36話 Sariel
ああああ!
すぐ傍で冷たくなっていく浅黒い肌の女性。
女性だった、もの──。
「モントさん!!」
オレが、オレが気絶していたばかりに……!
「シャアトさん、遺体から何か持っていくものはありますか?」
「武器を」
「わかりました」
大輔はモントさんの腰に差さっていた鞘ごと、剣を奪い──。
何してるんだ、それはモントさんの剣だぞ……。
モントさんは、モントさんは死んで……?
「頌路、退くぞ!」
死ん、で……。
「頌路!」
待てよ、モントさんを置いていくなよ。
「ギラファトさん、頌路を連れて行ってください!」
「わ、わかったよ!」
何するんだ、オレはまだ……。
「拠点まで退きます!」
* * *
ぼーっと視線を泳がせると、チカチカと赤く光るモニターが目に入る。
鬱陶しいな。
「そうですか、モントが……。
救世主さま、どうか、モントの剣をお持ちください」
どうやらリトちゃんはオレに話しかけているようだ。
救世主? 全然そんな立派なもんじゃないってのに。
モントさん……。
(良い武器をお持ちですね)
モントさんと同じ、ワルーンソード。
彼女の使っていた剣を受け取ると、手入れの行き渡っている様子がうかがえる。
……。
自分の使っていた剣を置き、モントさんのワルーンソードを腰に差す。
大輔たちは今も作戦を練っているようだ。
リトちゃんが心配そうにオレの傍に寄り添ってくれている。
思わず頭をなでると、彼女は目を細めてくしゃっと笑った。
「えへへ、元気出してくださいね、救世主さま」
元気なんて、出るわけがない。
でも……この笑顔を守るために、オレは、オレたちは戦っているんだ。
……頑張ろう。
* * *
そう決意はしたものの、どうも現実感が薄い。
地に足がついていないというか、ふわふわした気分だ。
モントさんの死が、まだ受け入れられないためか。
オレでいて、オレでないような感覚。
オレの知らないところで、時間だけがどんどん進んでいくようだ。
「じゃあ行ってくる」
大輔が言う。
「え、どこに?」
「さっきも話しただろ、囮作戦続行だ。
まだ近くに一体がうろついているから、そいつをおびきだす。
囮になるのは俺だ。頌路はまた攻撃の指示を頼む」
「あ、ああ」
もう止める気など、さらさらなかった。
「しっかりしろ、お前は救世主だろ」
「……ああ」
生返事だった。
そう発破をかけられても、冷静な心が、ヤバイ、逃げたい、帰りたいとずっと訴えてくる。
これが大輔の気持ちなのだろうか。
あいついつもこんな気持ちで異世界に召喚されてんのか。
「救世主様……」
烈風のシャアトさん。
三人の中で一番攻撃力が高そうな人だ。
この人がいれば、まだきっと戦える、そう判断されたに違いない。
オレがモントさんの穴を埋めなきゃ。
モントさん。
魔界最強格の三人なのに……オレなんかかばったから、あんなあっさりと……。
喪失感からか、じわりと目頭が熱くなってくる。
──ガァン!
大輔の発砲音。
おびき寄せに成功したのだろう。
「行こう」
飛び出すオレ達。
「まずは私からね!」
ギラファトさんが短剣を抜き、天使の懐に飛び込む。
あの勇気は本当に見習いたい。
続いてよたよたとした足取りだが、オレもモントさんの代わりに、ワルーンソードを突き刺す。
狙いとはだいぶ外れたが、天使の動きを止めることには成功した。
「さすがです、救世主様!」
連携の締めはシャアトさんだ。
螺旋を描く突きが、天使の心臓をえぐり出す。
最後に大輔が天使の首を刎ねて、おしまい。
当初はあんなに無理だと思っていた天使退治が、こんなに簡単にできるようになるなんて。
でも、これで何体倒した?
