26話 信じた理論
「うおおおおおっ!」
こういう時、どうして俺はいつも身体が熱くなってしまうのだろう。
心は冷めて、魂は冷えきっているのに、期待されるとそれに応えたくなる。
お嬢様は言った。やっておしまいなさい、と。
お嬢様は期待しているんだ、俺なら出来ると。
それならば、俺は!
「ちっ、こいつ!」
鋭い突きを繰り出しては槍を退き、さらに突く。
五段突きなんて大技はまだ無理だが、そのマネぐらいなら俺にも出来る。
「おい、魔法使えぇ!」
「お、おう!」
細身の男が小太りの男に指示を出す。
どうやら、細身の男が剣士。小太りの男が魔法使いのようで、事前情報と一致する。
それなら、増援はないと見ていいだろう。
「熱の申し子、て、敵を穿つ矢となれ──炎の矢」
背後から小太りの男が放った炎の矢が飛んでくる。
大丈夫だ、射線は見えている。
目線を細身の男から外すことなく身体のみ移動させ、炎の矢を回避。
「く、くそっ!」
やけになった細身の男が姿勢を低くして近づいてくる。
また同じ手でくるつもりか!
仕掛けさえわかってしまえば、どうということもない。
だが。
「熱の申し子、て、敵を穿つ矢となれ──炎の矢」
連携──!
敵が狙っていたのは、同じ戦法ではなかった。
このままでは被弾は確実、思いつきではあるが賭けに出るしかなかった。
「魔法は……イメージだ!」
左手の指を炎の矢に向けてぐるりと一周。
俺に向かっていた炎の矢は、たちまちのうちに立ち消え、霧散した。
成功だ!
「あ、あれ、おれ」
「ばっか、何やってん、だぁっ!」
前方から攻めてくる男に強烈な突き上げを食らわせ、そのまま槍を半回転。
「あっ」
穂先で喉元を搔っ切る。狙いは頸動脈だ。
飛び散る鮮血。
どうやら、日本人と身体の造りは変わらないらしいな。
倒れ込む細身の男。
「あっ、あっ」
うろたえる小太りの男。
「ね、熱の申し子、て、敵を穿つ矢と──」
詠唱が終わる前に、左手の指を小太りの男に向けてぐるりと一周。
炎の矢はその形を成すことなく、魔力は霧散した。
「な、なんで」
「わからないか? 魔法はイメージだ。
イメージさえあれば、どんな事だって出来る」
「ひ、ひええっ」
魔法が出ないという深刻な状況に脅える小太りの男。
こいつ、魔法が使えるってことは、貴族の血を引いてるんだろうな……。
なんて詮索は栓無き事か。
今の俺は敵に対しては容赦しない。
「炎の矢!
炎の矢!
炎の矢!」
いくら連発しようとも、一発たりとも炎の矢は生成されない。
「無駄だ」
「ひいい、な、なんでぇっ!!」
理論は簡単だ。
魔法は「一貫したイメージの維持」で成立する。
そのイメージがわずかでも“別方向に揺らぐ”と、魔力の収束が崩れて魔法は消える。
そのため、そのイメージに雑念をぶつけて生成を阻害しているのだ。
不純物という名のイメージを送りつけて、相手の魔法を阻害する小手先のテクニック……。
それでも、この世界にはそういった概念はないのだろう。
名をつけるなら阻害魔法と言ったところだ。
「じゃあな」
「ファ、ファイッッ!!」
喉元から十文字に切り裂き、小太りの男を倒す。
人を殺すのも、もうとっくに慣れたはずだが、常に人殺しをしているわけではないので、さすがに胸にくるものがある。
だが、それよりも。
「お嬢様、もう大丈夫ですよっ」
ゆっくりと小屋へ近づく。
「……そういうのは、クライヴ様にやってほしかったですわ」
「はは、面目ないです」
間一髪とはいえ、お嬢様を守れたのだから、良しとしよう。
と、油断した瞬間。
「ダイスケ、危ない!」
俺の背後に何かが迫っていた。
お嬢様が慌てて詠唱を始める。
「熱の申し子、敵を穿つ矢となれ──炎の矢!」
だが、炎の矢は生成されない。
そして俺の背が熱を帯びた。
「出ない! どうして!
