31話 頌路の初陣
初陣だ!!
レジスタンスの本拠地から飛び出し、天使を補足したポイントへと向かう。
ちょっとかっこいい言い方したが、ぶっちゃけ道がわからないので、大輔頼みだ。
というのも、こいつ迷わず走ってんだけど、すげーな。
「なあ! この道で合ってんのか!」
「当たり前だ。異世界では、情報収集は基本だぞ!」
いつの間に情報収集なんてしてたんだよ、マジ謎。
ま、大輔の存在がオレの勝算そのものだからな。
それにしても……。
「はぁ、はぁ……」
息が、苦しい。
確かにオレは、体力に自信がある方じゃない。
オールナイトで遊ぶのは得意なんだけど、ってそうじゃなくて。
「な、なあ、大輔。待ってくれ、ちょっと、息が……」
走る大輔に何とか意思を伝える。
「……そうだな。この世界は空気が薄いみたいだ。一度隠れて息を整えよう」
なんだよ、ここに来てから息が苦しかったのは、魔界の圧力的なやつかと思ってたのに。
ただ単に空気が薄かっただけなのか。
……となると、高山病とかにならないか心配になってきたぞ。
大輔が休憩所として選んだのは、鉄骨の建物の傍。
赤茶けた鉄骨がたくさん並んでいる。
元々は立派な外観の町並みだっただろうと想像できるが、現在のこれは間違いなく廃墟といえる類だ。
「滅ぼされたのかな」
「十中八九」
オレのつぶやきに、言ってほしくない言葉を即座に返す大輔。
思わず、背筋がぞくっとする。天使ってやべーな。
「あれか」
ふと大輔が口に出した先に目をやると、そこにいたのは天使!
まばゆい光輪が頭上に輝き、純白の翼が生え、白いワンピースのような服をひらひらさせながら、ふわりふわりと空中を飛んでいる。
「うおお! 天使だ!」
「うるさい」
画面を通してしか見た事のない人類の想像の産物が、目の前にいるのだ。
興奮の余り、身を乗り出してしまう。
天使はオレに気付いたのか、柔らかな笑みをたたえたまま、ふわりとこちらへ近づいてくる。
端正な顔立ちだ。男性とも女性とも言えない、だが、リトちゃんには悪いが、角が生えていない分、よりコスプレした人間っぽく感じる。
おもむろに天使が両腕を開く。
か、感動的だ! The天使のポーズ!
全てを包み込む、神の使いだ!
「頌路! 何してる!」
オレの非現実への感動は、大輔の怒声と、首根っこを引っ張られた事で急に現実へと引き戻される。
「ぐえっ!」
日常生活でこんなに強く首根っこを引っ張られることなんてない。
さすがに文句を言おうと大輔をにらみつけてみれば。
柔らかな笑みと似ても似つかない尖った爪が、大輔を切り裂いていた。
おい、ウソだろ。
いや、大輔は無事だ。
一瞬、大輔が切り裂かれる幻覚を見た気がしたが、よく見れば巧みな槍捌きで上手く距離を取って戦っている。
あいつすげえ。
だが、オレだって救世主だ!
「とうっ!」
天使の背後を取り、剣を突き刺す。
だが、天使とはいえ、人型の生き物を刺すという行動に躊躇してしまい、狙いが甘くなる。
かわされた──!
天使はくるりとこちらを向き、柔らかな笑みのまま、尖った爪の生えた腕を振り下ろしてくる。
──え、ヤバっ。
「頌路!」
大輔がオレをかばい、槍で攻撃を受け止めてくれた。
「すまん!」
「言いたい事は色々あるが、とりあえず距離をとるぞ!」
大輔の指示に従い、脱兎のごとく逃げ出す。
「はぁ、はぁ……」
息が苦しい。
頭がぼーっとしてきた。
天使は……。
──ガァン! ガァン!
え、なんだ? 何の音だ!?
突然聞こえた巨大な音は、オレの隣……大輔の手から発せられていた。
──銃じゃねーか! 効かないって言われたの聞いてなかったのかよ!
「ちっ、どうやら本当に遠距離攻撃は無効化するらしいな」
「そう、言ってた、だろっ」
「異世界を容易く信じるな、異世界は常に裏切るぞ」
「それに実際に撃ったことで、なぜ無効化されているのかもわかった。
遠距離攻撃を打ち落とすバリアみたいなのが張られてる」
──情報収集は異世界の基本。
そういえば、何度もそんな事を言ってたっけ。
それでこいつ、無駄とわかってても色々やってんのか。
「伏せろ、頌路!」
伏せろ!? 伏せろってなんだッッ!?
日本で聞くことが滅多にない単語を即座に理解できなかったオレは、大輔に頭を地面に叩きつけられた。
地面に散らばっていた鉄くずが額に突き刺さり、皮がはげ、じわりと血がにじむ。
いてぇ……!
