40話 奇跡の召喚
「───ぁぁぁ!!」
頌路の絶叫と共に、世界は一瞬でその姿を変える。
古ぼけた遺跡のような内装、かび臭い独特の臭気は、相当に時間が経っていることを示している。
足元には見慣れた魔法陣が光を失っていくところであり、召喚されたのだと認識するには、あまりに見覚えがありすぎた。
両手で頭を抱え、しゃがみこむ頌路。
目の前には物々しい雰囲気の三人組。
中心の一人は旅装ではあるが、隠しきれない高貴な雰囲気を纏っている。
その人物の両脇には身構えている二人の兵士。
まあ、いつもの事だ。
さて、どうするべきか。
こちらから先に一言を発してもいいが、相手からの出方を窺ってみたくもある。
言葉がきちんと通じる異世界なら、俺の言葉は決まっているけどな。
瞬時に状況を把握し、そんな打算を考えたが、口火を切ったのは、あの男だった。
「か、帰してくれ!! やめてくれ、オレは関係ないんだ!」
頌路である。
突然の言葉に驚きを隠せない三人。
これはチャンスかもしれない。
「話なら俺が聞きましょう。彼だけは帰してやってくれませんか」
以前は無理だったが、今回はもしかしたら……。
「ごめんなさい」
中心に立つ旅装の女性が言葉を放つ。
「この魔法陣は、送還する方法はついていないって、大賢者様が言ってました」
送還方法がない……? そんな魔法陣が存在するのか。
「そんなのデタラメだろ! いんちきだ!
頼む、帰してくれ、帰してくれよぉぉぉ……!」
何とか頌路だけでも帰してやりたかったが……。
「わかりました。とはいえ、お役御免となれば解放されるのでしょう?」
「……ずいぶんとお詳しいようですね。
その通りです。今、あたし達の世界に起きている事件の解決に、力を貸してください」
「断る」
「大賢者様は召喚者様がお断りになる可能性があるとも仰っておりました。故に送還する方法がない魔法陣をお与えくださったのです」
「仮に帰る事ができないとしても、そちらのゴタゴタに付き合う事はできないと言っているんだ」
大賢者なる存在は、随分と色々な事を知っていそうだ。
だが、今回頌路を巻き込んだ事は、俺とて腹に据えかねている。
俄かに雰囲気が悪くなり、旅装の女性の隣にいる兵士二人も槍を構え出した。
状況は俺たちに芳しくない。
だが、それでも頌路だけは何としても危険から避けてやりたい。
しかし、こうまで強硬な態度をとった俺に対し、旅装の女性は口角を上げ、兵士二人を下がらせた。
「……よほど、その方が大切なようですね」
「……」
「提案があります。その方も大事な召喚者ではありますが、あなたがその方の代わりに働いてくだされば、決して手出しはしません」
なるほど、守る……とは言っているが、実質的な人質というわけか。
大体異世界人は信用できないが、最悪の場合でもこの召喚主の寝首を掻けば、何とかなるだろう。
「大輔……」
「心配するな、お前だけは守る」
すがるような目で俺を見た後、静かに俯いてしまった。
頌路も自分の立場が人質に置かれることがわかったのだろう。
「改めまして、あたしはエリカ・M・サンウィル。光砂の国の第二王女です。
後ろの二人は、セリとラクチャ。護衛です」
エリカ王女の後ろに佇む二人は、槍をそれぞれ持ち、隙の無い立ち姿をしている。
よく見れば、槍は先端に斧状の刃がついており、ハルバードと呼ばれる種類であることが見受けられた。
現状、この二人を相手にすることは下策であると判断せざるをえない。
「俺はダイスケ・スメラギ。ダイスケで構いません」
「……俺はショウジ・キムラ……」
絞り出した声は恐怖に染まっていた。
思い出しているのだろう、前回の異世界を。その結末を。
頌路は異世界を生き抜くには余りに優しすぎるのだ。
ぶつぶつと「もう異世界には関わりたくなかったのに」という悲しみを帯びた声が聞こえてくる。
「ありがとう、ダイスケ、ショウジ。
さて! 自己紹介も済んだことだし、もういいよね?」
急に雰囲気の変わったエリカ王女に周囲の雰囲気が弛緩する。
「お、王女様、それでは威厳が……」
セリと呼ばれた兵士がわたわたとエリカ王女にかけあう。
ラクチャという兵士も、口角を上げ、笑みを隠さないところを見ると、どうやらいつもの事のようだ。
なんだかコミカルな一幕に、思わず唖然としてしまう俺だが、頌路は緊張が少しほぐれたようだった。
「王女然とした話し方なんて疲れるだけだし!
大体第二王女なんて気楽なものよ!
