の盗賊に神器を奪われてしもうての、ぷくく! 名君が聞いてあきれるわい」
「大賢者様、そこ笑えない話ですよ」
さすがのエリカ王女もツッコんだか。
「しかしじゃ。元隠の国の神器、魔剣エトランゼを保管しておる。
一応、名目上は神器がふたつある国、というわけじゃな」
「魔剣の使用者はいないんですか」
「良い質問じゃのう、異世界の勇者Bよ」
「大輔です」
「ダイスケというのか。
残念ながら魔剣の使い手は見つかっておらん!
じゃが、すぐに見つかるじゃろう、これは心配ない」
すぐに見つかる?
大事なところをはぐらかす大賢者。
「まあ、政情は不安定じゃな!
噂レベルの話じゃが、新興国バジャーが攻めてくるじゃとか、月の国が襲ってくるじゃとか、ようよう民らも噂に飽きんものじゃ」
「それは、不安だからなのでは……」
「ん、まあ、そうとも言うがの。
とりあえずお主らはクマソ王に謁見したいんじゃろう?
わしが取り合う故、ついてまいれぃ」
思わず顔を見合わせる俺たち。
唐突に現れた大賢者。
その身元こそエリカ王女が保証してくれているが、簡単についていって問題ないのだろうか。
「行こう、みんな」
エリカ王女が率先して大賢者の後を追う。
御者の少女だけが、ぺこりとお辞儀をして、馬車の世話に戻って行った。
* * *
「真っ白ですね」
「厳密には白ではないがの。ここは城じゃよ、ファファファ!」
大理石で作られた城の中を大賢者を先頭にずかずかと歩いていく異邦人の俺たち。
警護の兵士たちに、特に警戒されている様子もないところを見ると、大賢者の威光はこの国では相当なものらしい。
長い廊下を抜け、陽の光の入る十字路に差し掛かった。
「すげ……」
神秘的な光景と言えるだろう。
俺はこの程度ならいくらでも見た事があるので、今更どうとも思わないが。
思わず漏らしたであろう頌路の感嘆の声に、大賢者が気をよくしたのか、得意顔で話し始める。
「そうじゃろうそうじゃろう、これはな、光の屈折を利用しておるのじゃ。
いや、勇者たちには難しい話じゃったかの、ファファファ!」
「へぇ、光の屈折を利用してるんですか」
「な、なんじゃ、その理解しておるような言葉は!?」
「義務教育ですから」
「ギム……教育……?」
「大したことない知識ってことです」
「おいおい大輔、それは酷い言い方だな!」
と、微妙に大賢者をへこませる出来事もありつつ、謁見の間に辿り着いた。
衛兵が「王は不在ですが」と言うのも聞かずに謁見の間に入り込み、大賢者が大声を出す。
「クマソ王、わしじゃい!」
遠慮もなしに大声で一国の王を呼びつける。
「おらんのか!? この時間に来ると言っておいたじゃろうがーーい!」
と、耳がきんきんする程の大声で叫ぶ大賢者。
威厳も何もあったものではない。
そしてもう一人、この大声に威厳も何もない人物が奥からバタバタと姿を現した。
「な、ナっちゃん! 本当に来るとは!」
クマソ王というだけあって、ぼうぼうにヒゲの生えたおじさんの登場である。
一応このSFチックな街の王なのであろう。
登場がコミカルすぎて、もはや威厳のかけらもないが。
「言うとったろうがーい!」
「ということは、アレも本当だと……」
「アレもコレも本当じゃーい!」
「た、大変だ!!」
「慌てるでないわ! その為にここに協力な助っ人を連れてきておる」
「クマソ王」
「な、な、エリカ王女!? 大きくなられて!」
「! 覚えていただいているとは、光栄です!」
「いや、そこの大賢者が……」
「話をややこしくするでない!」
「クマソ王、ご挨拶もそこそこに申し訳ございません。
実は、光砂の国が国家の統一を図っております」
「……」
「そこで、クマソ王には、新興国並びに月の国とより深い同盟を結んでいただき、光砂の国を止めていただきたいのです」
「……」
「あい、わかった。エリカ王女、長旅ご苦労。
その件については追々判断を下す。
まずは部屋を用意させる故、ごゆるりと身体を休められよ」
「クマソ王、時間があまりないのです!」
「エリカ王女、この国にはこの国の事情がある。わかってくれるな」
「……はい。
クマソ王、あたしにできる事があれば、何でも言ってください」
「ほっほっ、エリカ王女を嫁に娶るには少しばかり老いすぎてしもうたわい。大賢者ナジャよ、若返りの薬について話があるので残るように」
「はいはい」
取りつく島がない、というよりは、既にわかっていたかのような反応だ。
恐らく悪い事にはなるまいが。
衛兵が「皆さまのお部屋を用意させますので、こちらへ」と案内してきたので、好意を素直に受け取ることにする。
多分、こうなることも大賢者の筋書き通りなのだろう。
どこか納得のいっていない顔をしている頌路とエリカ王女。
よく似た二人を見ていると、少しだけ微笑ましくなってくる。
あてがわれた部屋は、3部屋。
俺と頌路、セリさんとラクチャさん、そしてエリカ王女の部屋だ。
久しぶりに汗を流し、布団にゆっくりと寝に着いた深夜、それは起こる。
──月の国が攻めてきた。