あと何体倒せばいいんだ……。
「やりましたね!」
「お見事です!」
「いい連携でした」
勝利に湧く三人。
いつまでこんなこと続けるんだ。
「いつまでこんなこと続けるんだ」
「えっ」
しまった、声に出てた。
「あ……いや、ザコを何体倒してもキリがないなと……」
慌てて取り繕うオレだが、雰囲気は暗い。
大輔だけが、仕方ないなという顔をしていた。
「気持ちはわかる、だが、クエストを受けた以上は完遂しないと帰れないもんさ」
「気持ちはわかる? 簡単に言うなよ! わかるわけないだろ、こんな気持ちなんか!」
あっ。
「急にこんな異世界に来て! お前みたいに強くもなくて! オレのせいでモントさんが死んで!」
ダメだ、やめろ、大輔に当たるな。止まれ、止まれ。
「もう帰りてーよ! 帰りてぇ……」
何てことだ。
一番当たっちゃいけない奴に、八つ当たりした。
ちょっと琴線に触れられただけで、堰を切ったように言葉と思いが溢れて、止まらなかった。
情けない。
情けない。
情けない。
涙も溢れてくる。止まっていた感情が、一気に迫ってくるみたいで、涙が溢れて止まらない。
「頌路……」
いいんだ、みんな、オレのことをひっぱたいてくれ。
こんな情けない奴のことなんか、見捨ててくれ。
異世界転移……非日常を甘く見ていた、どんなに本気になったつもりでも、何も本気じゃなかったじゃないか。
そうだ、どこか大輔を馬鹿にしていた。どうせホラ話だと、異世界に憧れつつも、異世界なんて存在しない、どこかでそう思っていたんだ。
遊園地のアトラクションみたいな感覚でいた。
何が剣かっこいいだよ、命を奪って、奪られての本物の戦争じゃないか。
「救世主様はよくやっておいでです。私が同じ立場だったら、とても耐えられないでしょう」
やめろ。
「うんうん、さっきの私たちとの連携もなかなか良かったしねー。凄いよ」
やめてくれ。
「頌路、俺はこれでも、お前の気持ちが一番わかるつもりだ」
なんで優しい言葉をかけるんだ。
「小さい頃から召喚されてきた俺と違って、お前はこれが初めての転移だもんな。しかもこんな厳しい戦いを強いられている」
やめろ、優しい言葉なんか欲しくない。
「だけどな、俺がいる。安心しろ」
「う、うああああああ!」
なんで、誰もオレを責めないんだ……!
止めどなく溢れる涙。
すみません、モントさん、オレのせいで。
──後悔。
一体どれだけの天使を殺したら、帰れるんだ。
もう一生帰れないんじゃないのか。
──諦念。
強くならないと、生きていけない。
大輔のように強くならないと。
──焦燥。
様々な思いを巡り、オレはしばらくその場を動けなかった。
静かな廃墟にオレの情けない嗚咽だけが、響く。
敵がうろついている場所で、その場を動かない、それが、この世界で一番やってはいけないことなのに。
動けなかったんだ。
「クックック……見つけたぞネズミ共」
首筋を舐められるかのような、ぬるっとした声。
ぞわりとした感覚に、しとどに零れる涙をぬぐうことも忘れ、顔を上げる。
純白の天使だ。
それまでと違うのは、柔らかな笑みではない、歪な笑顔、そして男性のような声を出しているということだ。
「この辺りで妙に天使がやられているので、何があったかと思えば……」
その細い目で俺たちをひとなめするように視線を漂わせる。
「唯一神の造りたもうた人とは違う異物が紛れこんでいるな……。
貴様ら、禁呪を使ったな?」
「……」
異様な雰囲気に圧倒され、誰も声を発せない。
こいつは、明らかに今までの天使とは違う。
「クックック……これは面白い!
禁呪を使えば魔界が滅ぶと知りながら、禁呪に頼ったか。
自ら滅びの道を歩むとは……酔狂なネズミ共だ」
男天使がパチン、と指を鳴らすと、天使が10人、20人、30人……。
ずらりと男の背後に現れた。
現れた天使たちは皆、一様に柔らかな笑みを崩さない。
始めは若干の神々しささえ感じていたその笑みは、もはや不気味な集団としか感じなかった。
「誰ですか、あなたは」
声の主は、十文字槍を構え、相手をしっかと見つめる男、大輔だ。
「味方に見えるか?」
「名も知らぬ敵に殺されたくないと思いませんか?」
「クックック……い~い度胸だ。
そのクソ度胸に免じて答えてやろう」
その男天使は、刀のように伸ばした爪をギャリギャリと嫌な音を立てながら自己紹介を始める。
「俺の名は、大天使サリエル。
そこのネズミ共と違って固有名詞はない。不要だからだ」
「大天使、ですって……!?」
シャアトさんが震えている。
大天使なんて肩書だけでやばい奴だとすぐわかる。
背後に控える30人以上の天使を統率しているのだろう。
あんなのと、まともにやり合えるわけがない。
オレの人生、終わった、か。
「救世主さま……ここは私が」
シャアトさんが震える身体を制して、大輔の横に立つ。
「シャアトさん、無理です」
「承知の上です。
ですが、あなたがたさえ生きてくれていれば、きっと巻き返せると信じています」
何を、何をしようとしているんだ。
「待って、シャアト。その役目なら私が」
「ダメよ、ギラファト。あなたはまだ若い。どうか救世主さまと共に、新しい世界を見て欲しい」
「シャアト……」
それは、ダメだろ。
し、死ぬ。また死んでしまう。
「救世主様……この世界を、そしてリト様をお願いします」
やめろよおおおお!!




