42話 軋轢
「大輔、お前なんでそんな平気なんだ……」
「何か言ったか?」
「……いや」
頌路の不満に気付かないまま、俺たちはエリカ王女についていくことにした。
少なくとも頌路の安全は保障されたと言っていいだろう。
この世界の人たちは、少なくとも俺が見て来た中では、容易く人を裏切る人たちはいなかった。
遺跡から出ると、強い日差しが照り付けた。
目が焼かれるように痛い。
砂だらけで、ほとんど緑のない大地は、まるで砂漠だ。
少し歩き、木陰に止めてあった馬車に乗ると、懐かしい感覚が蘇ってくる。
道中では、現在の情報について聞けるだけを聞くことにした。
光の国改め、光砂の国は、世界統一を図っているという。
先の情報通り、隠の国は滅び、ユリネ王女以下ヴァルキュリア隊三名は行方不明。
きっと生きているはずと願う彼女らが少し不憫であった。
また、隠の国の賢王ゲッフェンは滅亡の最中、死亡が確認されたが、ルドルフ王子は行方不明。
ただし、ルドルフ王子の使っていた神器、魔剣エトランゼは火の国にあるという。
神器と使い手が離れるということはつまり、そういうことなのだろう、と暗に諭されている気がした。
次に聞いた新興国バジャー。現在専らの脅威はこの国である。
なんと、神槍イグザガルードまでも擁しており、現在3つの神器を持つ強大な国となっているそうだ。
何とかイグザガルードを手に入れられれば、反撃の糸口も見つけられるのだが。
「ここはどこなんですか?」
「元砂の国があった古代遺跡のうちのひとつです。
各国にはこうした塔があり、当時は物見の塔として使われていたようですね。今は先ほど見ていただいた通り、沈んでいますが」
喋り疲れたというエリカ王女にかわり、セリさんが話を続けてくれている。
疲れ切った顔をしている頌路、暑さにバテているエリカ王女、獣のような目で俺を睨み続けるラクチャさん。
セリさんが唯一まともだ。
なんともなしに不安なメンバーだ。
「東へ進めば火の国があります。
火の国は新興国バジャーと共に月の国へ威力外交を仕掛けていますが、どちらかといえば、新興国より不利な立場です」
「ということは、新興国とは不仲なんですか?」
「いえ、表向きは同盟を結んでいます。ですが……」
「新興国が月の国を吸収した場合、次に狙われるのは火の国、ということですか」
「ご賢察のとおりです」
なるほど。
地理関係が少しややこしいが、月の国に対して、火の国と新興国がバチバチにやりあっており、光砂の国は、各国への距離が開き過ぎているせいで、何も手を出していない状況だと。
確かに光砂の国に隣接している、砂の国は既に吸収済み。
同じく近場であった隠の国は滅亡しているから……ということか。
「だからね、火の国に向かおうと思うの」
エリカ王女ががばっと起き上がって言う。
「新興国は何考えているかわからないし、月の国だっていつまで持つかわからない。だとすると、旧交が活きているのを信じて火の国に行くべきかなぁって」
「冗談じゃない」
否定の声をあげたのは意外にも頌路だった。
「そんなあやふやな理由で火の国とかいうところに向かおうとしているのか? 危険すぎるだろ。その三つの国はみんな戦争してる。殺されるかもしれないんだぞ」
「……」
「大体、エリカは王女なんだから、光砂の国に戻った方がいいんじゃないのか。そこが一番安全だろ」
確かに一理ある。
だが、その一方で、なぜ彼女らがあえて火の国へ向かおうとしているかを考えれば、自ずと答えは導き出せそうなものだが。
頌路らしくない。
「……ごめんね、あたしの国……光砂の国は、多分、今一番危ないところだから」
「はぁ!? どういうことだよ」
砂の国の王妹ロベリアの悪政によるものだろう。
話を聞いていれば容易に想像できると思うが、頌路にそんな余裕はなかったのかもしれない。
「とにかく、今は火の国に向かうのが一番安全なの」
「安全じゃなかったらどうするんだよ」
「その時は、その時よね」
「なんにも考えてねーじゃねぇか!」
怒声。
「頌路」
「うるせぇ、オレは安全なところにいたいだけだ」
──パシン!
