27話 秘密
あれから数日が経った。
ここは屋敷の俺にあてがわれた部屋のベッドだ。
凝った文様の天井をじっと見つめ、羊を数えたりしている。
静養してろと言われ、非常に長い間このままの状態でいる気がする。
とりあえず、賭けには勝った。
俺が生きてるのが、その証拠だ。
「……まさか、無手だったとはね」
* * *
「さよなら、ダイスケ」
言うが早いか、ライネスの片腕が動く。
その瞬間、俺は左手の指を刀があるであろう場所に向けて、ぐるりと一周。
見事、ライネスの居合いのタネであった「魔法で作られた刀」を阻害魔法する事に成功した。
ライネスの攻撃は空を切っただけに終わり、俺の五体もお嬢様も無事。
「ありゃ」
分が悪いと判断したのか、自ら捜索隊を呼んだライネスは、よりやさぐれた顔でお嬢様に「もう一回雇ってもらえます?」と厚顔無恥な事を口走っていたが「許しませんから!」の一言で逃走。
現在は消息不明だ。
お嬢様を助けたヒーローとなった俺だが、捜索隊が駆け付けた瞬間に、魔力切れで倒れてこの有様である。
旦那様より特別報奨金が出たとのことだが、必要ないので、全てセバスチャンに渡したところ、静養してろという命令がくだったのであった。
こうして俺は、送還されることもなく、数日間をぼーっと過ごしている。
あれからお嬢様には一度も会っていない。
同じ屋敷に住んではいるのだが、俺はこの状態だし、お嬢様もわざわざ俺の部屋を訪れる理由もないのだろうが。
館内はやや警備が強化されたようだが、それまでと比べ大きな変化はなし。
武術教師が辞職したことと、俺が魔法基礎学の授業に出ることがなくなったぐらいか。
──コンコンコン。
扉がノックされる。
もう食事の時間だろうか、
最近はノックの音で誰かを判別できるようになってきたつもりだが、このノックはセバスチャンでもメイドさんのものでもない。
「どうぞ」
許可は出すが、決して自分から扉を開けることはしない。
静養してろと言われたからだ。
決してニート気分を堪能しているわけではない。
「あ、あの……」
扉が開くと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
だが、普段の声のイメージと違い、消え入りそうな声である。
え? お嬢様の声? 嘘でしょう?
「ダイスケ……体調はどうかしら」
「お、お嬢様!わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
さすがにベッドから降りようとするが、手で制止される。
「そのままでよろしくってよ。
それより、体調は……?」
お嬢様にしては、妙にしおらしい感じで違和感がある。
「大丈夫ですよ! バッチリです。
静養してろと言われているので、身体を休めてはいますが、特に問題ありません」
そう、体調は治癒魔法で治っているし、魔力切れの症状も長期に渡るものではないため、特に問題はない。
動かなくても生きていけるなら、人間動かなくなるものなんだな、と少し思ったぐらいだ。
「そう。良かったわ」
「はい」
……。
妙な沈黙。
お嬢様はあれ以来、若干の男性恐怖症に陥ってしまったと噂を聞いた。
旦那様との仲も悪く、唯一心を開いていたであろうライネスがあの様である。
セバスチャンでは、年が行き過ぎていて、治療にならないようだ。
となると、俺はお嬢様のトラウマ克服マシーンとして静養させられているのか……?
「ダイスケ、あなた魔法も得意ですわよね?」
沈黙を破ったのはお嬢様であった。
"も"という辺りに若干の棘を感じるのは気のせいだろうか。
「い、一応は」
「じゃあ、炎の矢のコツを教えてちょうだい」
えっ、炎の矢?
滅茶苦茶初歩の魔法じゃないか。
それを今更、コツも何も。
「詠唱は覚えていらっしゃいますよね?」
「もちろん。
熱の申し子、敵を穿つ矢となれ──炎の矢!」
「ちょっと!?」
こんな部屋で炎の矢なんて出されたら!
慌てて阻害魔法の準備をするが、炎の矢が生成される気配はない。
「……」
「……」
沈黙。
「……絶対に誰にも言わないでくださいまし」
「はい」
「ダメなんですの。
魔法が、全て。
わたくし、魔力にだけは自信がありませんのよ……」
魔法が発動しないのではなく、魔力がなく発動できないということか。
突然変異で魔力がない人間にでもなったのだろうか?