「何すんだ!」
「奴が遠距離攻撃を撃ってきた。玉みたいなのを飛ばしてくるぞ、気をつけろ」
大輔は顔色ひとつ変えず、天使の挙動を確認している。
くっ、今度は怪我させられたから、怒ろうと思ったのに。
オレはまた助けられたんじゃないか。
「ど、どうするんだよ大輔」
「さすがに俺一人では無理らしい。頌路、お前との連携が鍵だ」
鍵だ、と言われても。
剣を持つ手が、かたかたと震える。
は? 震えてるんだけど、オレ。
「ちょっと待ってくれ、大輔。手が震えるんだ」
「頌路」
大輔はオレの方を向くと、いつかのようにがっしりと肩を掴んだ。
「ここは日本じゃない。異世界だ。
お前が敵を殺しても罪に問われないが、辛いならトドメは俺が刺す。
連携して弱らせるんだ」
悔しいけど、こいつの冷たい手が、妙に頼もしかった。
「連携って……どうやるんだよ、そんなことやったこともないだろ……」
「今のところノープランだ。
何かないのか、異世界小説は結構読んだんだろ?」
ノープランだ、じゃねーよ、断言すんなよ。
「異世界小説だと、スキルとか使ってなんとか……そうか、スキル!」
そう言うと、大輔は手を熊手の形にして、何か集中し始めた。
こいつならきっと何か……!
「……やはりダメだ、何も発現しない」
「他にないのかよ、異世界転移の常連なんだろ?」
「そうか、サークルで話したことはなかったか。
結論だけ先に言うと、何もない、無理だ」
そう言うと、大輔はまた天使の方を警戒しはじめた。
「異世界は各異世界ごとにルールがあるんだ。
だから、他世界で覚えたスキルや魔法は使えない」
十文字槍を構え、立ち上がる。
「何らかのつながりがあれば経験則で使えないこともないが、少なくともここにはマナも魔力も感じない」
おい、立ち上がったら天使に見つかる──。
「だから、やるしかない」
大輔の向く方向を向けば、そこには柔らかな笑みを崩さない純白の天使。
その笑みは、オレにはまるで死神のように見えた。
* * *
「はあっ!」
大輔が十文字槍を器用に振るい、天使に攻撃を仕掛ける。
だが、ふわりふわりと回避され、距離をとったところで、気弾のような玉を投げつけられる。
「あっぶね!」
危なく流れ弾が着弾するところだった。
連携を、と大輔は言ってたが、オレの知識に槍との連携なんて思い浮かばない。
異世界小説の知識も、採用できそうなものは何もない。
大体こういうバトルはチートスキルがあって初めて成り立つもんなんだ、ラッキーだけでジャイアントキリングなんてできるもんかよ。
それならば、せめて挟み撃ちにして攻める。
数の優位というやつは、どんな時でも有効なはずだ。
大輔が天使と壮絶な戦いをしている。
あいつ、あんなに強かったのか。
異世界にスキルが持ち込めないっていうなら、あの槍捌きは、自前ってことかよ。
よし、背後を取った。
オレだって……オレだって、救世主だ!
「うあああ!」
天使の背後を取り、全力で突く。
「ばっかやろ!」
──ガキィ!!
鉄と鉄の音が響いたかと思えば、大輔の十文字槍に止められているオレの剣。
状況が飲み込めない。天使はどこに行った?
「攻撃する時に目を瞑るな!」
「す、すまん」
大輔が上を向いた事で、天使が浮かんで逃げた事を察した。
見上げた上空に優雅にふわりと浮いている天使は、相変わらずの笑みを絶やさず、気弾を生成している。
死神とまでは言い過ぎでも、死の天使なのは間違いない。
気弾を投げつけてくる。
腕だけでビュンビュン投げてくる様は、どこかシュールだ。
あまりの非現実さとギャップで笑えてくるぐらいに。
「ハハ……」
当たった先の鉄塊が鉄くずに早変わりしているところを見ると、当たったらシャレにならない威力みたいだが。
「大輔、あんまり言いたくないんだけどさ」
「なんだよ」
上空にふわふわと浮いた天使が、憎らしいほどの笑みで気弾を投げつけてくる。
「逃げよう」
「賛成だ」
もう逃げる事しか考えていなかった。
大輔が賛成してくれなかったら、一人で逃げるつもりだったぐらいだ。
オレたちは一目散に逃げ出した。
その間も断続的に投げられる気弾。
気弾の着弾点から放たれる爆発音。
全てが、恐怖の対象だった。
* * *
「はぁ、はぁ」
音は止んだ。撒いたのか。
息が苦しい。空気が薄いだけじゃない。
今まで感じたことのない死への恐怖が、動悸を激しくし、呼吸をおかしくしている。
「大丈夫か? 過呼吸にならないように、深呼吸して落ち着けよ」
こいつ、なんで平気なんだよ。
「あ、ああ……」
慣れない空気、あまりに突然すぎる非日常。
これが大輔の経験してきた異世界転移か。
オレはとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。
「ま、でもさ。あいつを倒せばオレたちは帰れるわけだし、なんか作戦立てないとな」
精一杯の強がりだった。
「安請け合いするからだ」
「悪かったよ、転移がこんなに酷いもんだと思わなくてさ~」
努めて明るい調子で言ってみるが、大輔の表情は暗い。
ダメだ、大学のノリでの反応が返ってこない。
日常が遠く感じて、なんか不安になる。
「ハハハ……」
人はどうにもできなくなると笑いがこみ上げてくるんだな。
初めて知った。知りたくもなかったわ。
「でも、あいつを倒せば、倒せば帰れるんだ」
そう信じて、いや、信じようとしてずっと目を逸らしてきた現実を、大輔は叩きつけて来た。
「頌路。
あいつを倒せばって言うけどな。
敵が一体だけなんて、誰も言ってないだろ」