ガタゴトと揺れる馬車内に乾いた音が混ざる。
「ショウジ。あなたの安全は守るけど。
守られたいなら、守られたいなりにしっかりついてきてよね!」
「何、しやがんだっ!」
はたかれた事に気付いた頌路が、エリカ王女を殴り返そうとしている。
「やめろ、頌路!」
俺が抑えているおかげか、セリとラクチャは見守ってくれているが、いつハルバードを振り回してもおかしくない体勢だ。
馬車内に緊張が走る。
「お前、何しようとしたのか、わかってるのか」
「お、オレは、オレは……」
泣きそうになっている頌路と、エリカ王女の二人。
頌路の気持ちはわかるが、エリカ王女まで涙目なのはどういうことだろう。
王女だけに、男に反抗される経験がないのであろうか。
「すみません、エリカ王女。彼は混乱しているんです。
召喚という技術は、人の心を容易く破壊するものなんです。
お許しください」
これは俺からの精一杯の反抗だ。
協力はするが、召喚という技術を使ったことは許していない、と。
頌路を巻き込んだことを、許していないということをだ。
言外にそういった理由を含ませた言葉に、聡いエリカ王女たちは静かに息を飲んだ。
* * *
砂の国は非常に暑い国であった。
もはや国としての体裁は保っていないが、火の国へ続く街道は最低限踏み固められている。
照り付ける太陽の陽射しの中、二頭の馬で幌馬車を牽けば、当然無理が出てくる。
特に馬という生き物は暑さに弱い生き物だ。
この世界の馬が、日本で見る馬と同じなら、という条件付きだが。
残念ながら、条件に当てはまっているらしく、途中で何度も休憩を挟むことになった。
御者の女性は、浅黒い肌の人物で、元砂の国の出身らしい。
王妹ロベリアが権力を握り始めた頃から、砂の国は荒れ始めたことから、光砂の国も元の国と変わらぬ状況となってしまい、もはや恨み言すら出てこないとのこと。
名こそお互いに名乗らなかったが、特に悪意は感じなかった。
「彼女も苦労してるんですね」
「うん、一緒に来てくれて、本当に助かってるよ」
「……幌馬車付きとはいえ、四人旅というのは、ちょっと危険ですよね」
「あちゃぁ、やっぱ、そこ気になっちゃうよね?」
「オレも気になってた。なんで光砂の国から出てきちまったんだ」
「さっきも言ったけど、光砂の国は今多分一番危険な国だから。
元砂の国の王妹ロベリアが、ほぼ実権を握っている状態。
これはかなり異常な事なんだよ」
「ゴート王に何かがあったということ、ですか」
「……多分、ね」
「だから信頼できる三人だけ連れて旅立った……ううん、逃げ出したんだよ」
「逃げ……?」
少しの逡巡を見せ、できるだけ約束を守ろうと情報を提供してくれるエリカ王女。
だが、それでも口に出しにくいことはあるようで。
深く聞くこともあるまい。
「わかりました、では火の国へはどのぐらいでつきそうですか?」
「そうだなぁ、ここら辺は元砂の国なんだけど、昼は暑いし、夜は寒い気候だから、一週間ぐらいはかかるかな」
「馬が動かないってことですか」
「そういうこと」
「それじゃあ休憩中は暇だな。
頌路、異世界小説の話でもしてみたらどうだ」
「なんだよ急に」
「異世界かぁ、知りたいな!」
思いのほか、エリカ王女が食いついてきた。いいぞ。
俺としては頌路に少しでも異世界への憧憬を思い出してもらいたいところだ。
少なくともこの世界は前回ほどとんでもないところではないし、日本人は超集中という特殊能力が使用可能だ。
……いや、頌路まで超集中が可能かはわからないが。
あまり希望を持たせるのも悪い、が、知らなければいざという時に自分の身を守れないかもしれない。
超集中について教えるか教えないか、たったそれだけでここまで悩まされることになるとは、少々煩わしい。
それでも、召喚に巻き込んだ手前、強く出ようという気にはならないし、何より頌路には、普通の生活をして欲しい。
召喚で人生を狂わされるのは、俺だけで十分なんだ。
「えー、教えてくれないのー?」
「気が向いたらな」
いつの間にか頌路とエリカ王女が仲良くなっているようで、その点だけは良かったと思う。
「頌路、せっかくだからひとつ話してやってくれないか。
そうしたら、俺もひとつ、お前に伝えたいことがある」
「な、なんだよ……そんな言われ方したら断わりにくいだろ。
仕方ないな、じゃあ、オレが読んだ小説で一番面白かったやつの話するか……」
* * *
「エリカ様、そろそろ出発しましょう」
「ええっ、話の途中なのに!」
「長編だから、また次の休憩にな」
話が一区切りついたところで、出発の声がかかる。
そして俺も気持ちの整理がついた。
超集中について、話しておくべきだと。
「頌路、小説にはチートがあるな」
「ああ、現実の異世界にはないけどな」
「実は、そうでもないことがあるんだ」
「はぁ!?」
そりゃ驚くよな。
前に魔法関連で説明したような気がするが……。
「多分お前も使えるから説明しておきたい。
"超集中"について」
「なんだその単語、ガチチートっぽいじゃん……」
説明と休憩を挟みつつ、数日が経過した。
一歩、また一歩と馬は闊歩する。
目指すは火の国、クマテラス。
そこで待つのは、戦か、試練か、それとも安寧か……。