そんな感じだから、二人とも、気楽にお願いね!」
「……はい、わかりました」
「堅い! 硬いよ!」
「お、王女様、よろしく」
「エリカでいいわよ、ショウジ……だっけ。
召喚者にとってはこっちの身分なんて知ったことじゃないわよねー。
あたしならそう思う、うん」
「お、王女様……」
「は、はは……」
頌路が打ち解けたようで何よりだが、いつまでもこんなノリに付き合っていられない。
くどいようだが、こうしている間にも日本での時間は刻一刻と過ぎ去ってしまう。
せっかくの内定も取り消しになってしまう可能性がある。
できるだけ早く事を片付けて帰還したいところだ。
「そんなことより、何をすればいいか教えてください」
「えぇ、うん、そうね。何から話せばいいかなぁ」
だが……。
エリカ王女から語られた話は、驚きをもって迎え入れることになる。
* * *
……ここは、グランゼートという世界。
かつて7人の聖戦士と、7つの神器が存在し、悪の限りを尽くした魔王を封印したのだという。
封印後、7つの聖戦士たちは7つの国を作ったそうだ。
しかし度重なる戦争、神器による危ういバランスは、簡単に崩壊を見せる。
鉄の国と水の国が合併したのである。
一国一神器によって絶妙なバランスが保たれていた世界は、それを皮切りに大きく変動を見せ始めた。
光の国は、砂の国の神器を奪った挙句、戦争によりその国土を吸収。
聖戦士の末裔であるピゲキ王は誅殺。
王妹ロベリアは、光の国改め、光砂の国となったエリカの国に、保護。
だが、保護というには我が物顔で権力を操っているという。
光砂の国の王、つまりエリカ王女の父であるゴート・E・サンウィルは、その事に何の異議も唱えないばかりか、干渉すらしていないらしい。
光砂の国の危機を感じたエリカ王女は、セリとラクチャを連れて、密かに国を脱出。
伝説の大賢者を探し出し、魔法陣と知見を得た……というのである。
……これにはさすがの俺も驚きを隠せなかった。
こんなに似た異世界が存在するのか?
同じ異世界に召喚されたことなど、今まで一度もなかった。
だが、ありえない話ではない。
自分の中で、それはないだろうと高をくくっていただけで、決してない話ではないのだ。
確証を得るには、もう一歩、もうひとつだけ情報が欲しい。
光の国、現・光砂の国。
その第二王女がエリカ王女なら……。
「第一王女の名は……ユリネ……?」
ぴくりとだけ反応する護衛二人と異なり、驚きを隠さないエリカ王女。
ぽかんと開けた口を手で押さえ、身体をのけぞらせて全身で驚きを表現している。
そこまでするか?
「な、なんで知ってるの!?」
当然の流れで、俺は語る事になる。
この世界に来たことがあること、ユリネ王女とルドルフ王子に会った事……だが、神槍イグザガルードに選ばれた事だけは伏せておいた。
「し、信じられない……」
エリカ王女は、泣きそうな表情で笑みを作り、俺に何を伝えればいいのか困っているようだ。
喜びを伝えるべきか、怒りをぶつければいいのか、困惑している様子。
俺は俺で、聞きたいことがある。
ここが同じ世界なら、時間も同じだけ進んでいると思われるからだ。
つまり。
「隠の国は……どうなったんだ?」
賢王ゲッフェンにより統治されていた隠の国。
俺はユリネ王女とルドルフ王子の婚姻を成功させるために、彼女らに同行したのだ。
結果は残念ながら足止めを食らってしまったのだが。
「隠の国は、2年前に滅亡しました」
滅亡……。
その事実を告げるエリカ王女の顔は暗い。
きっとユリネ王女のことを気にしているのだろう。
「ユリネ王女と、ルドルフ王子は……」
「わからない……少なくとも、帰ってきて、ないよ」
暗く沈むエリカ王女。
今にも泣きだしそうだが、上を向いて涙を流さぬよう耐えている。
横に居たセリだかラクチャだかが、ハンカチを取り出し、目元をぬぐう。
その姿を見つめていると、ある男が立ち上がった。
「大輔……ここって、お前が前に話してくれた……」
「ああ、神器の世界で間違いなさそうだ……」
少し前の頌路なら飛んで喜んだだろうに、今は何かを考え込み、必死で体の震えを止めようとしている。
「戦争が、起きてる世界なんだな」
その通りだ。
現実をかみしめるように、頌路は身を縮こませる。
「エリカ王女、俺は何をすればいいのでしょうか」
この世界は危険だ。
前回ほど絶望的ではないが、油断すればすぐに首が飛ぶ世界。
頌路は何としても守らねばならない。
必要なのは安全という担保、少しでも早い帰還、そのためには明確な目的が必要だ。
「それは、召喚契約について、ということでいいのね」
「はい。俺たちが帰るために、何をする必要があるのかをお伺いしています」
エリカ王女は、きりりとした立ち居振る舞いに居直り、両手でコートの端を掴んだ。
片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋はピンと張っている。
カーテシーというやつだ。
「目的は、封印の解かれた魔王の討伐または封印をお願い致します」