いやしかし、日本人である俺にすら魔力は感じ取れるものだ。
伯爵家という相応の貴族であるお嬢様に魔力がないなどとは考えにくい。
「お嬢様、少し、肩をお借りできますか?」
「……いいわ、特別に許します」
お嬢様の肩に手を乗せる。
びくり、と反応したお嬢様の姿が少し痛々しい。
(もう少し早く助けられていれば……)
自分には関係ないなどと思っていた自分を殴りたい気分だ。
肩に乗せた手から、魔力を送り込んでみる。
いわゆるPINGテストのような試験だ。
「……どうなさったの?」
「このまま、このままでいてください。それで大丈夫です」
「そう。あなたのことだから、何か考えがあるのでしょうね」
静かな時が流れる。
お嬢様の身体に流れる魔力の流れを感知しているだけだが、傍目から見れば妙な体勢の二人が並んでいるように見えるだろう。
肩に置いた手に、最初に送り込んだ魔力が戻ってきた。
ということは、お嬢様の魔力回路はどこも"落ちていない"ということだ。
「お嬢様、エリナさんが言っている、魔力のピリピリとした感じはわかりますか?」
「わかりますわ」
そうか、わかるのか。
それならば、ここから考えられる仮説は3つある。
まず、お嬢様にはイメージが足りないという説。
ほとんどの魔力のある人間が使える魔法が使えないことで「自分には使えないイメージ」が定着している可能性がある。
この場合は、イメージトレーニングで払拭してやれば改善するだろう。
次に、魔力の放出口が極端に細いという説。
ホースの先端が塞がっていれば水は出ない。
お嬢様の手に通り道がない、あるいは細すぎてイメージの具現化に至らないという状況だ。
もしそうなら、手以外での魔法の発動ができないか試してみるか、出力を極端に絞ってやれば出来る気がする。
あるいは、訓練によって放出口を広げてやるか、だ。
最後に、俺の知らない状態異常にかかっている場合。
この場合はお手上げだ。魔法が使えない呪いだとか、そういうものも世の中にはあるだろう。
このケースを考えても解決しないので、この辺にしておこう。
「では……」
というわけで、お嬢様にはイメージトレーニングと、魔力の放出について特訓してもらうことになった。
* * *
「お嬢様、ご自分が魔法を使えないものだと思い込んでいませんか?
知らないうちに思い込んでいることはよくあることです。
どうせ思い込むなら、使えて当たり前だと思い込みましょう」
あれから毎日のように俺の部屋へとやってきては魔法の特訓をされていかれるお嬢様。
* * *
「火屑を落とすイメージを持ってみてください。
そうです、指先にマッチの火が点いたものとイメージしてみましょう」
ある日突然ポンと発動してボヤ騒ぎになったら大変なので、阻害魔法の準備は欠かさない。
* * *
「ダイスケが魔法学の教師みたいだわ」
「お嬢様からお申し出になられたんでしょう」
「エリナが、わたくしが真面目になったって喜んでいるのよ」
「素晴らしいです」
「わたくしは、もうあんな無力感を味わいたくはありませんの」
「無力感なんてあったんですか」
「……なんでもありませんわ!」
少しずつお嬢様のトラウマも克服されようとしていた。
* * *
そしてあくる日。
「熱の申し子、敵を穿つ矢となれ──炎の矢!」
生成される炎の矢。
それは、ろうそくの火よりも小さな炎であったが、確かに生成され、発射された。
「で、できましたわ!!」
「やりましたね、お嬢様!」
柄にもなく俺まで喜んでしまう。
「ああ……なんてことでしょう。こんな初歩の魔法が、いえ、まだ小さすぎて、初歩の初歩ともいえる、この魔法を使えることが、こんなにも嬉しいだなんて……」
お嬢様が思わず涙ぐみ、感慨深げに両手を組み、拝んでいる。
何に拝んでいるんだろう、神か?仏か?
この世界の宗教観はよくわからないな。
それはともかく、俺は俺で、あれ以来ずっと「静養」の名目の元、部屋でごろごろしては、毎日お嬢様の魔法の特訓に付き合って過ごしていた。
ニートはこういう気分なのだろうか。
いや、ニートだとそもそも特訓に付き合ったりはしないか。
お嬢様のお相手は一応、お屋敷に仕える者の仕事であり、今の俺はお嬢様を満足させるというクエストを担っている存在だ。
そういえばそうだった。
忘れていたわけではないが、お嬢様にはご満足いただけたのだろうか。
どちらにしろ帰るつもりだったのだが、どうせならクエストは達成してから帰りたいものだ。
「早速エリナに見せてきますわ! ダイ、スケ……」
満面の笑みだったお嬢様の顔が凍り付く。
「えっ?」
どうかしましたか、と言葉を繋げるより早く感じるカーテンの焦げた臭い。
後日、俺の部屋はボヤ騒ぎにより使用禁止となった。
本日二話更新です




