35話 頌路、調子に乗る!
「今度はオレが囮になる!」
「いや、何を言い出すんだ頌路」
案の定、大輔が止めてくる。
理屈はわかる。だが。
「大輔は今の戦いで大きく疲労している。
オレはほとんど隠れていただけだから、疲労していない。
足にも自信はある。攻撃をかわすぐらい、後ろ向きに走っててもかわせるぜ!」
囮という作戦自体は成功した。
だが繰り返せばその成功率も下がってしまう。
成功率が下がる要因をできるだけ排除した作戦を提唱するのは、オレでなくても当然の思考だ。
何より、このままいいとこナシなのは、ちょっとダサすぎる。
友人が命賭けてんのに、オレだけ賭けないなんてナンセンスだ!
「異世界はそんなに甘くない。少し歩いただけで息切れしてただろ」
「今は平気だって。落ち着いて深呼吸すりゃいーんだからさ。
それに天使を引っ張ってくるだけだ、戦わない分、気が楽ってもんだぜ」
正直、オレが大輔のように戦えるようになる未来なんて見えない。
それなら、まだやれることをやるべきだ。
最高効率でやれる役割が囮だってんなら、喜んでやってやるさ。
「救世主殿、素敵です」
心なしか、おねーさま方の目線からも尊敬の念を感じるぜ。
「頌路……」
「止めても無駄だぜ、みんなはしっかり休んでろよ。
ここに連れてくるぜっ!」
こうしてオレは飛び出した。
非日常が続いた濃密な時間にオレ自身おかしくなっていたのかもしれない。
後になって思えば、この判断は大きな間違いだったんだ。
* * *
「うわああああ!!」
背後から柔らかな笑みが迫って来る。
それも、三人。
まるで虫も殺さぬような顔をして、その爪でオレの命を刈り取ろうとしてくる。
偶然だった。
いや、必然だったのかもしれない。
意気揚々と飛び出してすぐ、先ほどの天使への援軍だったのか、新たに三人の天使と出くわしたのだ。
全速力で逃げるオレに対し、ふわふわとついてくる三人の天使。
一人相手でもあれだけ苦労したのに、三人も連れて行ったら……!
"全滅"の二文字が浮かび、何とか撒きたいという気持ちと、死にたくないという気持ちが交差し、とにかく助けて欲しいという心の叫びが頭を支配する。
「うわああああ!!」
止まらない悲鳴。
本当なら、つり出しに成功したところで大声でみんなを呼ぶはずだったのに。
オレの大声につり出されたのは、大輔と、三人の仲間たちの方だった。
「頌路、怪我は!?」
「はぁ! はぁっ!」
ケガはない、そう伝えたいが息が苦しい。
息が苦しくて声が出せない。
吐き気もする。
「モントさん、頌路を頼みます!」
「承知しました……救世主殿は」
「手はあります!」
大輔が指示を出し、激戦を繰り広げている。
そんな中、生死の境を彷徨うかのように、うつろな視界と、ぼんやりとした思考が時間を流していく。
モントさんが守ってくれている。
その安心感からか、オレは強烈な眠気に襲われていた。
起きろ、起きろ、寝るな。
現実逃避するな、大輔も言っていただろう、異世界は現実だと。
ああ、そうだった。
現実だ。
日本に帰りたい。
かつ丼食べたいなぁ……スマブロやりてー……。
* * *
「手はあります!」
何てことはない、この程度のピンチは幾度となく経験している。
この天使とかいう敵は、単体での戦闘力は高いが、マイナさん程ではない。
地上にいるうちに仕留める事が肝要なだけで、素早い連携さえとれれば俺たちにどうにかできないわけではない。
「ギラファトさん、火で目くらましを!」
「わかったよ!」
いくつか試してみたが、魔法やスキルなどが使える様子はない。
どうやらこの世界では、日本人はかなりハズレの部類に当たる召喚対象だったようだ。
まあ、俺たちからしてもハズレの世界なのでお互い様だが。
「俺が突っ込んだら、シャアトさん、お願いします!」
「はい!」
火で熱された空気が喉を傷めるが、構う事はない。
十文字槍を構え、一度に首を刎ねに行く。
リスクは大きいが、リターンはでかい。
それぐらいやらねば、窮地は脱出できない。
敵も人間と同じ五感に頼って戦っている事は、既にいくつかの検証で判明していることだ。
火で視界が塞がれば、正面は見えなくなる。
いくらダメージを受けないとはいえ、物理攻撃はバリアを貫通するのだから、どうしても正面に意識がいく。
だからこそ、横ががら空きになるっ!
