39話 幕間:安寧の日々
「ああああ……!!!」
隣で泣き崩れる友人。
ただ巻き込まれた彼を守りたかった。
俺の優先順位が、異世界よりも、彼を、頌路を選んだ。
ただそれだけだ。
携帯電話を確認すると、やはり日付が進んでいる。
転移していたのはどうやら数日間。
俺はともかく、頌路の家は大変な騒ぎになっているかもしれない。
夕陽の照り返す川を見ながら、友人が泣き止むまで、いつまでも待ち続けていた。
* * *
翌日から、頌路は俺に近づかなくなった。
サークルに顔を出してみれば、頌路は退部しており、あれだけあった異世界小説は半分以上がなくなっていた。
どうやら頌路の私物だったようだ。
変わっていくものを見るのは、少しだけ、センチメンタルな気分になるところもある。
日々、講義を受ける毎日が始まった。
今回はさほど勉強に遅れは起きていない。
またいつ召喚されるかわからないため、日々、黙々と単位を取得する日々が続いた。
数カ月後のある昼。
食堂でランチを食べ、やはり日本が一番だと思う気持ちで満たされていた時。
「──わはは」
久しぶりに聞いた笑い声だ。
ちらりと覗き見ると、頌路が数人のグループでランチを取っているのがわかる。
ああ、やはりあいつは笑っている方がいい。
そもそも俺と違って陽キャに属する人間なのだから、異世界への憧憬など忘れて、仲間たちとワイワイ騒いでいる方がお似合いだ。
……ん、なんだか少しだけ寂しさを感じるが、いいんだ、これで。
──1年が過ぎた。
四年制大学であるこの学校では、卒業に必要な単位を取り終わった人間がちらほらと見受けられ、片や毎日豪遊、片や就職活動でバタバタしているようだ。
もちろん俺は単位が足りていない。
だが、このまま召喚さえなければ、無事卒業できるだろう。
今までの間隔からすると、そろそろ召喚がくるので期待できないが。
……今のうちに取れるだけ単位をとっておかないと。
そんな勉強漬けの日々に、ちょっとしたニュースがあった。
いつものように食堂でランチをとっていると。
「大輔……」
「……!?」
頌路が声をかけてきたのだ。
そして。
「……すまんっっ!!!!」
食堂中の注目を集める謝罪。
腰を90度に曲げ、膝はまっすぐ、首は垂れていない。
完璧なお辞儀である。
「……なんのことだよ」
「大輔、オレはお前が怖くて……」
「いいから座れって」
このままだと目立って仕方がない。
「いや違う、お前が怖いんじゃない、オレ、異世界が怖くて……」
頌路の中でも伝えたいことは固まっていないらしい。
それでも一歩踏み出してくる勇気は、とても俺にはまねできない。
「あれ以来、夢に出てくるんだ。あの異世界が……リトちゃんが……」
リト……はて、誰だったか。
どんな顔だったかすら思い出せない人物だ。
そんな人物の事を覚えている頌路は、随分あの世界の人物に思い入れてしまったらしい。
「"どうして"って、最後の、あの顔がさ……夢にまで見るんだよ」
「頌路」
涙か寝不足か、目の赤い頌路に対して、俺が言えることはたったひとつだった。
「気にするな」
何もかも。
異世界の事は異世界のこと、日本にいる俺たちには関係ないことだ。
そう思わないとやっていられない。
「……」
頌路は何も言わなかったが、きっと心では納得していないのだろう。
かく言う俺も、6歳の頃の異世界の友人はよく覚えている。
最初の転移というのは特別なものだ。
「俺は何も気にしていない」
「はは……」
「だから、気にするな」
「オレ、お前を避けてたんだぜ……」
「あんな思いをしたんだ、普通避けるだろ」
「お前に重荷を背負わせて、オレだけ楽してたんだぜ……」
「気にしてない」
「……すげぇよ、お前……」
その日は、二人で黙々とランチを食べた。
ただし、いつもと違い、同じテーブルでだ。
少しだけ、距離が縮まったことを嬉しく思う自分が居た。
──さらに時は過ぎ、季節を秋を迎える。
前回の召喚から既に一年以上。
これは、今までの経験からして明らかに異常である。
しかし、いつ訪れるかわからない召喚に、日々覚悟を決めながらも、できるだけ俺には近づかないように、頌路にも話してある。
だが、予想に反して一向に召喚は行われない。
何が変わった?
