25話 “立つ”べき時
お嬢様、誘拐さる──!
カプチーノ家の一大事件に、屋敷中が揺れ動く。
アカーシャとフェンベルは二人して泣きじゃくっている。
旦那様は舌打ちしつつも、身代金の用意をセバスチャンにさせている。
奥様の耳には届かぬよう緘口令が敷かれ、捜索隊が結成されたりと慌ただしい。
今日が最後の日だというのに、とんでもない事になったものだ。
まあ、明日送還される俺には関係ないか、とぼーっとしていると、セバスチャンに耳打ちされた。
「ダイスケ! このままでは帰せんぞ!」
ですよねー。
さて、情報をまとめよう。
異世界の基本は情報収集からだ、これは鉄則。
まず、お嬢様とアカーシャ、フェンベルの三名は護衛と共に侯爵家のパーティ会場から帰宅。
その途中、二人組の男たち──剣士と魔法使い──に襲われ、護衛は死亡。
お嬢様は誘拐され、アカーシャとフェンベルは伝言係にと見逃されたわけか。
お付きの株が急降下しただろう。
あのお嬢様がどう喚くのか見ものだな。
で、身代金の譲渡場所はスラムのとある店の裏路地らしい。
わざわざそんなところを選ぶぐらいだし、土地勘のある奴だろうな。
つまり、受け渡しタイミングで捕まえるのは難しい、と。
なら、お嬢様の探索が最優先ってわけか。
だが、納得はしていない。
なんで俺があんなわがままお嬢様を……。
「ダメです、近くにお嬢様は見つかりません」
「一体どこに……」
そりゃそうだ。闇雲に探したところで見つかりはしないだろう。
大体、身代金目的の誘拐なんてハイリスクでローリターンな方法で、成功率は極めて低いものだ。
この世界での誘拐の成功率がどの程度かは知らないが、それでも悪手であることに変わりはない。
護衛の少ないタイミングを狙ったのなら、計画的と見れなくもないが、偶然一緒にいたアカーシャたちに伝言を依頼している辺り、衝動的な誘拐の可能性が高いと考えられるだろう。
ならば、予め用意してあった隠れ家的な場所ではなく、誘拐した近辺、もしくはスラムの溜まり場に捕らえているはずだ。
とりあえず、自分の考えをセバスチャンに伝えると、セバスチャンは「承知した」と、すぐに捜索範囲を広げた。
さすが敏腕執事だ。
……さて、土地勘の無い俺にこれ以上できることはない。
誘拐された人物がどのように扱われるかはわからないため、事態は一刻を争うといっていいだろうが。
救いに行けるものなら、すぐに救い出すべきだ。
誰が? 俺が?
あのお嬢様をねぇ。
この二カ月程度、お嬢様に付き合って来たが、よくある悪役令嬢といった感じで、わがままに振り回されただけなんだよな。
はたかれたし。
心情的には気は進まない。
だが。
「……違うよな」
ぽつりと声に出す否定の声。
「人を助けるのに、理由なんかいらない」
そうだ。お嬢様がどんな人かは関係ない。
きっと助けを求めてるに違いない。
だから、助けてから考えればいいんだ。
どうせ、今日で最後なんだし。
「俺は、後悔しない生き方をしたい」
左腕を前に突き出す。
手は熊手の形。
ピリピリとした感覚が指先まで刺激する。
こんな魔法は習っていない。
存在するかもわからない。
だが、この世界の魔法はイメージだ。
(お嬢様を探すイメージ……。
お嬢様……お嬢様の特徴……)
慌ただしい屋敷が静寂に包まれる。
様々な魔力を感じ取れる。
(これだ、この感覚を、広げる……)
屋敷から離れ、道を走る魔力がイメージされる。
そして、ついに捕まえる、見覚えのある魔力!
「案内しろ! 探索魔法!」
森の木こり小屋、ここか!
お嬢様の他に、人数は二人!
これは……! お嬢様を蹴っている!?
野郎、人質をなんだと思っていやがる!
「セバスチャン!」
セバスチャンに場所と人数を伝え、先行する事を伝える。
「一人では!」
「疾行魔法の使える人物を早めに!」
「わかった! 頼むぞダイスケ!」
お嬢様なんてどうでもいい。
ただのクエスト相手でしかない。
それでも、この二カ月、それなりに上手くやってきたつもりだ。
今、お嬢様は理不尽な暴力を受けているのだろう。
理不尽に対しての怒りは、俺が最も理解できる。
だからこそ、すぐに駆けつけてやりたい。
「ダイスケ! 忘れもんだぞ~」
「ライネスさん!?」
この時間にいるはずのない教師が、俺の扱い慣れた細身の槍を投げ渡してくる。
「ありがとうございます!」
なんでもいいか、この槍があれば百人力だ!
「風精と行脚を供すれば、虎口疾駆に抜け出るは迅雷の如し!
疾行魔法!」
行軍に使われる加速魔法を詠唱する。
ほとんど練習していないので無詠唱で、とはいかなかったが、風が後押しをしてくれるかのように加速し、脚が車輪のように動く。
速い。
確かに速い、が……これでは遅い!
