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38話 救世主

「あはぁ……はぁっ……はは……」


 息切れが酷いのに、なぜか笑えてくる。

 絶望しかない。

 この世界に、希望は、ない。


「参った。ギラファトさんまで失ったら、手がない」


 オレたちは一目散に逃げ続け、いつの間にか、召喚された地まで戻ってきていた。

 大の字に倒れ、肩で息をする。

 埃っぽい空気を目いっぱい吸い込んでは、吐き出す。


 その都度、浮かぶ、懐かしい日本の景色と、三人の死。


「帰りてぇよ……はは」


「……ああ。だが、正攻法では無理。

このクエストは絶対に達成不可だ。

彼我の戦力差が大きすぎる」


「……」


 なんでこいつはこんなに冷静なんだ。

 やべえよ、人間じゃねぇ。


頌路(ショウジ)、改めて聞くが、この世界を救いたいか?」

「そりゃ、救いたいさ」

「自分の命を犠牲にしてもか?」

「……」


 嫌だ、それは、無理だ。

 命を賭ける理由なんてないし、もう心が、折れちまってる……。


 返事をしないオレの心でも読み取ったのか、大輔が言葉を続ける。


「まあ、俺も同感だ。こんな世界、どうだっていい」

「……そんな言い方は、ねえだろ」

「そうか? 命を賭けてでもこの世界を守りたいのか?」

「二度も聞くなよ、もう、わかってんだろ……」

「……」


 あーあ、俺はここで死ぬのか、こんな見ず知らずの異世界で、魔界で。

好奇心は猫を殺すなんて言うが、オレの命は()()()しかねーよ。


「生きて帰りたいなら、送還条件を満たすしかない。

それは言ったな、頌路(ショウジ)

「ああ、実はウソだとか言ってくれない?」

「くだらない冗談を言う状況に思えるか?」

「……思わない」


 大輔はむくりと起き上がり、ゆっくりと立ち上がった。


「どういうわけか、俺たちは見逃されているようだ。

奴らが本気で追ってくれば、俺たちは逃げられないと思う」


 オレもそう思う。あんな空を飛ぶ奴から逃げるなんて無理だって。


「勘違いするなよ、別に召喚された人間が無敵ってわけじゃないんだ。

多分、奴らには俺たちを殺さなくてもいい理由がある」


 理由。

 それは、なんとなくわかる。


「あの天使たちの敵は、オレたちじゃなくて、魔界の住人だからなんだろ」


「それもあるとは思う」


 歯切れの悪い返事。


「……なんだよ、だから無理すれば奴らを殺せるっていうのか」

「それは無理だ」

「じゃあ、なんなんだよ」


 正直言って、もう考えたくない。

 このまま寝ていたら、朝、布団の中で目覚めないだろうか。

 この世界は全部偽物で、明晰夢で、悪夢だって。


 だが、指で摘まんだ鉄くずと砂は、リアルな触感を伝える。

それが、これは現実であるという事実を脳に伝えてしまい、身体から力が抜ける。


「俺たちが無事に日本に帰るには、送還条件を満たすしかない」

「だから、それが無理なんだろ」


 何度も同じことを言う大輔に少し苛つきながらも、返事をする。

 大輔はその事を意に介してもいないのか、なおも言葉を続ける。


「送還条件を満たす方法は、召喚者が設定した送還条件を満たすこと」

「天使を倒せってことだろ、無理」


「もうひとつ、送還してもらうよう召喚者に頼むこと」

「それも無理だった」


 そのふたつの条件じゃ、無理じゃねぇかよ。


「……実は、もうひとつ条件がある。

多分、お前は反対するだろうと思って、言ってなかったが」


 な、なんだって!?


「は!? おま……そんな方法があるなら、教えろよ!

反対するかどうかは聞いてみないとわからねーだろ!」


 興奮したオレの言葉に、大輔はしばし考え込んでから、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 最後の送還方法について。