俺が年をとったからだろうか。
頌路と共に召喚されたからか。
日本ですら1億もの人口がいる中、異世界召喚経験がある人物は俺と頌路だけ。
しかも、俺に至っては、頻繁に召喚されていた。
これは明らかに異常だ。
この"召喚"という技術には、何等かのキーがあるに違いない。
それを読み解くことができれば、この無粋な召喚から逃れる事ができるはずだ。
最近の俺は、頌路の影響からか、召喚について前向きであった。
仮説はいくらでも立てられるが、同様に召喚を経験したことのある人物が、頌路しかいないのであれば、あまり参考資料にはならない。
前回の召喚で新たにわかったことは、召喚される際、密着している人物がいれば、そいつも共に召喚されるということ。
それならば、俺が裸で召喚されないこともなんとなく理解できる。
だが、地面や樹木、草花などには召喚判定がないのはどういうことだ。
有機質だけでなく、無機質にも及んでいる召喚効果は、何をもってして「召喚対象」か、そうでないかを選別しているのだろうか。
「ふー」
考えても仕方がない、今までならそう思っていたが、これからは、そう割り切るわけにはいかないだろう。
他人が巻き込まれる可能性がある以上、無暗に他者との接触は避けるべきだし、回避できることがあるのなら、召喚からはできるだけ回避すべきなのだ。
「おや、ここは……」
──茶道部。
今は無き、超常現象研究部のサークルが間借りしていた一室である。
考え事をしていたら、いつの間にかこんな場所に辿り着いてしまっていたらしい。
過去を懐かしむなど、今までにはなかったことだ。
そんな偶然があったからか、とある人物が茶道部から現れた。
「皇、くん……?」
「ユリネ……?」
「「えっ??」」
驚く声が重なる。
相手にしてみれば覚えのない名前で呼ばれ、俺からしてみれば驚く程スムーズに出て来た懐かしい名前。
よく見れば黒いロングヘアにヘアバンドをしているだけで、ユリネ王女とは似ても似つかない女性がいた。
この人、誰だっけ……。
「ひ、久しぶりね?」
「ん、そうですね」
「サークル、残念だったね」
「まあ、怪しいサークルでしたし、仕方ないと思います」
「お、お茶でも飲んでく?」
「俺は茶道部員ではないので」
なんだろう、この妙な間は。
もしかして、引き止められているのか。
「あ、私、ゆりねって名前じゃないよ」
「それについては申し訳ございません。知り合いに似ていたような気がしたもので」
「知り合い? ……仲いいの?」
「どうでしょうね……もう2年以上前の話です」
「良かったら、聞いてもいい?」
いつもなら断るところだ。
だが、この時はなぜか、話したかった。
あの神器の異世界のことを。
* * *
「……粗茶ですが」
無駄のない綺麗な作法で淹れられたお茶を出される。
茶碗を回し、三口で喉を潤す。
口をつけた部分は拭き取り、茶碗を返す。
「結構なお点前で」
「いえいえ」
結局茶道部の部室にお邪魔した俺は、目の前の彼女、高橋かりんにおもてなしをされていた。
「……突飛な話になります。作り話だと思って聞いてください」
ごくり、と生唾を飲み込むような緊張感が、かりんから伝わってくる。
──それは7つの神器を持つ、6つの国の物語。
光の国の王女ユリネは、砂の国より奪った神槍イグザガルードと共に隠の国へ婚姻に向かった。
俺はその途中、王女に召喚されてしまう。
途中、謎の襲撃に遭い、ふとしたことから神槍に認められた俺は、槍から吹き出す闇を使い、悪漢どもを蹴散らす。
ここまでは自分がヒーローになる願望をむき出しにしたような与太話だ。
ユリネ王女は、隠の国のルドルフ王子と婚姻を進めていたが、月の国の鋼鉄軍が攻め込んできたという。
鋼鉄軍の足止めのため、俺は神槍を持って戦場へ向かった。
その時に現れたのは月の国最強の戦士、マリエル=サンダー。
彼女は鏡剣ミラージュロードに認められた月の国最強の戦士だった。
彼女は自我を持つ分身を作り出すミラージュロードの力で、徐々に俺を追い込んだが、上手く対応しきれていた。
だが、途中で現れたもう一人の神器持ちの登場で、一気に不利になる。
しかし、隠の国の神器使いでもあるルドルフ王子の助けが入り、超集中という能力を持っていた俺は、危機一髪を凌ぐ。
形成は逆転できたわけではない。
マリエルは鏡剣の真の力を解放し、俺もまた、神槍の力を解放しようとした。
そこからだ。
俺の心は闇に捕らわれ、気が付いた時には、何も手に残っておらず、この部室に戻ってきていた……。
ユリネ王女がどうなったかはわからない、だが、月の国の鋼鉄軍の足止めに俺が失敗した以上、彼女は……。
そんな、とりとめのない作り話のようなものを、かりんは静かに聞いてくれていた。
そして。
「辛かったね」
と、やんわり微笑んでくれた。
本当は引いていたのかもしれない。
でも、その時、俺は受け入れられた気がして、本当に救われたんだ。
* * *
何事もなく時は流れ、2月の後期テストも完璧。
問題という問題も起こらず、ついに卒業式を迎えた春。
これまで覚悟していた召喚はついぞ起こらなかった。
「よぉーーーっす、未来のちゃんぴょ~ん!!」
突如ヘッドロックをかましてくる男、頌路。
一年半前には、あんなにへこんでた奴が、とうとう元通りになってしまった。
しかし、こうしたやり取りもやり納めかと思うと、なかなか感慨深いものである。
「大輔、お前、就職するのか?」
「ああ、日雇いのバイトだけどな」
「お、お前なぁ……」
確かに、大学を出てまで日雇いのバイトをするのは少々もったいない事なのかもしれない。
しかし、俺は召喚されないとは限らないのだ。
「そういう頌路はどうなんだ?」
「バッチシ! 内定もらってるからな、しかも3社から!
ウハウハだぜ!」
「……凄いな」
単純に凄い。
俺の記憶にある頌路はいつも遊んでばかりいたのだが。
隠れて努力していたに違いない。
「頌路ーー!」
遠くから頌路を呼ぶ声が聞こえる。
本当に交友関係の広いやつだ。
……こいつともお別れだな。
「頌路、呼ばれてるぞ」
「ああ、大輔。お別れだな」
最後の握手。
ぐっと、お互いの手を握り、友人との、いや、戦友との別れを惜しむ。
「またいつか会おう」
「ああ」
その瞬間。
見覚えのある青い光が身体を包む。
希望に満ち溢れていた頌路の顔が、脅えの色に染まる。
くしゃくしゃとその顔は恐怖に染まり、慌てて手を離すも、青い光は消えない。
「い……」
「いやだいやだいやだああああ!!!!」
────。
何事かとざわつく大学入口。
しかし、声の主は既に無く────。
最終章へ続く
~最終章は少し長くなりそうなので、推敲出来次第、順次投稿する予定です




