28話 お嬢様が満足する時
自室を失った翌日、俺は久しぶりに魔法学の教室へと足を運んでいた。
目的は特にないが、未だに静養しろとの指示が覆っておらず、何もする事がない、というかさせてもらえない状況にあるからだ。
居場所のない俺は、もはや誰もいない道場か、この教室に行くかしかないのだが、怠惰に慣れ切った今の身体では、離れにある道場は遠く、とても行く気にはなれない。
というわけで教室で本を読んで過ごしていたのだ。
「そろそろお嬢様のお誕生日ですわね~」
エリナさんが不意に口にした誕生日という言葉。初耳である。
いや、厳密には魔法陣からの知識としてはあったが、思い出すきっかけがなかったのだ。
「やはり、誕生日プレゼントを用意するものですか?」
「もちろんですよ~」
「……どんなものが無難ですか?」
「お喜びいただけるものをご用意しましょう~」
難問である。
人類はなぜヒトであるかというぐらい難問だ。
エリナさんからはヒントになりそうなものは得られなさそうだ。
無難に花束でも……いや、この屋敷にはあの見事なチクロユリの庭園がある。
今更花束など渡しても陳腐に見えるだけだ。
それなら、オリジナリティのある木彫りの熊でも……。
いやいや、オリジナリティとは。
(何かに夢中になっている男性は、意外と素敵だなと思いましたわ)
……不意に浮かぶ、ユリネ王女の言葉。
飛行機? イルカ?
いや、違う、魔法は万能力っぽいしな。
もっと俺らしいものをプレゼントしよう。
怒られたらその時はその時だ。
* * *
──数日後。
「ハッピー!! バースディ!!」
屋敷中の人間の拍手が鳴り響く。
屋敷の居間にて、小さなバースデーパーティが始まった。
本来なら大会場でやる予定だったらしいが、この前の誘拐事件のことや、この世界の風習──15歳で結婚しないと行き遅れとされる──の事もあり、身内だけで済ませることにしたようだ。
よって、お付きのアカーシャとフェンベルの二人も今回は招待されていない。
「16歳おめでとうリヴェーラ。
初めての魔法も上手くいったとのこと。とても嬉しく思います」
奥様がほんのり涙目になりながら、喜びのお言葉を告げる。
「リヴェーラ、お父様と私からのプレゼントとして、魔法の杖を授けるわ。
また大変な事があった時、きっとあなたを守ってくれるはずです」
奥様からお嬢様に渡された杖は、素人目にも見ただけで特別製だとわかる魔宝石が先端に飾られている。
きっと魔力を強化するものだろう。
だが、逆に狙われそうで俺としては怖いけどな。
それにしても……まずったな。
「旦那様もせめてお誕生日ぐらいは……」
「いいえ、セバスチャン。お父様はいらっしゃらなくても、お母様や、みんなに祝福してもらえて、わたくし幸せですわ」
人が変わったかのようなお嬢様の物言いに、屋敷中の人間がすすり泣く。
その後も位の高い方々から、次々とプレゼントが渡されていく。
最初に受け取った魔法の杖以外のプレゼントは、お嬢様の周囲に積まれていき、プレゼントで囲まれていく。
なるほど。こうすることで、位の高い方のプレゼントを大切にし、周囲のプレゼントで主役を引き立てる効果があるようだ。
となると、俺はいつ渡したらいいんだ?
執事、使用人、メイド、召使い……。
次々に渡されていくプレゼント。
おや、召使いの順番が来てしまったぞ。
一応セバスチャンの遠戚という体である俺が召使いより後に渡すのは体裁が悪いのでは?
ちらりとセバスチャンを見てみるも、セバスチャンはお嬢様の笑みを眺めてニンマリとしている。
どうした老執事、仕事しろよぉぉ!
親戚の爺ちゃんかよぉぉぉぉ!
「それで?」
静かな部屋に響き渡るお嬢様の声。
「ダイスケは何をくださるのかしら?」
「あ……えーと」
ちょっと待て、なんなんだこの空気は。
全員が俺のプレゼントに注目している。
まさか形式的に、最後のプレゼントには意味があるとかいうんじゃないだろうな。
というか内容的に被っているので、渡しづらいんだが。
「こ、これを作りました」
後ろ手に隠し持っていたものを、おずおずと差し出す。
それは、箱にも袋にも入れていない香水だ。
体裁も何もあったものではない。
「まあ、コロンですの?」
「はい、まぁ……。
お嬢様の魔力を引き出しやすくするよう調節してありますので、毎日使ってください」
そう説明すると、お嬢様は今日一番の笑顔で。
「ありがとうございますわ!」
と大喜び。
──あ、そんな顔するんだ。
早速、蓋を開け、香りを嗅ぎ、表情が消える。
続いてコロンを手首につけ、再び香りを嗅ぐ。
そして、見た事もない表情で。
「何ですのこれ、無臭じゃありませんの」
──あ、そんな顔するんだ……。
そんなこんなで、楽しいバースデーパーティの時間はあっという間に過ぎ去っていった。
* * *
「セバスチャン」
「はい、お嬢様」
パーティの終わり。
運命はまた大きく動き出そうとしていた。
「今日はとても楽しかったですわ。一生の思い出になると思いますの」
「それはそれは。私といたしましても嬉しく存じます」
笑顔の絶えないリヴェーラは幾分か真面目な表情で聞く。
「セバスチャン。ダイスケを連れてきてくれて、ありがとうございますわ」
「それはなんと……本人に伝えれば大喜びいたしましょう」
「い、言えるわけないじゃありませんの!
でも、私の魔法の師匠と呼んで差し上げてもよろしくてよ」
「私の遠戚めがお役に立てたようで、誠に恐縮でございます」
「遠戚、ね……」
どこか不穏な空気の漂う会話。
本心を語り合いながらも、隠されている真相をあぶり出すかのような、リヴェーラの追及。
「セバスチャン」
そして、運命の歯車は、再び動き出す。
「ダイスケは、いつまでうちにいますの?」
* * *
「ダイスケ! 出てきなさい!」
あのパーティから数日、静養令は未だ解除されていない。
教室に入り浸ってニート生活を満喫していた俺だったが、お嬢様の突然の呼び出しがあった。
少し苦しくなった燕尾服をあたふたと着用して居間に来てみれば。
腕を組んだお嬢様。
お隣に控えるアカーシャ、フェンベル両嬢。
いつもの三人だ。
いつもの三人が、どこかピリッとした空気で佇んでいる。
ああ、この三人がお揃いの時は、どうせいつものわがままを言われるのだ。
まあ、それさえ解決すれば、またのんびりとしたニート生活に戻れる。
そんな感じだろうと思って、ある程度の覚悟はしていたが、今回はとびっきりのわがままであった。
「あんたはクビよ!」
「えっ?」
その言葉をきっかけに、俺の身体を包む青い光。
そ、送還されるのか、今更!?
せっかく、楽な生活を手に入れたのに!
お嬢様にだって尽くしたつもりなのに!
「や、やっぱり異世界はクソだーーっ!!」
──。
* * *
青い光が消え、その場にいた人物は消え去った。
「リヴェーラ様……」
アカーシャがリヴェーラを気遣うように声をかける。
フェンベルは、柔らかな笑みで二人を見守っている。
これが、いつもの三人なのだ。
この数カ月、一人だけ、余計な人物がいただけで。
そう、これからは、普通の生活が戻ってくるのだと。
だが、リヴェーラは目に浮かぶ涙を抑える事はできなかった。
「ありがとう、ダイスケ。
わたくしの大切なお友達……」