可能な限り石突付近を持ち、両手で首を刈る。
遠心力で加速された槍の穂先が、敵の首にめり込み、そのまま胴体から離れる。
「まず、一体!」
運がいいのか悪いのか、三体の敵は散らばっており、全体の位置を把握できていない。
「救世主様!」
シャアトさんの叫び声。
後ろか!
敵の爪と、シャアトさんの槍が俺の背後でぶつかる音がする。
「ありがとうございます!」
お礼を言いながらも敵に追撃を加える。
よし、敵の動きが読めて来たぞ。
もう一度同じ手が通用するかはわからないが、やってみる価値はあるか。
「ギラファトさん!」
「わかってるよ!」
ギラファトさんの両手から火球が生み出される。
「ファイア・ツー!」
学習能力がないのか、遠距離攻撃はかわす気がないのか、敵はもろに食らう。
学習能力がない方に賭けるのは少々分の悪い賭けだな。
「シャアトさん、正面から!」
「はい!」
敵の背後に回り込んだ俺は槍を一閃。
だが爪で受け止められてしまう。
やはり先ほど、味方のやられ方を見ていたのか、左右と背後に気を配っていたようだ。
だが、賭けには勝った。
「ハイヤアアアッ!」
シャアトさんの槍が螺旋を描きながら、敵の胸を貫く。
「よし!」
再び、遠心力をかけて槍の穂先で、敵の首を刎ねる。
「これで、二体!
あと一体は!?」
「空です!!」
仲間が二体やられた事で、安全策に切り替えたようだ。
気弾を生成し、どんどん投げつけてくる。
くっ、この、ふざけやがって……。
ああ全く、理不尽だ。
こんな異世界に呼ばれて、頌路が勝手にクエストを受けて、勝手にピンチになって……。
でも、少しだけ不謹慎だが……。
いつもより楽しいぜ。
ありがとうな、頌路。
思わずにやりと笑い、頌路の方を見ると、気弾が頌路に向かって飛んで行っているところだった。
「頌路!!」
* * *
──ゴォォォォン!!
激しい音と振動、ざりざりとした鱗のような触感に目が覚める。
しまった、オレはいつの間にか気を失っていたらしい。
「だ、大丈夫ですか、救世主殿……」
「へっ?」
顔を上げると、血まみれのモントさんの顔が。
その顔に浮かぶ、誰が見てもわかる、死相。
そうなんだ、人って死ぬ前、こんな顔をするんだ──。
「頌路、大丈夫か!」
大輔が駆けつけてくる。
「オレは大丈夫だ。 でも、モントさんが……」
オレの返答は聞こえていたのかどうかはわからない。
すぐに気弾の雨が降り、それどころではなくなった。
「飛ばれた! 皆さん、撤退します!!」
聞いた事のない大声で大輔が叫ぶ。
「私、は……もうダメです。当たり所が、悪かったみたい、です」
「モントさん!?」
「頌路さん……自信を持って。
良い采配でしたから……」
え、ちょっと、待ってくれ。
「救世主殿……」
モントさんはうつろになっていく瞳で、オレと大輔の顔を交互に見て。
「あなたたちは最後の希望、どうかこの世界を……」
その場に、倒れ込んだ。