ダイスケ、ごめんなさい!」
背中が……熱い! 斬られた、のか!?
「これは困ったなぁ。二人ともやられちゃってるなんて」
* * *
「あ、あなたは……!」
「ダイスケが強すぎたんだね~」
痛む背中をかばいながらも危険を感じ、すぐさま向きを変える。
小屋を背にしたこの形なら、最悪お嬢様は守れる。
そして目の前にいる悪漢の正体は……。
「何やってるんですか……ライネスさん!!」
「ん~? 漁夫の利を得ようとしたんだけどね」
「ライネス、どういうことですの!?」
「ご自分の胸に聞いてみません?」
ライネスさんが、左手の親指で自分の胸をトントンと叩く。
お嬢様の顔は怒りと焦燥で真っ赤だ。
「ま、安月給で、わがままお嬢様のお守りは飽き飽きってことですよ」
「……あんたって人は!」
「おお、怖い。どうやってお嬢様を見つけたのかとか、どうやって僕より早く着いたのかとか、本気のダイスケは興味深いねぇ」
あくまで飄々とした態度を崩さないライネス。
「ダイスケ、逃げましょう。ライネスが相手じゃ無理よ!」
そう言われて逃げるわけにはいかない。
お嬢様だけが逃げるというなら話は別だが、恐らくそう容易く逃がしてくれそうにない。
「大丈夫です、結構強いんですよ、俺」
「知ってるわよ!いっつもいっつも手加減して!わたくしに失礼だと思わないの!?」
「えっ」
矢のようにまくしたてるお嬢様。
八百長までバレてたとは予想外、墓穴を掘ったか。
それを聞いてライネスが笑う。
「ダイスケ、君はホントにへたくそだな~」
「何がですか」
知らず知らずのうちに距離を詰められている……。
「ん~、演技も、わがままお嬢様の扱いも、槍も。
全部だよ」
言い終わるが早いか否か、ライネスが瞬時に飛び込んできた。
疾い! マイナと同じか、それ以上!?
これがライネスの本気というわけか。
「握りが甘いよ~疲れてるのかな」
槍から感じる微弱な振動、真っ二つに割られた銅金、太刀打ちから穂先までが宙を舞う。
──!?
「どう? 僕の腕も捨てたもんじゃないでしょ」
「冗談きついですよ、銅金に細工してあったんですね」
予め、銅金を脆くしてあったのだろう。
一瞬「なぜ」が頭を埋め尽くしたが、ふと思い出した。
この槍は出発前、ライネスに渡された出所不明の槍だと。
「ありゃ、よく見てるね~。でも僕の太刀筋は見えない、と」
「居合いでしょう」
「知ってても見えないから居合いは強いのさ~」
──!!
気配を感じて後ろにのけぞったが、左の肩口がざっくりと裂けてしまっている。
「……立ち合いでは居合いなんて見せてくれませんでしたが」
「手の内を見せるわけないでしょ」
くそ、参ったな、本当に見えない。
いつ抜刀したんだ。
いや、そもそもどこに刀を……?
「──お嬢様ーー!」
捜索隊の声だ。
「ライネスさん、そろそろ時間切れですよ」
「うんうん、急がないと捜索隊が来ちゃうからね。次で終わらせるよ」
いや、もう諦めて欲しいんですけど。
一体、今晩は何回の賭けをすればいいのだろう。
次のライネスの一太刀にも、また賭けだ。
賭けに勝てば無傷で勝利、負ければさすがに死ぬかなぁ。
異世界で死んだらどうなるんだろう。
きちんと五体満足で送還されるのか、それとも魂が抜け出た身体だけの状態で送還されるのか、はたまた、送還されないのか……。
間近に迫る死の予感と、ある種の確信を持った賭けが、始まった。
「さよなら、ダイスケ」