走りながら左腕を前に突き出す。
手は熊手の形。
ピリピリとした感覚がいつもより少し遅い。
ゆっくりとだが、確実に魔力を末端にまで行き渡らせる。
「できる! 俺なら!」
イメージは、そう、瞬間移動!
「跳べ! 瞬間移動!」
* * *
リヴェーラは願う。
──助けて、助けてクライヴ様──!
だが、その願いは……届かない。
「ぎぎゃぁぁ!」
間一髪、振り下ろした槍が、小太りの男のいきりたったいちもつを一閃。
「お嬢様!」
あられもない姿にされたお嬢様を見て、少し後悔した。
お嬢様がこんな目に遭わされていたというのに、俺はなんて呑気だったんだ……!
「失礼します」
猿ぐつわ代わりに噛まされている湿った縄を斬る。
男二人は突然現れた俺に気が動転しているようだ。
小太りの男の局部大量出血もいい感じに混乱を招いている。
先にお嬢様の無事を確認する余裕がありそうだと見て、お嬢様の手足の縄も斬る。
次いで、自らの燕尾服を破るように脱ぎ捨て、あらわになっていたお嬢様の御身を隠す。
「もう大丈夫ですよ、お嬢様」
できるだけ、優しく声をかけたつもりだ。
どうせ、遅いわよ!とか文句を垂れるに決まっている。
それでも、助けられて良かっ……。
「ダイスケ……」
……。
いつもうるさく、わがままなお嬢様。
そんなお嬢様の脅えた声に。
俺は。
「許さん!!」
怒りを抑えきれなかった。
* * *
「この野郎!」
男二人を魔力を込めた足で蹴り飛ばし、小屋の外に追い出す。
次いで、自身も小屋の外へ飛び出す。
辺りは鬱蒼とした森。
やはりここは、森に建つ一軒の木こり小屋だったようだ。
「あ、あがが!」
「さっさと治癒魔法しろぉ!」
ようやく状況を理解したと思われる細身の男が、小太りの男に命令すると、サーベルを抜刀。
腰を低くした体勢から一気にジャンプ斬りへと繋げる。
敵の大きさが変化したように錯覚した俺は、槍を上手くさばくことができず、サーベルの刃を太刀打ちの部分で受けてしまう。
──しまった!
このままでは細身の槍は真っ二つに斬られてしまう。
思い切って力を抜き、滑り込むように相手の足元へ入る。
刃の刺さった槍の石突を引っ張って相手の体勢を崩す。
「おっとぉ」
細身の男も場慣れしているようで、この程度では動じず、槍を踏みつけられてしまった。
──このぐらいは出来て当然、か。
獲物を奪われた俺は、魔法を使うため、左腕を熊手に構える。
だが、戦闘中で集中できていないせいか、ピリピリした魔力の感覚がやってこない。
これは、ちょっとまずいんじゃないか。
細身の男は槍を小屋の方へ蹴り飛ばし、その勢いのまま襲い掛かってきた。
「な、なおった!」
「っしゃ! 挟み撃ちだぁ!」
奇しくも細身の男と、小太りの男の両方に挟まれる形となってしまった。
魔力の胎動も感じない。
万事休すか!?
* * *
彼女は脅えていた。
かつてない程の恐怖と恥辱にまみれ、見知らぬ男たちに純潔を散らされそうになった事に。
間一髪のところで突然現れたのは、見知った顔の学友。
状況を理解する間もなく、血しぶきが暗闇を駆けた。
ビリビリと繊維が破れる音に慄くと、彼の服をかけられた。
我が身は守られたのだ。
守られたと、頭では理解しているのに。
そんな彼の優しい声にさえ、彼女は恐怖を感じてしまったのである。
「許さん!!」
いつもぼーっとしている学友。
セバスチャンが連れて来た学友。
本当は自分より優れているのに、それを決して誇らず、下手に出る嫌な奴。
そんな彼が、自分のために猛り吠えている。
守られている。
その事実を理解してもなお、彼女の心は闇に閉ざされたままだった。
男という存在への恐怖。
力と暴力で支配されることへの無意味な抵抗。
男とはそういう存在なのだと、思い知らされてしまった。
思春期の彼女には、あまりに重い現実。
だが……。
それでも、彼女は。
「……許せませんわ」
リヴェーラ=カプチーノである事を選んだ。
その誇りが、自尊心が、彼女を再び立ち上がらせる。
* * *
万事休すか!?
覚悟を決めようとしたその時、風切音が耳に届く。
細身の男が何かの気配を感じて身をかわすと、男のいた場所に俺の槍が投擲されてきた。
素早く槍を掴み、マイナ直伝の構えを取る。
細身の男は小さく舌打ちすると、射線をずらすように横に動いた。
挟み撃ちを警戒したか。
やはり、かなりの手練れであることは間違いないようだ。
細身の男が移動したことによって、小屋の入口が視界に入ってくる。
槍が投擲されてきたのは小屋の入口付近。
誰が投げたのかと入口を見やると、ぶかぶかの燕尾服を着たお嬢様が、淑女にあるまじき大声をあげた。
「ダイスケ! やっておしまいなさい!」