 * * *



「この世界を……見捨てることになる」


 相当言葉を選んでいるのだろう。

 大輔はそう言ったが、こいつの提案した内容は、そんな生易しいものではなかった。

 そんな方法、反対するに決まっている。


頌路(ショウジ)がどうしても帰りたいなら、この方法をとる。

大丈夫だ、お前に負担はかけない」


 ……。


「だが、やはりこの世界を救いたいというなら、抗ってみせるけどな、最後まで。多分死ぬが」


 ……。


「ずりぃよ……選択肢なんか、ねえじゃんかよ……」 


「……帰るか?」


「…………か」


 ダメだ、帰れるという誘惑が余りに強すぎて、オレの心が言う事を聞いてくれない。


「かえ……っ」


 オレの理性は、倫理観は、そんなものクソくらえだと、死にたくない、生きて帰りたいと、それだけが頭を支配している。


「帰り……たいっっ……!!」



 * * *


 ここで待っていてもいいという大輔に、オレは反対した。

リトちゃんにシャアトさんたちの死を伝え、オレたちが帰還することを伝えなければならない。


 その役目は、オレがやるべきだからだ。

決して意味のないことだとしても、最低限、オレの中で譲れない筋がある。


 隠し通路を重い気持ちで通り、リトちゃんの元へと赴く。


「リトちゃん……」

「おかえりなさいませ、救世主さま……」


 居住区の入口まで、リトちゃんは迎えに来てくれていた。

 相変わらず愛らしい顔に、少し影を落として、ぺこりと礼儀正しいお辞儀をした。


「リトちゃん……オレ、オレ……」


 言葉が上手くつながらない、ちゃんと伝えなきゃ。

 これがオレの最後の責任だから。

 オレが自分でやるって決めたことだから。


「救世主さま……ある程度は見ていました。

二人は、おやくに立てましたか……?」


 そういうリトちゃんは両目いっぱいに涙を溜めて、英雄たちの最期を受け止めようとしている。


「リトちゃん……! ごめん、ごめんなぁ……!!」

「うっ……く、うわああああん!!」


 思わずリトちゃんの小さな身体を抱きしめ、二人して泣いた。

 あの冷血漢だけは、静かに銃の手入れをしていた。


 こいつ、どこまでも人の血の通ってない奴だ。


 だが、それはオレも同じ。

 オレはリトちゃんに伝えなければならない。

 人の血の通ってない言葉を。


「リトちゃん……。

オレたち、もう、無理だ……」

「救世主さま……」


「頼むよ……家に帰してくれ……」


 強く強く、懇願する。

 頼む、帰してくれ。


 帰してくれたら、最後の方法は使わずに済むんだ。


 頼む、リトちゃん……。


「ごめんなさい、救世主さま……。

魔界の戦士たちはみんないなくなってしまい、もう救世主さまにおたのみするしか、もう手がないんです」


「リトちゃん」


 オレは絶望しながら、彼女の小さな身体を離し、涙した。

 後悔、絶望、悔恨、憐憫?

いや、何よりも……帰れることを喜んでいた。

 こんな最低な方法をとりながら、オレは帰れることを喜んでいたんだ。


「リトちゃん、オレたち……」


 ──ガァン!


「帰りたいんだ……」



 * * *



「送還条件を満たす最後の方法は、強制送還を発動させることだ」

「強制送還? なんだよそれ……」


「召喚者の命が奪われれば、召喚契約は切れ、俺たちは帰る事ができる」


 は? それって。


「リトちゃんを……殺すのか……!?」


「そういうことになるな」

「なるな……って、お前! 平気なのかよ!」

「異世界人に情を移すな、俺たちにとって大切なのは、日本であり、自分の命だ、違うか?」


 違わない、正論だ。

 でもダメだ。


 なんで、ダメ?

 帰れるのに。


 帰りたいのに。

 倫理観が、道徳があるから。


 約束、したから。


(「どうかお願いいたします、救世主さまがた。この世界を……」

「ことわ」

「らないからな!オレたちに任せろ!」)


 言ったから、任せろって。


(なんとかしてやりてー)


 心の底からそう思ったのに。



「お前に負担はかけない。俺が、()る」



 なのに、なのに。


 オレの心は、否定の言葉を続けられない。

 もうその手しかないと思ってしまっているから。


「……でも、リトちゃんにもう一度だけ……

頼ませてくれ、帰してくれって」

「……ああ」


 そして、その願いは断られ。


 火を吹いたのだ。


 大輔の銃が。


 その弾は。


 真っすぐに。


 リトちゃんの頭を、貫いた。




「ごめん、ごめんよぉぉぉぉ!!!!」


「どう、して……」


 生きてる! 銃で頭を撃たれたのに!

 リトちゃん! どうして、そんな、血まみれで!

 誰がやった! オレだ! オレがやった! やらせた!


 リトちゃんの首を、十文字槍が駆け、世界は暗転する。


「リトちゃんんんんん────!!!!」




 * * *



「クックック……いやぁ、愉快愉快」

「これで唯一神様の使命を果たし、ネズミ共を全て処分できましたね」


「伝えておいたはずだがなぁ……禁呪を使えば、魔界が滅ぶ可能性もあるとなぁ!」

「サリエル……。

こうなることを知って細工した召喚術を伝えましたね?

相変わらず趣味の悪い」


「ん~~? 失敗とは言えないだろう。

確かに救世主は現れたのだ。

禁呪としての価値はあっただろう、アルカン!」


「アルカンではありません、バラキエルです。

驚いたのは救世主の劣等っぷりにですけどね。

まさかネズミ共にも劣るとは」


「いやいや、彼らは立派だった!

我らにとっての救世主! 末代まで伝えよう、その所業を!

ハッハッハッハァ!!」


 

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